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蔓延るいのち


 強く握った手の中で、プチっと命の終わる音がした。
 もう夕方だというのに、一向に弱まることを知らない強い日差しの下、気休め程度に被った麦わら帽の中はじわじわと湿り、首に巻いたタオルも幾分しっとりとしてきた。軍手の中も汗ばんで気持ちが悪い。まだ比較的土のついていない甲の方で、額の汗を拭った。
 プチッ プチッ
 命の終わる音が止まらない。
 いつ、どうやって、そこに着地したのか、そもそも着地なのか地上を転がって来たのか。どういうわけか辿り着いたその場所で、静かに根を張り、芽吹き、葉を広げている雑草たち。彼らも懸命に生きている。
 私はただ、人間として生まれただけで、人間のルールの中でこの土地の所有者の元に生まれ出ただけだ。果たして、この草の命を摘み取る権利は、一体どこにあるのだろうか。
 プチッ プチッ
『夏休みに入ってから、ほんっとグータラ寝てばっかりでー。ちょっとは働きなさい。庭の草むしりでもしてきてちょうだい』
 日差しが強いだの、熱中症になるだの、駄々をこねていたら、問答無用でテレビを消され、家族の誰かのものとしか分からない麦わら帽子と、タオルと軍手を渡された。「さぁ、行け」という無言の圧だ。仕方なく渋々庭に出ると、花や木に紛れ、種類豊富な雑草が至る所に根を張っていた。

 最初は塵取りに抜いた草を入れていたけれど、すぐにいっぱいになり、捨てに行く手間ばかりで一向に終わらない。大きめのゴミ袋を持ってきて直接そこに放り込む。
 プチッ プチッ
 頑固な草の根っこはしぶとい。夏休みにテレビを見てお菓子を食べるだけの学生とは生き様が違う。根性で負けている。
「人間なんぞに負けはせん」
 そんな声が聞こえてきそうだ。それでも、申し訳ないけれど、スコップという文明の利器を使わせてもらい、無理やり命を頂戴する。ここで生きていてもらっては困るのだ。
 今抜いた草も光合成で酸素を生み出していたかもしれない。その酸素は私の鼻から体内へ入り、血管の中を流れ、心臓を動かしたかもしれない。
 あなたが動かした心臓で、私は一秒生きたかもしれない。
 あなたが生かした一秒で、あなたの一生を終わらせる。
 なんて無情なことなのか。袋の中は緑で溢れ、なんだか大量虐殺者の気分になってくる。
 ミーンミンミンミン。ジージジジ。
 どこかで鳴く蝉の声が、耳の奥に纏わり付き、暑さを一層強くする。噴き出す汗で、髪の毛がじっとりと張り付いてきて気持ちが悪い。高い湿度はもわりと体を包み込み、数多の匂いが立ち込める。自分から噴き出す汗の匂い、あちこち掘り起こした土の匂い、袋の中で息絶える青臭い草の匂い。
 プチッ プチッ
 ジージジジ。
 もわり。もわり。
 手に残る感触、耳に纏わり付く暑さ、鼻に訴える命の終わり。
 吐き気がする。
 そう思った瞬間、朦朧とする頭が、瞬間、クリアになった。
 熱中症だ。暑さにやられたんだ。どれくらい外にいただろうか。水分も摂っていない。危ない。引き摺り込まれるところだった。危ない。
 すくっと立ち上がり、足元で力なく項垂れる袋を見下ろす。草の匂いが遠ざかる。
果種かしゅー! 山田さんからスイカもらったよー」
 家の中から、草むしりを命じた声と同じ、母の声が聞こえる。足元の袋から目を離し、家へ振り返る。
「食べるーー!」
 きっと今、台所で切り分けているだろう母へ向けて叫んだ。ザクっと真っ二つに割り、真っ赤な身の中にびっしり詰まっている黒々とした種が浮かぶ。根を張ることを閉ざされた、無数の終焉。
 これまでも、この先も、命を摘み取り、命を食べ、人間の生を謳歌する。

 

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