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「AIは人間の仕事を奪う」のパラドックス~AIが奪うのは単純作業の仕事?それとも...

皆さん、こんにちは。米田です。2025年に入っても引き続き生成AI/LLMやAIエージェントの話題でAI界隈は盛り上がりを見せています。2025年はAIの収益化が期待されつつ、DeepSeekの例のように後発でも学習に多大な計算資源を使わなくてもキャッチアップできるかも!?というように夢と脅威の両方を感じる展開になってきました。今回のAIの盛り上がりはどこに向かうのか…!? 過去の類似事例も交えながら考察してみました。


AIエージェントとは?

話の前提を合わせるために、まずは「AIエージェント」とは何を指しているのかについて確認しましょう。「生成AI」には技術的に分かりやすい特徴があったのですが、「AIエージェント」は少し曖昧です。

生成AIは、その成立に「トランスフォーマー (Transformer)」と呼ばれる技術が欠かせません。これにより、それまでのディープラーニングや機械学習では成し得なかった、テキスト内の距離の長い依存関係をAIモデルで処理できるようになり、意味のあるテキストや画像等の生成が可能になりました。

一方、AIエージェントはどうでしょう?AIエージェントを提唱している大手ベンダーの定義を参照してみると、いろいろな説明があるようにも見えます。

エージェントは、生成 AI の力をさらに一歩進めた存在です。ただ単に支援するだけでなく、ユーザーと一緒に、あるいはユーザーの代わりに作業を行うことができます。

出典: Microsoft

環境と対話し、データを収集し、そのデータを使用して自己決定タスクを実行して、事前に決められた目標を達成するためのソフトウェアプログラムです。(中略) 人間の介入なしに特定のタスクを実行する自律型インテリジェントシステムです。

出典: Amazon Web Services

AIエージェントとは、ユーザーに代わって目標達成のために最適な手段を、自律的に選択してタスクを遂行するAIの技術です。

出典: ソフトバンク

その他のベンダーの定義も参照してみると、共通点として次の2点が浮かび上がります。

  • 「生成AI」を部品として使用している。(これにより高度な推論を実現)

  • 「自律的」に動作するシステムである。(これによりユーザーとの単純なQ&Aではなく与えられた目標に向かって最低限の指示で行動できる)

2番目の「自律的」というのは曖昧な表現です。実用日本語表現辞典では、「そのもの自体だけで調整を行ったり問題を解決したりなどを行うさま」と定義されています。しかし、これは人間であっても「自律的に動いてね」と指示しても人によって程度の解釈が異なるのではないでしょうか。

AIエージェントの事例を見てみると、コールセンターエージェントによる顧客との会話フローの柔軟な変更証券会社のマーケット情報・お問い合わせ音声対応エージェント会議に参加して必要なデータの分析や表示を自動で表示して参加者を支援するエージェントなどが挙がっています。

これらは、AIエージェントの中に "人間" が入っているくらいの品質で本当に実現すれば、どれもとても便利で生産性が上がりそうに見えます。現在の技術でどこまで期待値通りに実現できるか、今後の技術開発と概念検証が待たれます。

初めてではない「AIエージェント」の試み

実は、このようなエージェントの試みは何も今回が初めてではありません。たとえば1997年に出荷されたMicrosoft Office 97には「Officeアシスタント」と呼ばれる、今で言う「AIエージェント」が搭載されていました。吹き出しのテキストボックスに自然言語で質問文を書くと、当時のAIモデルであるベイジアンネットワークを使ったエンジンで回答となるヘルプ記事を提案してくれるものです。

図: Office 2000 日本語版に搭載されたOfficeアシスタント「カイルくん」

また、特に質問をしなくてもユーザーがOfficeを操作していると、その状況を見ながら勝手に色々な提案をしてくれました。これは、まさに先程の「AIエージェント」の定義と同じ動きですね。

ただし、提案内容が特に便利でなくウザったいということで、「お前を消す方法」を調べるユーザーが続出し、Office XPでデフォルトで非表示になり、Office 2007で廃止されてしまいました。私もその頃Officeの開発チームでOfficeアシスタントを絡めた実装を行っていたので、Officeアシスタントが廃止されたときはとても残念でした💦

このように、テクノロジーの中身は違えど「AIエージェント」と概念が同じものは既に30年も前から実用化されていましたが、人間が本当に役に立つと思えるものを提供するのは結構難しいのです。

いまはOfficeにもCopilotが搭載され、30年前の再挑戦がなされています。今回は人間の期待値を超えられるかどうか、テクノロジーの挑戦が続きます。

AIは本当に人間の仕事を奪うのか!?

SFの世界に登場するような、人間に近い思考ができるAI、いわゆる汎用人工知能 (AGI: Artificial General Intelligence) の登場はまだ先になるにしても、メディア等が常に焚きつけるのが「AIの発展は人間の仕事を奪う」(そして人間に悪影響を及ぼす)というネガティブキャンペーンです。

「パターン化できる単純作業の繰り返しが多い仕事はAIに取って代わられる」「AI失業が起こる」「AI普及で約半数の仕事が不要になる」といったセンセーショナルな内容が踊っています。

個人的には、この手の議論は一歩引いて冷静に物事を分析することをお勧めします。過去の歴史を見ても、電気、自動車、コンピューターなどの新しいテクノロジーが出てくるたびにこの手の議論は焚き付けられていますが、大量の失業者が出て大恐慌に陥ったり、失業者が溢れることはありませんでした。

AIに限らず大小の新しいテクノロジーにより人間の仕事内容が変化するのは昔からの常であり、なくなる職業もあれば新しく生まれる職業もあり、全体としてはバランスが取れるというのが過去からの教訓です。マスコミとしてはセンセーショナルな見出しを書くことで彼らのコンテンツを売るためにやっているわけですが、現実はそうはなりませんでした。

単純作業は「単純」じゃない!

そして、「AIに奪われる仕事」としてよく言われる「単純作業」については、必ずしもそうはならないかもしれません。AI研究者の間では1980年代から常識とされていることのひとつに「モラベックのパラドックス(Moravec's paradox)」があります。これは、伝統的な前提に反して「高度な推論よりも感覚運動スキルの方が多くの計算資源を要する」というものです。

つまり、AIに取っては、人間が難しいと思っている複雑な計算や推論よりも、4歳児でも出来る顔の識別、鉛筆の持ち上げ、部屋を歩き回る、質問に答えるといった、人間にとって簡単なことの方がこの上なく難しい、ということです。

そして「処理対象がデジタル化されているか」というのも重要な要素となります。AIに限らず、仕事のデジタル化、いわゆる「デジタイゼーション」「デジタライゼーション」「デジタル・トランスフォーメーション」の3段階を考えたときに、最初のステップである「デジタイゼーション」や「デジタライゼーション」が一番のブロッカーになることを私達は今まで見てきています。

仕事の「デジタイゼーション」「デジタライゼーション」が完了していれば、データをAIが学習することで、現在の生成AIのテクノロジーであればある程度役に立つアウトプットを出すことが可能になります。一方、それがなされていないものはAIによる処理はできません。

そういう意味ではアナログ世界の「単純作業」は、AIに取っては単純なものではなく、とても難しいものになり現在の技術では代替が難しいのです。

実際にAIに奪われるのは…

それではどういう仕事がAIに奪われるのかと言うと、生成AIの応用が直近で期待されている分野、具体的にはたとえば、

  • プログラマー: ソフトウェア開発

  • マーケティング: 市場動向分析、新規アイディアの提案、コンテンツ作成

  • カスタマーサービス: 顧客対応チャットボット

  • デザイナー: ファッション・インテリア・絵・動画のデザイン

  • アナウンサー: 音声読み上げ

  • データアナリスト: データ分析の実行

といった分野です。これらの職業は、生成AIによって大幅な効率化が達成できる可能性があり、今まで10人必要のところが6人で済むと言った具合に、消滅はしませんが数を減らせることが期待されます。そして、これらの効率化を実現するためのプロダクトは完成しつつあり、実際にSaaS等で公開されているものも出てくるようになりました。

これらの職業は、単純作業というよりは、「知的労働」に分類され、比較的最近生まれた職業も含まれていることがわかります。(そして私の職業である「マーケティング」も含まれています😂)

これらの他にもアナログ世界からデジタル世界への移行が完了している分野の職業はAIに仕事を奪われる余地が少なからずあるでしょう。「いち早くデジタル化を推進してきた分野がいち早くAIに仕事を奪われる」という、何ともやるせない内容ですね。

ただし、これは必ずしもネガティブなことではなく、このような変化は新しい機会を生み出します。IT人材で言えば、日本では欧米諸国と比べてIT人材がユーザー企業側でなくベンダー企業側に偏在しているという課題があります。仕事のデジタル化が進んだITベンダーから、デジタル人材がアナログなユーザー企業側に移動し、全体のデジタル化を加速していくというシナリオも考えられます。

今回の生成AIやAIエージェントのテクノロジーが直近でどこまで進化できるかにかかわらず、これらのAIによって影響を受ける職業は出てくるものと思われます。

テクノロジーの進歩により、人材の流動性が加速し、余剰人材が適切なポジションに移って活躍し続けられるような世界を、個人・企業・政府それぞれが意識する必要がありそうです。(マーケティングも対象に入っているので、私も真剣に考えなければなりません😂)

最後までお読みいただきありがとうございました。では、また!


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