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『水滴明日 猫の声 この子寝たし 飽きて椅子』 回文・短編小説・鉛筆

上から読んでも下から読んでも
〝すいてきあしたねこのこえこのこねたしあきていす〟

すいてき(2022.1.18 鉛筆)

ミーがいなくなって丸ニ日が経った。
どこを探し回っても見つからない。
自動販売機に小銭を入れる。
猫は、主人に最期の姿を見せないなんて
いうけれど、寿命なんてまだ程遠いだろうし、
と言うか、そもそもそんな間柄ではない。

ミーは優斗から一週間程前に預かった猫だ。
優斗の実家は、優斗の母親が営む床屋と、
住まいが繋がっている。
そして、赤の他人の隣の家もくっついている。
長屋と言われるもので、五世帯が連なっている。
ただ、お隣は長年空き家となっており、
この度、そこだけ解体工事をするそうだ。
工事の際の騒音や振動が、ミーのストレスに
なるからと、一ヶ月ほど預かってくれ
というのがこの話の経緯だ。
一度はおれも断ったが、他の友人達にも
断られたようで、一軒家に祖母と二人で
暮らしているおれに再び話がきた。
猫を飼ったことはなかったが
動物は嫌いじゃないし、何かお礼をして
くれると、優斗は言ったので引き受けた。
そして今、ミーはいない。

勿論すぐに優斗に伝えた。
玄関のドアや窓は必ず閉めていること、
故意にやったわけではないことを
遠回しに付け加えた。
幼少期からの付き合いである優斗は
おれを責めるなんてことはせず、
冷静だった。でもその冷静な声こそが
より一層、大変な事態であることを示した。

二人で思い当たる場所を探し回った。
この暑さで水分も摂れなかったら…と、
嫌な想像が頭をよぎるが言葉にはしない。
自動販売機の前に二人で座り込む。
優斗の持つ、ドクターペッパーの缶から
結露した水滴がコンクリートの床に落ち、
わずかな時間だけシミをつくり消えていく。
意識をしすぎてか、時折、蝉の声の隙間に
猫の鳴き声がする。気がする。
けれど耳をすますと鳴き声はしない。
見つかってほしいという想いと、
この暑さが聴力を錯覚させた。
続きは明日にしよう、と優斗は言った。
きっと、まだ一人で探し続けるだろうな
とおれは思った。
今日のところは、二人での捜索は終了した。

優斗と別れ、でもやっぱり猫がいそうな
場所を探した。
気が付くと、いつの間にか日は沈み、
街灯には小さな虫達が飛び交っていた。
ミーがいない家へ帰ってきた。
玄関の上り框に足を掛けた時、ハッとした。
ミーもそうだが、ここ二日間、
祖母とも全然顔を合わしていない。
そんなことに今更ながら気が付いた。
日中は陽当たりの良い真っ直ぐの廊下を、
バタバタと進み、突き当たりの部屋。
ノックもせず、
「ばぁちゃん?!」
と同時に、引き戸を思い切り引き開けた。
いつもの座椅子に座っていた祖母は驚き、
目を見開いておれを見つめた。
なぜかおれも驚き、そしてもう〝ひとり?〟
驚いていたものがいた。
「あぁ…わたしのこと好きみたいで、
ずっとここで、いい子に寝ていたよ」
と、祖母は自分の膝の上を指差した。
「時々、飽きるとそこの椅子でも」
と、今度は部屋の隅の椅子を指差した。
ミーは既に、祖母の元から離れ、
半世紀も前からそこにありそうな、
オルガンの椅子の上に飛び乗っていた。
Tシャツと肌が汗でピッタリと張り付いて
いる感覚がなぜか際立った。

優斗に電話をした。
「あのさ、ミー、ずっとばぁちゃんの膝の
上で寝てたみたい…」
ほんの一瞬、間があった気がしたが、
電話越しに優斗の笑い声が聞こえた。
より一層、おれを安心させてくれた。


すぐ影響受ける


※satomigoroさんの写真を使わせて
  いただきました。

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