2025年のERPの動向
2025年がスタートしました!新型コロ ナ明けの海外でのインフレや円安トレンドを受けて、ここ1~2年で日本でも30年の沈黙を破って賃上げ、物価上昇トレンドが明確になってきました。このトレンドの中では経営も現状維持ではジリ貧になるため日本企業にも成長戦略が求められる1年となりそうです。数日後に控えたトランプ大統領就任後、世界の経済トレンドがどの方向に転ぶのかも大変注目されるタイミングです。
ERP導入の理想と現実のギャップを埋める8つのトレンド
ところで、2025年と言えば、古い基幹システムを21年以上利用している企業が6割になると見込まれています。今年は企業の統合基幹業務システムであるERP (Enterprise Resource Planning)システムの原初であるSAP R/1が1973年にドイツで登場してから52年目であり、後継のSAP R/3の普及が日本でもはじまった1990年代からも30年以上が経とうとしています。ERPは、ITの中でも古くから存在する、もうかなり枯れた分野です。
ただし「企業の業務情報を一元管理してリアルタイムで把握する」というERPシステムの目的を達成するための環境構築は、そのような長い歴史にもかかわらず、まだまだ大きな困難を伴うのが現実です。
将来的には、起業をするときにAIにビジネスモデルとそれを達成する組織構造とインフラを相談すると、ものの数分で「組織のデジタル・ツイン」をデジタル上に再現してくれて業務スタート!といった世界がくるかもしれません😆😆😆
そんな将来を夢見つつ、いまこの2025年の現実を生きる上でERPシステムの構築にどんなトレンドがあり、どういう便利な方法が使えるのか、いろいろな調査会社やベンダーが提示している内容を見ながら、今年の動向について考えていきましょう。この記事では、主な8つのトレンドについて検討します。
■クラウドERP🌞
いまから新しくERPシステムを入れるのに、わざわざオンプレミスのシステムを選択するケースは最近ではほぼゼロと言ってよいでしょう。既存のERPシステムを刷新したり子会社等に拡張する場合でも、クラウドERPは有力な選択肢です。
2025年現在、グローバルベンダーや国産ベンダーによらず、ほぼすべてのベンダーがクラウドERPを主力製品として出しています。クラウドERPは、すべてをクラウド上に置いて管理できる手軽さに加えて、ユーザーフレンドリーUI、モバイルアプリ等による世界中のどこからでも、いつでもアクセスを提供し、ERPをユーザーにとってより身近で使いやすいものにしてくれます。
グローバル企業だと場所によりレイテンシやパフォーマンスの課題の考慮したり、製造業だと自社の生産方式にあわせてのカスタマイズ性を考慮したり、金融・政府/自治体などの規制業種では規制要件への対応が必要になったりと、自分の組織の環境によっては越えなければならないハードルがある場合もあります。
ただし、これらの課題も少しずつ克服されつつあります。後述のコンポーザブルERPや2層ERPと呼ばれる手法でERPのモジュールを使う拠点により地域的に分散したり、機能によっては別製品で切り出してクラウドまたはオンプレミスに置きつつデータ統合を行うなど、クラウドERPを活用した様々なベストプラクティスが生まれつつあります。
クラウドERPは、私が所属しているOracle NetSuiteで2000年代初頭から世界でもいち早く取り組んでおり、当初はまだニッチな存在でしたが、2009年頃よりこのキーワードが流行り始め、2020年代の現在ではクラウドERPでの導入が主流になっています。そのため、トレンド予測は「🌞 (とても流行っている)」です。
■2層ERP🌞
原初のERPシステムは、「シングルインスタンス」ですべてのシステムを一元管理することでデータのリアルタイムでの把握を目指していました。しかし、ERPの役割が広がるにつれて、シングルインスタンスを保つことの難しさも露呈しました。システムが重厚長大になり、変化のニーズをキャッチして変わっていくことが難しくなったのです。
特に、国内外の子会社や買収した企業に新しくERPシステムを展開しようとする際に、本社と同じERPを入れようとするとヒト・カネ・時間に対する大きな投資が必要になります。
クラウドがビジネスでも普及しだしてきた2010年代初頭に、ガートナーをはじめマイクロソフト、NetSuite等が2層ERP (Two Tier ERP) の戦略を打ち出しました。これは、SAPやオラクルといった企業全体の財務、人事、調達プロセスといった帳簿の締めと監査に必要なコア業務を司る「第1層ERP」と、それ以外の、たとえば製品の開発、製造、流通、販売を司る業務システム (「第2層ERP」)に分けて両者をデータ連携させる戦略です。これはクラウドERPを活用することでスムーズに実現することができます。ガートナーのERPハイプサイクル2011年版にも2層ERPが登場しています。
当初はクラウド化がされていないモジュールがあったり、データ連携の方法が不完全だったり、クラウド自体が未成熟だったりと色々な課題がありましたが、2020年代の現在では普通に実装されています。NetSuiteでも当初は中小企業のお客様が多かったのですが、近年は2層ERPを実装するより大手のお客様の商談も増えています。そのため、トレンド予測は「🌞 (とても流行っている)」です。
■予測分析やBI等の高度な分析ツール🌞
ERPシステムでリアルタイムに必要な業務データを溜められるようになると、溜めたデータを使って財務予測、需要予測、離職率の予測といった将来の予測を行いたくなります。
ハードウェアの発達と低コスト化により1990~2000年代にかけて発展してきたエンタープライズBI、セルフサービスBIは2007~2008年にかけて行われた大手IT企業によるBI企業の買収 (オラクルのHyperion Solutions買収、SAPのBusiness Objects買収、IBMのCognos買収)によりERPに本格的に統合され始めました。
また、その後のクラウドコンピューティングの発達によりAI技術が発達し、データ分析にも積極的に活用されるようになりました。今では、多くのERPベンダーで洗練された高度な分析ツールが統合され使えるようになってきています。
2010~2020年代には、多くのERP導入企業でもERPシステムを導入すること自体が目標だったフェーズから、ERPシステムで溜めたデータを活用するフェーズに移行し、ERPに統合された成熟した分析ツールとの組み合わせにより、経営陣から一般の従業員まで、自分たちが欲しいと思ったカットでデータを分析して結果をリアルタイムでビジネスに生かせるようになってきています。
このように、ERPベンダー、利用顧客の双方で状況が成熟してきています。そのため、トレンド予測は「🌞 (とても流行っている)」です。
■コンポーザブルERP⛅️
1990年代のERP普及期に一般的だったオンプレミス型のモノリシック (一枚岩的) で「モダン」なERPシステムの導入が一段落した2010年代になってくると、一枚岩の密結合による利点と欠点も明らかになり、密結合にしすぎることで犠牲になるビジネスの柔軟性や俊敏性を確保するための新しい提案が出てくるようになってきました。
2014年にガートナーではこれを「ポストモダンERP」と定義し、ERPの戦略 (つまりERPシステムの機能) を「アドミニストレーティブERP」と「オペレーショナルERP」の2カテゴリに分けて従来よりも疎結合にすることで柔軟性と俊敏性を確保することを提案しました。その後、「コンポーザブルERP」という単語が出てきました。
コンポーザブルERPの概念が出てきた背景には、クラウドERPの一般化によるモジュールとしてのERPの導入がより簡単になったことと、クラウドAPIやiPaaSの発達により、クラウドERP同士をつなぐことが簡単にできることになったことがあります。
密な統合か、疎結合か --- これはERPが登場した当初からの業務システムに関する題目であったわけですが、どちらのほうが正解というわけではなく、分離・統合するモジュールをよくよく検討したうえでのバランスが求められます。しかし、コンポーザブルERPは、「単純に疎結合にすれば良い」という誤解も広がり、2024年になってガートナーやITRも注意を促しています。
先に出てきた2層ERP戦略もコンポーザブルERPの一部と捉えることも出来ます。一枚岩で分解ができないコアERPまたはアドミニストレーティブERPと、それ以外の各部門のオペレーション単位 (SCM、製造、eコマースなど) に分けて、前者はひとつのコアERPで引き続き管理し、後者は業務上切り離せない単位で塊にしてAPIでコアERPとつなぐことが求められます。
今後、正しい理解が広がることで有用なソリューションになり得るという意味でトレンドは「⛅️ (使われ出している) 」としています。
■AIや機械学習の埋め込み⛅️
2010年代にクラウドコンピューティングによる計算パワーの増強とディープラーニング技術の発達により発展した「従来型」のAIや機械学習 (生成AIは別途切り出して後述) は、物体検知、異常検知、予測分析、自然言語処理などの技術分野を駆使して、顔認証をはじめとする生体認証、不正行動監視、自動運転、不良品検知、人の感情・動作、行動の追跡、レコメンドなど、様々な現場で応用が始まっています。
ただし、これらは主に特定の現場業務向けにひとつひとつ学習を重ねて提供されるものであり、企業の業務情報を一元管理してリアルタイムで把握するERPと汎用的に統合されるようなAI/機械学習のユースケースはそれほど多くありません。
私も前職、前々職時代にAIや機械学習の分野には多く携わってきましたが、RPA、AI-OCR、ノーコード開発、プロセスマイニング、ワークフローなどのERPまわりの業務のデジタル化とプロセスの自動化の分野で、AIや機械学習が使われています (予測分析は前述の「高度な分析ツール」に別途分類するのでここでは除外します)。
また、入金データと請求データの突合で消し込み作業の負荷軽減を行ったり、人事システムのデータを機械学習させて従業員が望むeラーニングのレコメンドを行ったり、請求書入力の自動化支援など、実装機能例も出てきています。
理論的には色々なユースケースが考えられるのですが、実際にERPパッケージに実装され活用されているものはそんなに多くないように思います。今のところ限定的な用途で使われているという意味でトレンドは「⛅️ (使われ出している) 」としています。(ちなみに、ERPに溜まったデータを特化業務に合わせてAIで活用するケースは、「現場で応用」するAIのユースケースとして前述のように数多く存在します。)
■IoTとの統合☁️
IoT (Internet Of Things)という言葉は1999年にRFIDを活用した流通や在庫管理の文脈で提唱されたといわれています。2010年代になるとIoTはドイツで提唱されたインダストリー4.0の文脈で現実世界をデジタルデータ化する切り札として語られるようになり、2016年には国際標準化を見据えた勢力争いが勃発し、SAPもERPを中心に置いた業務プロセスの中でIoTを活用するユースケースに力を注ぎました。また、日本でも総務省や経済産業省がIoT推進コンソーシアムを立ち上げるなどして推進支援を行い、様々な概念検証 (PoC)も行われました。
しかし、その後は日本ではあまり盛り上がりが見られず2018年頃をピークに興味関心が薄れており、その後のディープラーニングや生成AIの盛り上がりの陰に隠れてしまっています。
ERP x IoTというと、アマゾンに代表されるような巨大物流企業の、「ロボットとセンサーで自動化された在庫管理と流通」のようなものを思い浮かべるかもしれません。ただ、この規模の投資が必要な企業は世界でも限られているため、ERP x IoTが流行るためにはより汎用的なユースケースが多く必要になります。
総務省の「IoT 国際競争力指標(2020 年実績)」で「IoTの進展等による成長市場」とされる5分野
においてERPと繋ぐことで価値が出るユースケースがどれだけ出てくるかが今後のカギとなりそうです。いまのところはPoCの域を出ているものが少ないのが現状です。トレンドは「☁️ (まだこれから) 」としています。
■生成AIとの統合☁️
生成AIは2022年夏から急激に話題になり始めて2年半が経とうとしています。生成AIの技術トレンドの移り変わりは早く、マルチモーダル、多様な言語モデル、RAGに続く現在の流行りは「AIエージェント」による自律型ソリューションです。マイクロソフトをはじめとする様々な企業がしのぎを削っています。
ERPの目線で見ると、ERPのユーザーインターフェイスの中で、会話型チャットボットとの統合、フィールドの情報を使ったコンテンツ生成、ERPに溜まった情報を使っての情報整理や分析など、ユースケースの想定はいくつかされています。ガートナーでは、価値が高く実現性も高いユースケースとして買掛金請求書の自動化、支出分析、変動分析、現金回収、残高調整、注文履行と問題検出といったものを挙げています。
私が所属しているオラクルでも、ERPをはじめとする業務アプリケーションとAIエージェントを統合する試みを発表したり職務経歴書の自動生成機能を実装しています。生成AIでは約50、AIエージェントでは約10の機能が発表されています。
ただ、生成AIと業務アプリケーションとの統合はどのベンダーもまだPoC段階であり、価値の実証がなされたユースケースの確立にはまだ時間がかかる見込みです。その意味で、トレンドは「☁️ (まだこれから) 」としています。
■サステナビリティゴールの追跡☂️
近年は、ESG (環境・社会・ガバナンス) に関する社会の意識も高まってきており、企業も持続可能な経営を実現するためにESG関連のデータを集めて活用することを試み始めています。これをERPシステムと統合してESG関連のデータを統合的に管理、分析、可視化しようとする試みも始まっています。
2023年に経済産業省が公開した「サステナビリティ関連データの収集・活用等に関する実態調査のためのアンケート調査結果」によると、企業が集めているデータは気候変動・脱炭素、人事・労務、コーポレートガバナンス、人権、資源循環に関するものが多いようです。この中でたとえば脱炭素に関してはGHG排出量を「スコープ1」、「スコープ2」、「スコープ3」で分類してデータ収集が簡単なものから集めていこうといった整理も行われています。
オラクルでもERPにサステナビリティ台帳を作成し、関連活動を自動的に記録することでレポートを迅速に作成できる機能、組織の二酸化炭素排出量を自動計算して金額化する機能などの実装を発表しています。
ただ、脱炭素や資源循環といったデータをサプライチェーン全体を考えて意味のある形で管理するには、ブロックチェーン技術を使って社会基盤としての管理の仕組みを実装していく必要があるなど、データの信頼性に関するERPと統合する以前の課題もあります。
加えて2025年現在、アメリカをはじめ各国では保守政権が勢力を拡大しており、リベラル的な考え方である環境問題や多様性の重視といった施策を転換する企業も出てきています。サステナビリティの取り組みが今後進んでいくかどうかは、時の政治的イデオロギーにも左右され、今後の雲行きはクリアではありません。その意味で、トレンドは「☂️ (先行き不透明) 」としています。
以上、いろいろな調査会社やベンダーが提示しているERPのトレンドの主要な8つについて、現状や今後についての考察を行いました。読者の皆様の組織におけるERPシステムの今後を検討するうえで参考になれば幸いです。
最後までお読みいただきありがとうございました!