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『異世界でも本屋のバイトだが、アマゾネスのせいで潰れそうだ』第1回
≪季節の風物詩、現る≫
長年やってりゃよ、客の考えてることまで、近付いてくる靴音聞くだけで分かるってもんよ。
僕はレジで、いつだったか聞いた店長の言葉を思い出していた。自動ドアを開けて駆け寄ってくる忙しない靴音は雄弁だ。客は確実に狼狽している。
「あのあのあの、こ、こ、ここは一体、何処なんですか?」茶髪のロン毛に鼻ピアス。上下赤いジャージ姿の狐目の若い男。恐らくこちらに来てから初めて目にする「同朋」に安心したのだろう。僕を見て泣きながら慣れない丁寧語で話し掛けてきた。
「少々お待ちください」僕はレジキーを抜き取り、店内奥にある事務所に向かった。ノックをしてからドアをスライドさせると、禿げ上がった頭頂部が目の前にあった。
「ん、どうした問い合わせか? 例のエルフの写真集なら品切れ重版待ちだから無いって言っといてよ。でもまさかグラビアアイドル四天王とまで言われていた彼女がヘアヌード出すなんてなぁ」椅子に座りカップラーメンを啜る手を休め、遠い眼をする48歳。基本、店長はいつもこんな感じで早合点する。
「いや、春先によく出るアレが」僕は緑色のエプロンのポケットに手を入れながらレジの方に目線をやった。
「あぁ、『迷い人』か。じゃ、一応社員の俺が説明してやるか」
正直、バイトの僕だってこの世界の説明ぐらいは出来る、余裕で。でもしない。面倒臭いから。過去にパニックった客(というか迷い人)とトラブルになってからトラウマなのだ。
店長はいかにも迷惑そうな雰囲気ありありで、ため息を付いたり時計を何度も見たりしながら、抑揚のない調子で説明をしていた。
地球に似てるが地球じゃない事。高い壁で囲われているこの空間が、大体東京23区ほどの大きさだという事。インターネット、電子レンジ、鉄道など無いものもあるが、それなりに高度な文明だという事。人間が多数派というわけでは無く、様々な種族が混在している事など。
「それとね、転生してきたらお約束として、まずは酒場に行きなさいよ。少なくとも本屋じゃないよ」
赤ジャージが不安そうな声を出す。「酒場に行って何をすれば…」
「ダンジョンの探索とかだろうが! 支度金くれるから剣とか盾とか買えよ! それで怪物倒してゴールド集めろよ! ボケっとすんな狐目ヤンキーが! それから来いよ本屋は! 金貯めてから! 魔法の書とか品揃え良いからよウチは!」この、突然キレるのも店長の特徴だ。もう僕は慣れたけど。
「午前中は忙しいんだよ! 雑誌やって新刊の箱開けるからよ! 勝手に転生しといて泣き言いてんじゃねぇぞコラ!」
いや、多分好きで転生してないと思うんでと可哀そうなんでフォローを入れたが、既に店長の興味は赤ジャージから成年向け雑誌コーナーで不穏な動きをしているドワーフへと変わっていた。その見慣れないドワーフが黒いエコバッグにエロ雑誌を入れるのを見た店長は既に走り出していた。
言い忘れたが店長は2メートル近い大男。しかもガチムチの筋肉オバケ。この店で万引きするのは、高難度のダンジョン攻略よりも難しいとされている。
あぁ、春先は新参者が多いからなぁ、この街も。
店長の左腕のラリアートでドアーフは宙を1回転した。
床で気絶する犯人の額に、『万』の字の焼き印を押す店長。
それを見て店から逃げ出す赤ジャージ。
ベビーカーを押す綺麗なエルフの若奥様や、顔は完全に蛇だけど美術書を良く買ってくれる常連のお爺ちゃんに「お騒がせしました」と爽やかに挨拶する僕。
こうして今日も、ありふれた1日が始まった。