緑のカーテンと図書館の思い出
「ある場所」を好きになるとき、そこには「ある人」の存在が関係していることがある。
例えばお気に入りのレストランが好きなのは、料理の好みに加えて、実は店員さんとの関係性が心地よくて足を運んでいる可能性がある。
そういう意味で、好きな場所ができるのは人の要素が大きいのではないかと思う。
「あの人と盛り上がった会話が忘れられない」「あの人が対応してくれた気遣いが心に残っている」など、ある場所を好きな背景には、人との思い出が少なからずあるのではないか。
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最近、仕事や子育ての合間を縫って、町の小さな図書館へ通っている。滞在できるのはほんの1〜2時間と短いが、わずかでも豊かな時間だ。
図書館に入った瞬間、少し緊張感のある空気が全身を包み込む。たくさんの書籍のいい香り。紙の匂いは独特で、気持ちを落ち着かせる成分が含まれているかのようだ。
私が向かうのは、窓際に5つだけ設置された自習机。1席1席が仕切り板で囲まれた仕様になっていて、集中しやすい。
ある日、いつものように自習机で作業していた。ふと顔を上げて窓の外に目を向けてみると、そこにはゴーヤで作られた緑のカーテンがあった。
太陽の光に照らされると、目の前には鮮やかな黄緑色の世界が広がる。特に午前中の朝日を浴びたゴーヤの緑のカーテンはその名の通り、美しいレースカーテンのような存在だ。
こんな環境で作業できて幸せだな、と思っていると、見事に成長した収穫期のゴーヤの実を1つ発見した。おいしそうだなあ、とそんなことをぼんやり感じた。
帰り際、見事なゴーヤがどうしても頭に引っかかっていて、職員さんに伝えることにした。きっと職員さんの誰かが持ち帰り食べてくれることだろう、とこの時は考えていた。
「持って帰りますか?」
予想していなかった提案をもらい、驚く。
「え、いいんですか! ゴーヤ、見事に育ってますけど、もらっちゃって悪くないですか?!」
そんなやり取りをして、気が付けば私の腕の中には見事なゴーヤが7つも積まれていた。
帰り道、よかったら食べてくださいね、という職員さんたちの優しい言葉が頭の中で何度も蘇った。
私は町の図書館が大好きになった。
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たくさんのゴーヤを持ち帰った私を見て、どうしたの?!と驚く夫に事情を話し、起きた出来事と気持ちを再び反芻した。
縁側に並べた収穫したてのゴーヤたちは、全部立派でツヤツヤしたハリがあった。半分に切ると、中からは真っ赤に熟れた種がたくさん出てきた。
もうこんなにおいしいゴーヤにはしばらく出会えない。図書館でこの日働いていた職員さんたちのことも忘れないだろう。