女性だけ?しかも栄養士だけ?でいいの?(疫学研究の裏側8)
疫学研究はどんなふうに進められているのか。「3世代研究」を例に、研究のリアルをご紹介する「疫学研究の裏側」シリーズをお届けしています。
前回の7回目では、疫学研究は社会のために実施されること、そして参加者の方には参加のお礼をしっかりお返しするべき、という教えを受けていたことなどを紹介しました。
疫学研究は、研究者の興味で実施するものではない、と教えられていたんですよね。そのために「社会のために」という気持ちを強く持って実施する研究分野だと私も思います。得られた結果を還元することはとても重要で、そのためには、提供していただいて作られたデータを用いて、研究論文を書けるだけ書く、という姿勢で調査、研究を進めていくべきだと思っています。
そして、参加していただいた参加者の方には本当に頭が下がります。3世代研究では謝金を払う研究費の余裕がなかったために、参加者の方へせめてものお礼という意味を込めて、食事の結果票をお一人ずつ返すようにしていたことも前回紹介しました。
さて、今回はこの「参加者」の話題となります。3世代研究は正式名称に「女性3世代研究」という語が含まれていました(以前のnote参照)。そして、栄養士養成校の学生に参加いただいています。こういったところに違和感を覚える人もいたようで、疫学研究に慣れていない人から「どうして女性だけを標的にしたのですか」「栄養士養成校の学生とその母や祖母が参加者ということは、対象者がかなり偏っていませんか」などといったおたずねをいただくこともありました。こういう点をどう考えて実施していたのか、紹介していきます。
●男子学生は参加していた!
3世代研究の参加者と質問票の流れをもう一度確認すると、以前のnoteで説明したように、栄養士養成校の学生さんにまず参加してもらい、そのお母さんとお祖母さんにも一緒に参加してもらうように呼びかける、という構図になっていました。このとき、学生世代の参加者は男性でも可だったんです。共学であれば男子学生もいらっしゃいます。学校の授業の一環で参加してもらう場合も多くて、授業の教材として使うときに、男性が参加不可では共同研究者の先生方もやりにくいと考えて、そして男子学生であってもそのお母さんとお祖母さんが参加してくださるなら、母親世代と祖母世代の参加率アップにはつながると考えて、男子学生は参加可でした。
実際のところ、男子学生はとても少なくて、学生世代全体の6%でした。学生のデータを使って研究を実施するときには大部分が女性なので、男性のデータは除外したほうがよさそうです。けれども、女性のデータを収集したいと思って実施しており、男性を除外しても4500人近くの女子学生のデータが得られているために、そこは目的どおりという感じです。
●なぜ女性だけ?
研究を実施するための予算も時間もマンパワーも十分ならば、もちろん男性も女性も両方のデータを収集したいところです。けれどもそれぞれに限りがあります。それであれば、限られた予算、時間、マンパワーで実施し、効率よくデータを収集する方法をとる必要があります。研究対象者をある程度絞り、効率よくデータ収集するために研究の「実施可能性」ということは考えないと研究を進められません。
そして、研究を実施するとき、男女を分けて実施することも多いです。男性と女性では食習慣や生活習慣に異なる点が多々あるためです。そして今回は女性特有の病気を検討する質問も含んでいました。そして、比較的大人数でデータ解析したいと考えていました。それであれば、男性のデータを今回は諦めて、女性に絞る、という選択をすることは、研究の実施可能性を考えるうえで、ひとつの方法になります。栄養士養成校の先生方に共同研究者になってもらって実施するとなると、学生には女性が多いことは確実です。若年男性のデータを得るのは難しいでしょう。
そして、食事の質問に回答するのが上手で、世代間での食事に影響を与え合っているのは、食事を作る機会が多い女性のほうなんですよね(文献1)。そういったことが小規模で少しずつ分かってきていたところだったので、もう少し規模を大きくして、世代間の食事の関係性やつながり、ということを検討したいと考えていて、男性よりもまず優先して女性を対象にした、という背景がありました。
(ちなみに、この「家庭内の食事のつながり」というテーマで、その後この3世代研究のデータで私が論文化することになるのですが…。いずれ紹介しますね。お楽しみに!)
●栄養士養成校でいいの?
一般の女性ではなく、栄養士養成校の女性にした、ということで、食事に興味がある学生やその家族を参加者にすることは、対象者の偏り(バイアス)につながるのではないか、というおたずねをいただいたこともありました。
この解決策としては以前のnoteで紹介していますが、学生の質問票の回答期間を入学直後の教育の影響を受けない時期、とすることにしたんです。予定としては、対象者に質問票に回答してもらう時期は2011年4月で、新入生に調査することにしていました。
大人数の若年女性に研究参加の呼びかけをするためには、共同研究者の先生方の参加が欠かせませんでした。そして、私たちの持っていたルートは、栄養士養成校の先生方のみでした。他の学部にはなかったために、このルートを活用したわけです。疫学研究では「実施可能性」を考慮して、無理な計画は立てません。
●可能な範囲で結果を「一般化」
得られた結果をできるだけ「一般の人全体へ適応する」(疫学用語では「一般化する」といいます)ようにはしたいですが、それも「できる範囲で」です。研究を実施すれば、どうしても対象者は偏るものです。研究に参加する人は、ある程度時間に余裕があって、研究に興味がある人に偏る可能性は大きいです。そういった特殊な状態の人を対象にして得られた結果を、研究に参加しなかった人に当てはめていいかどうか、正確なことは誰もわかりません。そのために「当てはめた場合はこうなるかもしれない」という可能性や確率でその結果をとらえます。それが疫学なんですよね。
そうであれば、実施する研究を、ある程度似たような対象者の人たちを集めて、無理のない計画で丁寧に実施するほうが、結果に信頼感が持てます。「丁寧に」というのは、回答を誤ったり回答漏れなどの抜けがないかを十分に確認して、それがあれば参加者に回答を修正してもらったり、参加者の人が面倒くさがらずに事実を回答してくれるような環境を作ったり、なるべく参加率を高める工夫をすることなどを言います。参加者に少し偏りがあったとしても、こうして丁寧に研究を実施できる工夫をするほうが、この対象者の場合はこうだった、とはっきり言えますし、それが大事になってくるんですよね。
●まとめ
あまり疫学研究をよく知らない人の場合、特に、参加者が女性だけ、しかも栄養士養成校の学生だけ、と聞くと、どうしてそんな偏った集団に調査したの?と思われるようです。そこには疫学研究をなるべく丁寧に実施したい、という研究者の想いがあることを知っておいていただけたらと思います。
それに、得られた結果はどんなふうに参加者をリクルートしたとしても、常に他の集団に、そして目の前の人に完全に当てはまるものではありません。疫学研究の結果は、あくまでも、その調査参加者ではこうだった、この確率でこのようなことが生じる可能性がある、というふうに捉えます。できるだけ結果を一般化したいですし、その範囲は広いと役に立つ範囲も広がりますが、それと同じくらい「信頼できる丁寧な結果」を得る工夫もとても大事なんです。
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「研究の裏側」シリーズの続きはしばらくお待ちください。
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【参考文献】
1. Sasaki S, et al. J Community Nutrition 2003; 5: 93-104.
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