#早苗月のLilium 脚本公開
空降る飴玉社のおやつ時間
『早苗月のold fashioned』
原作 太宰 治 『女生徒』
夜、自室で女性がワンピースのボタンを縫っている。
スケッチブックは閉じられている。
朝、自室の机の上に置かれている糸切鋏や針山、
最後まで縫われたワンピースが映し出される。
パジャマを着た女性がワンピースを枕にして眠っている。
外から自転車のベルの音が鳴り、
朝刊を投げ入れられた音が聞こえる。
玄関がガラガラと開き、閉まる音が鳴る。
女性は目を覚ます。眼鏡を押し上げ、重たそうな瞼をこする。
女性 朝はいつでも自信がない。朝日を浴びる度に、清々しい気持ちとドロッと濁ったような気持ちが混ざりあって、沈殿している不安がふわりと沸き上がる。
タイトルとクレジットが部屋の景色や外の景色のカットを
差し込み、オープニングを行う。
再び、女性の部屋。
女性は寝巻のままで鏡台の前に座る。
女性 眼鏡がおばけだ。眼鏡は、顔から生まれる、色々の情緒、ロマンチック、美しさ、激しさ、弱さ、あどけなさ、哀愁を遮ってしまうから。自分の眼鏡が嫌なせいか、目の美しいことが一番良いと思う。鼻が無くても、口が隠されていても、目を見ていると、もっと美しく生きなければと思わせるような目であればいいと思う。私の目はただ大きいだけでがっかりする。まるで黒豆だ
鍋に入った黒豆がブクブクと茹でられている画。
女性は想像して溜息を吐き、鏡に視線を戻す。
女性は眼鏡を外し、鏡を覗く。
画面の女性の顔がぼやけている。
女性 眼鏡を取って見る世界が好きだ。全体が霞んで、覗き絵みたいに、鮮明な色や光だけが目に入って、汚いものは何も見えない。眼鏡を外して人を見るのも好き。相手の顔が、優しく、綺麗に笑って見える。そんな時の私は、人と喧嘩をしようなんて思わないし、悪口も言いたくない。心も大変優しくなるのだ
白い枠、湖の画が映し出される。
女性 嗚呼、潤いのある良い目になりたい。青い湖のような目。雲の流れも、鳥の影までもはっきり写る澄んだ目。そんな目なら、今みたいに霞んでいなくても、きっと穏やかで綺麗な心でいれるのだろう。そうして、そういう心が繋がるみたいに、美しい目の人ととも沢山逢ってみたい
女性はコンタクトを入れる。
コンタクトの容器と眼鏡が台に置かれている。
女性は髪を櫛で解かす。
女性 よし
それを終えると立ち上がる。
場所は変わって居間。
食卓に、おにぎりときゅうりの浅漬けと卵焼きが乗った皿と箸が並べられている。
先ほど縫われたばかりのワンピースに着替えた女性が、
台所から味噌汁が入ったお椀を持って入ってくる。
女性 いただきます
女性はきゅうりの浅漬けを食べる。味噌汁を飲む。
食事をしている姿を横から撮った画。
女性 初夏を感じる。きゅうりの青味には、胸がカラッポになるような、疼くような悲しさがある。一人でご飯を食べていると、無性に旅行に出かけたくなる。今年はどこに行こう。去年は山形に遊びに行った。そこの山で出会った、寡黙で真面目な彼のことを思い出す
白い枠。百合の花が敷き詰められた画。
女性 崖の中腹に咲き乱れる百合の花を眺めていた私に、彼は崖によじ登って、両手で抱え切れないほどの沢山の百合の花を折って来くれた。 どんな豪勢なステージでも、結婚式でも、こんなに沢山の花をもらった人はいないだろう。眩暈がするほどだった。名前も知らない彼は、今どうしているだろう。ふとした時に思い出す。今日は百合の花を買って帰ろう
次の瞬間には部屋は元通りに戻っている。
女性は卵焼きの最後の一切れを食べている。
女性 ごちそうさま
次の瞬間には外の画に切り替わる。
女性はカンカン帽をかぶり、バスケットを持って、雑木林の道を歩いている。
女性 今朝から五月。なんだかうきうきして来た。みずみずしい緑色に清々しい気持ちになる
カンカン帽を外し、被りなおす画。
女性 この帽子は、一昨日大掃除をしていた時に見つけたものだ。我ながらお洒落で可愛い帽子を手に入れた
音楽が流れる。白い枠、足元が石畳に変わる。
女性は小走り気味に助走をつけ、軽快にスキップする。
パリの写真が何枚か映し出される。
女性 いつかこんな帽子を被ってパリの下町を歩きたい。この帽子には和風レトロな格好がきっと似合う。輪の色を基調とした着物に、パッと目を惹く赤い花が刺繍された白い帯をしめて、パリのレストランに昼食をしに行く。もの憂そうに軽く頬杖して、外を通る人の流れを見ていると、誰かが、そっと私の肩を叩く。急に音楽、薔薇のワルツ
白い枠が外れ、元の雑木林の小道に変わる。足元の歩いている画。
女性 嗚呼、可笑しい。現実はこの古ぼけた傘一本なのに。マッチ売りの娘みたい
女性は雑木林を抜けて、少し広い道を歩いている引きの画。
公園の休憩場の屋根付きのベンチテーブルに着き、傘を閉じてベンチに座る。
女性はバスケットから水筒とタオルを取り出す。
それから、グラスを取り出して、タオルで軽く拭くと、
水筒からグラスにアイスコーヒーを注ぐ。
それから、スケッチブックを取り出す。
ページをめくり、白いページに服のデザインを描こうとする。
ピタッと手が止まる。鉛筆は動こうとしない。女性の表情は歪む。
女性 …最近、本当の自分がわからない。さっきまで、描けるような気がしていたのに、いざ描こうとすると自分が描きたいものが分からなくなってしまって歯痒い。昔は描きたいもので溢れていた。それが好きな作家の真似事だと気が付いたのはつい最近だ
コーヒーのグラスは汗をかいている。
女性はスケッチブックを閉じて、溜息を吐く。
女性は鞄から本を数冊取り出し、開く。
本のページには言葉を具象化され、ビジュアライズされている。
女性 …素敵
女性は本を読み漁る。
女性 本を読むと安心する。沢山のアイデアが体現されているから。私は既出のものに頼って、一つのアイデアを知ってはパッと夢中になり、信頼し、同化し、共鳴し、それに自分をくっつけるのだ。人のものを盗んで自分のものに作り直すこのずるい才能は、私の唯一の特技だ
女性は知らぬ間にスケッチブックにペンを走らせている。はた、とする。
女性 …そこはかとなく、昨日観た映画の主人公が着ていたワンピースと似ている
女性は溜息を吐くと、本を閉じる。
スマートフォンを開き、SNSをぼーっと眺める。
SNSには「若者の欠点」という題名で箇条書きにされたツイートが並んでいる。
ツイートには最近の若者は、正しい野心や理想、本当の自覚、自愛、自重がなく、独創性に乏しくて模倣だけだと書かれている。
女性 …私のことのような気がして恥ずかしい。否定できない。…私は自らを表現する方針を見失っている
女性がスケッチブックを捲ると、今まで描いたデザイン画が見える。
女性が今朝、自室で白いレースの服を着るか迷っている画が映し出される。
女性 本当は、行きたく思う美しい場所や自身を伸ばして行くべき場所が朧気ながら判っている。それこそ正しい希望、野心を持ち、頼れるだけの信念を持ちたいと焦っている。でも、これらを生活の上に具現しようとかかったら、どんなに努力が必要だろう。これからの事を考えると、個性を伸ばすどころではない
女性は先程から着ているピンクのニットカーディガンを手に取り、
白いレースの服を手放す。
女性 普通の多くの人たちの通る道に進むのが一番利巧なのだろう。親戚に一人、固い信念を持って理想を追及して生きている人がいるけど、みんな、その人を悪く言って馬鹿にしている。私はそんな扱いをされてまで自分を伸ばすことは出来ない。…私は洋服一枚作るのも、人々の思惑を考えるようになってしまった。自分の個性を愛して行きたいけれど、はっきり自分のものとして体現するのは怖い。だから、沢山の人たちが集まったときは、気持ちとは離れたことを言って、嘘を吐く。その方が得だと思うから
女性は泣き出しそうになって、スケッチブックを閉じる。
場所は公園に戻っている。本を鞄にしまおうとする。
ふと一冊の本から一枚の紙が落ちる。
女性はそれに気が付き、その紙を手に取り開く。
その紙には丸っこい字で一言メッセージが書かれている。
最後にはA.Sとイニシャルが記されている。
女性 …ありきたり
女性はメッセージから目が離せない。
女性はスケッチブックを開く。
白いページに鉛筆を走らせようとするが、ピタッと止まってしまう。
女性はメッセージを声にする。
女性 あなただけの、たったひとつの特別な人生、宝ものにしてください
女性はデザイン絵を描き始める。
別の日の昼頃。
女性はワンピースに白いレースの服を着て、歩いている。
画面を横切っていく。
fin
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【ショートフィルム】
空降る飴玉社のおやつ時間
『早苗月のold fashioned』
原作:太宰治「女生徒」
脚色・監督:加藤 薫
出演:谷内 一恵
美術・装飾:矢垣 奈苗
タイトルロゴ:戎 美樹
撮影・編集:加藤 薫
製作:空降る飴玉社
【朗読版】
https://youtu.be/TWAcCcPHNJo
【字幕版】
https://youtu.be/qI8ixLKK94g
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