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山頂のホットサンド

ホットサンドという食べ物は、普段はそれほど食べたいと思はない。縁のところが固くなりすぎてソシャクする顎が疲れてしまうし、時には口の中でトガったカケラが刺さったりして痛い。だから食パンに具材をはさむなら断然にサンドウィッチがいい。

それなのになぜか一時期、ホットサンドにハマっていたことがある。


6年くらい前、突如として山を走るトレイルランニングというものに夢中になった。千葉や神奈川の低山を主に走っていたのだけれど、山頂ではハイカーの人々が、持参したガスバーナーで色々なものを煮たり焼いたりして食べているのを見かけた。

トレイルランナーはその名の通り、山を走って登ったり降りたりするので、荷物は最小限最軽量にしている。もちろん食料も携帯しているけれど、手軽に摂れるジェルだったりパワーバーやカロリーメイトのような固形物であることが多い。

私が人工的なジェルやら簡単な塩むすびを食べている横で、おいしそうな匂いをさせてラーメンやうどんを作ったり、小さなフライパンでソーセージを焼いたり、コーヒーを淹れたりしている。

これが羨ましくてたまらなかった。

やりたいと思うと居ても立ってもいられず、登山用品の専門店へ早速足を運んだ。

どんなものがあるんだろう、と調理器具が並んだ棚を覗いてみる。するとそこには夢のような世界が広がっていた。おままごとのような小さな鍋やフライパン、ケトル、折り畳めるコップやお椀やカトラリー。ガスバーナーも種類がたくさんあって、頑丈そうな実用第一主義的なものから、とてもお洒落なデザインのものまで。一日中ここにいられる、と思うくらい楽しいコーナーだった。

バーナー用のガスにも種類があって、気温によって使い分けるようになっているらしく、山小屋に泊まりながら登るような高い山や冬山用なんかもあった。

初心者でも使いやすそうなものをいくつか選んで購入し、登山用のザックや服も揃えた。

登山を趣味にしている友人がいたので彼女を誘い、山頂から大きな富士山が拝める石割山へ出かけた。

私のリュックの中には朝作ったおにぎりの他に、買ったばかりのバーナーと小さなケトル、携帯用のミルやドリップ用ペーパーとコーヒー豆が入っている。それらが歩くたびにカチャカチャと音をさせていて、山頂を目指す足取りも軽くなる。

この日の私は、山登りそのものよりも山頂でご飯を食べることが一番の目的といっても過言ではない。早く調理器具を使ってみたくて、ワクワクしていた。バーナーをつける練習もしてきたし、準備は万全だった。

山頂は雲ひとつない空が青々と広がり、グレーの裾野から薄青いグラデーションを経て、まっ白な綿ぼうしを被った富士山が、目の前に堂々と立っている。

リュックを下ろして、いそいそとお昼ごはんの準備を始めると、友人が何やら鉄板のようなものを取り出した。

「それなに?」と興味津々で聞くと、「ホットサンドプレートだよ。サンドウィッチ作ってきたから、それを焼いて一緒に食べよう。」と言った。彼女はリュックからお手製のたまごサンドとハムチーズサンドを取り出し、それを挟んでバーナーで炙り始めた。

その横で私はケトルでお湯を沸かす。山頂で初めて食べるカップラーメンは絶対これにしよう、と決めていたカップヌードルのミルクシーフードを取り出す。

彼女の方から、パンがトーストされる香ばしい匂いがしてきた。しばらくしてちょうどいい焼き色がついたところで、小さなカッティングボードとナイフを取り出して、サッと二つに切ってそれぞれを紙皿にのせ、私の前にひとつ置いてくれる。

さすが山登り先輩だ。なんとハイキングっぽい優雅なお昼ご飯だろう。

せっかくのホットサンドだから、食後に飲もうかと思っていたコーヒー用の豆を慌てて挽いて、カップに2つコーヒーを淹れた。ホットサンドのトーストの香りとコーヒーの芳しい香り。突如として山頂に現れたカフェのようだった。

お菓子を作るのも得意な、料理上手な友人の作ったたまごサンドは、山登りで汗をかくことを想定してか少しだけ塩を多めに効かせてあって、忘れられないくらい美味しかった。ハムとチーズのホットサンドは、食べるとチーズがトロリとあとをひき、山の上でこんなに熱々のものが食べられる幸せを噛み締めた。

それ以来、私はすっかりホットサンドの虜になった。今ではあまり山に行く機会がなくなってしまったので使わなくなったが、私の山グッズの中にはマイホットサンドプレートがある。

一度、街のカフェでホットサンドをみつけたので食べてみたけれど、山頂で食べたホットサンドとはやはり何か違った。

きっと、山の上でペコペコのお腹を抱えて、焼き上がりをじっくり待って食べるからあんなに美味しかったんだろう。

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