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ハンセン病療養者の短詩を読む ⑪社会との断絶 ―大がかりで捜して欲しいかくれんぼ―


ハンセン病療養者の多くは、社会に嫌われて、見捨てられて、それでも社会とのつながりを求めてやまない。そういった思いの載せられた作品が多く見受けられる。
 
大がかりで捜して欲しいかくれんぼ 辻村みつ子
大掛かりで探してはもらえないと思っているからこそ、大掛かりで探してほしい。
 
世の中に隔てられたる癩院らいいんになほ囲ひして監禁室あり 壱岐耕人
隔絶された療養所に、さらにそのなかの社会にも隔絶されて、所の平常を乱す者の監禁室がある。
 
無菌地帯に咲く花花にとびゆける蝶の世界は吾等より広し 比木登志夫
無菌地帯とはなにか。患者のハンセン病が人に伝染しないよう設けられた、立入禁止区域のことである。そこには人のいない蝶と花々の国があり、人間世界を分けている。
 
星遠く凍てつく夜を南極に残れる犬を吾は思へり 村山義朗
南極基地に残された犬を思う。犬もまた、夜空に星を見るだろうか。
 
姥捨うばすての昔のごとも癩の島にひそかに犬を捨てに来るあり 小見山和夫
姥捨ての風習のように、自分で世話しきれなくなった犬を、ハンセン病患者の住む島に捨てに来る者がいるという。その行為自体も悲しいが、そこが「捨てられるための地」であると実感させられたのでもあるだろう。
 
すくひたる砂に秋陽あきひのぬくみあり忘れられつつ社会を恋ひ止まず 平野春雄
秋の陽のぬくもりに、おそらく世の中の温度のことを思った。社会の体温を感じない場所で、それでも社会に戻りたいと願う。
 
癒えてわれ汗流したし汚れたし鍬握りたし肥桶かつぎたし 杉野かほる
病を治して一心に働きたい。この人にとっては農業であった。
 
健やかな人ら住みゐる街のさま船よせて吾らひそかに見つむ 斎木創
船を寄せて見つめるのは、上陸すれば排撃されるからだ。気づかれないように密かに見つめて、憧れる。
 
逃亡防止に患者に使はす所内通貨造幣局にて鋳造せりと言ふ 青木伸一
療養所の所内から出さないために、所内でのみ通用する貨幣で労働対価が支払われたということか。それを鋳造したのが公式の造幣局であり、療養所から出させないこと、は公的に認められた監禁である。
 
あきらめて見るからネオン美しい 松岡あきら
帰りゆくことを諦めて見ているネオンが美しい。そこにはいろいろ大変なことも汚いこともあるに違いないが、諦めて見ている目にはとにかく美しい。
 
働きて生きるくらしに戻りたし西風にし吹けば甘藷切干きりぼしのこと 大石桂司
西風と切り干し大根の結びつきは、かつて働いていた作者にとっては当然の結びつきだったのだろう。いまはもう大根を干すことはなく、結びつきだけが悲しく残る。
(漢字が「甘藷」なので、ここで言及されているのは大根ではなく、かつて酒の原料とされた芋の切干のことかもしれないというご指摘をいただきました。おそらく、そうであるように思います。失礼いたしました。2022.12.25追記)
 
 
作品はすべて、『訴歌 あなたはきっと橋を渡って来てくれる』阿部正子・編、皓星社より引用した。

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