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断乳完了と心の叫び

断乳開始から6日。ほぼ断乳完了した彫金作家でコーチのぐっちです。過去2回断乳について書いてきた。今日は断乳という行為が、母親の心にどんな変化が起こったか書いてみたい。

心の前に体について触れると、あれほどカチコチに張って岩の様だった胸も、ほとんど正常に戻りつつある。人間の体は本当によくできていて、母乳出荷過剰により、パンパンに張って体がバキバキ、首こりこりで苦しんだけれど、それは時が経つと落ち着いて平時に戻っていくことがわかった。当たり前なことだけど、1日目とかはこの辛さが永遠では?と思っていたので、この開放感はかなり嬉しい。

3日間続く張りと痛みと全身の体の緊張

私の場合、断乳開始から完了までほぼ1週間だった。急に乳離させられた娘のことより、自分の変化の方が激しくて辛かった。最初の3日間は、胸周りの痛み。生産されるけど消費されない母乳がどんどんたまり、胸はどんどん膨らみパンパンを通り越してカチカチになった。吸ってもらえばすっきり、絶っているからそうもいかない。

だからどうするか。
自分で絞って捨てる。
お風呂の中で絞り出す。
タオルを当てて絞る。
そうやって少し圧を抜いて楽にする。

そんなことを複数回やっているうちに、体は少し落ち着いてきて、だんだん製造停止命令が脳に届く様になってきた。体が少し楽になった後に起こったことは、心のダムの決壊だ。

第一波の号泣

4日目の土曜日。朝から何かがおかしい。娘はすっかりおっぱいを飲むことを忘れ、粉ミルクと離乳食でOKになった。夜起きても、抱きしめてゆらゆらしていれば寝るようになって圧倒的に夜が楽になった。ちなみにこのスタイルは2日目からそうなったので、娘はとってもあっさり忘れてしまったらしい。だから私はしっかり睡眠が取れていて、健康状態は悪くないはずだ。

でも、なんだかイライラして、やる気が起きない。虚しい気持ちと孤独感。周りに娘二人が遊んでいて賑やかだけど、ひとりぼっちな感じ。土曜日だけど近くのカフェに仕事に出かけた夫。2人の娘と家事をする土曜日は、我が家の定番な土曜午前の過ごし方だ。定番なのにイライラする。力が沸かない、寂しい。虚しい。喪失感。

掃除や洗濯をいつも通りしていると、ふと何かが切れた。

わぁ===============!

急に声を出して嗚咽を出して号泣していた。自分でもなんで泣いているかよくわからない。でも体の中から何かを出したいかのようにワンワン泣いた。あそぼーあそぼー言っていた娘二人は、母さんなにがあったとばかりに近寄って、頭を撫でてくれたり、顔を覗き込んで、よしよしとしてくれたけど、そんなこと構っていられないくらい、ワンワン泣いた。

そこに言葉はなくて、内側にたまったものを出したい!、涙と大声と一緒にぐちゃぐちゃの感情を表に出しておきたい感覚だった。15分くらい、これでもかというほど泣いた。娘二人はその周りで遊んだりしていたけど私はずっと泣いていた。

第二波の号泣

しばらくして夫が帰宅し、このただならぬ感じに、慌てながら、ほったらかしになっていた家事をやってくれた。私はただただうつ伏せになるも、体に力が入らない。やる気が起きない。立つ気にならない。昼ごはんを用意するなんてそんな気にサラサラなれない。床にへたばって立てない。「無気力」と言う言葉がぴったりだった。何に対しても気力かもわからない。とにかく灰色でカサカサだった。 

昼ごはん。次女にミルクと離乳食を準備しているとき、泣きながら足にまとわりついてくる次女のミルクの準備をしているうちに、第二波が襲ってきた。またプツンと何かが切れて、猛烈に悲しみ襲ってきた。次女をぎゅーと抱きしめながら、さっきよりもさらに大きな声で泣いていた。

体の変化に追いつけない心の変化

第一波と第二波の涙はちょっと違った。
第一波は溜まった大きな泥の様な塊を、体の外に出してしまいたいと叫んでいる様な悲鳴。ヘドロのような鉛のような、ドロドロした重たい塊。激しい衝動だった。
第二波は、もっと浄化に近い。ヘドロが去って、よく洗った雑巾で水拭きして、使い終わった後にトイレに感謝しているような自分の感情を少し振り返る余裕があった。

寂しい 寂しいよ 悲しいよ 悲しいよ 
もっと一緒にいたいよ ごめんね ごめんね ママ、勝手だね

次女をぎゅーっと抱きしめて、頭を撫でたり、背中を撫でたり、ほっぺをすりすりしながら、私はずっと寂しい悲しいと言っていた。

強いと思っていた心が悲鳴をあげた

そう。おっぱいをあげることがなくなったことは、体は当然のことながら、心もかなり辛かった様だ。断乳する前は、

「完了したら、お酒も飲めるし、夜ゆっくり寝れるし、授乳にかかる時間もいらなくなる〜♪早くやめたいな〜」と、ただ良いことのように感じてた。

いざ開始したら、思った以上に体が追いつかなくて、体の変化ばかり気遣っていて、心のことなんて気にする余裕がなかった。気づかないふりをしていたけど、猛烈な涙とだるさが、心の変調を気づかせてくれた。予想以上に、心は辛かったらしい。

いつにしようか悩んでいたのを突然思い立って今からだ!と決めたものだから、「今日が最後ね」と一緒にさよなら式も行わず突然あげなくなったことで、戸惑ったのは11ヶ月の娘以上に、37歳の私だった。

・小さく丸まってゴクゴクと愛おしいものを触る様に飲んでくれる姿はもう見れないと思うと悲しい
・自分の都合で急に絶ってしまって、なんてひどい親なんだろう
・彼女がどんどん遠くにいってしまう、成長してしまう、寂しい
・この可愛い小さくて可愛いのがどんどんいなくなる 寂しい 悲しい

無意識に、「私は変化に対応できて、強いから大丈夫!」と労っていなかった心が悲鳴をあげた。

振り返ると少しづつ心は傷ついていた 

思い返せば、心を傷つけた行為は、自分でお風呂で胸を押して絞って排水溝に流したり、タオルに染み込ませていたことだった。今まで命の水として、自分の体から娘のために作り出していたのに、それを「ゴミの様に絞り取って捨てる」という行為が、思った以上に心を傷つけていた様だ。大泣きしながら何度も搾り取って捨てる光景と、愛おしいものにしがみつき、飲み終わった後の恍惚な次女の顔が浮かんだ。そんな姿がたくさん頭に押し寄せ、寂しい 悲しいと泣いていた。

心の浄化と変化に気づく

結局土曜日は、一日中眠たくて無気力。夜も寝かしつけながら一緒に眠り、10時間近く眠り続け日曜の朝になった。ふりかえると、あの日は「浄化」だった。いろんな思いや心の傷を涙と睡眠で浄化した。

母乳を断つ。子どもに母乳を止めることに加えて、母親の心と体に大きな変化が起こる大きなライフイベントだった。決して単純に、「授乳を止める」ことじゃない。もっと子供との関わりの変化や、親としてどうありたいか、仕事と育児をどう両立させていくか、育児をしながら自分の夢を目標に変えるか、実現させるか、それを阻むものは何か…など、とても考えさせられることばかりだった。

育児をしながら、同時に家事や仕事。これからやりたいことを膨らませるとどうしても自分のことは適当になり、おざなりになる。でも体は無理がきいても、心はそうもいかない。今回の私の涙や不調は心のサインだった。

働くお母さん。あらゆることをパワーで押し切ったりしてしまいがちだけど、ちょっとおかしい時は立ち止まって、心はざわざわしていないか、止まってくれって言っていないか?聞き耳を立ててみることをお勧めしたい。つい自分のことを後回しにしてしまうからこそ、シグナルを見過ごさず、時には号泣して、たくさん眠って、だれかに思いっきり話をして、自分で浄化する方法を知ってほしい。

私は、断乳を「たいしたことない!ただ止めるだけだ」とタカを括らず、体の中で大きな変化が起こる一大イベントだとして、自分の心と体を労る期間だと思っていたらもっと違っていたかもしれない。

いまから断乳するお母さん方、ご自身の体も心も大事にしつつ、良い形でおっぱいとバイバイできることを願っています。私の体験が何かの一助になれば幸いです。

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坂口佳世|ぐっち
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