核融合ベンチャーの“リスク”
はじめに
核融合ベンチャーのリスクと聞いたとき、「その会社の核融合プロジェクトが完全に失敗して投資家が丸損するリスク」を思い浮かべただろうか。
そうではなくて今回は、最近話題の核融合ベンチャーは日本の核融合戦略にとって無視できないリスクなんじゃないのかなっていう個人的な危機感を共有したい。
本題に入る前に大事なこと2つ
・私も核融合ベンチャーで研究しているが、オープンになっていない情報は出せないし、そもそもここでは特定の立場の話はしない。
・どのプロジェクトに対してもうまくいってほしいと思っていて、個別の組織やプロジェクトを悪く言うつもりは全然ない。相手は自然科学であり既存の技術を越えた工学であり、うまくいかないことはあって当然だと思うし、各々方針には事情がある。予算の限りもある。
核融合研究の現状①ITER計画
まず少し歴史の話から始める。
個人的な意見として、核融合発電の実現という観点では、研究は順風満帆とは言い難い。次の図を見てほしい。これは核融合反応に必要なローソン条件(プラズマの温度・密度・閉じ込め時間)の達成に向けて、いろんな装置が達成してきた記録がまとまってる図で、目標までの道のりがとてもわかりやすい。磁場閉じ込め核融合では、温度1億度以上、密度1ccあたり100兆個、閉じ込め時間(前回解説した)1秒以上が必要で、右上に行くほど目標に近づく。右上の青と水色のラインは臨界プラズマ条件(Q=1、入れたエネルギーと出てくるエネルギーが同じ)と、自己点火条件(スゴイ)。
このローソン図、10年くらい前まではよく見かけたんだけど、もうほとんど見かけることはなくなった。ピンクの丸に注目してほしい。1960、70、80年頃ときて、90年頃には臨界プラズマ条件を達成し、この図を素直に受け取ると、2000年頃にはITERも通り越して核融合炉の条件はクリアできてそうだ。
だが実際はITERの運転開始は2019年の予定となり、2020年になり、2025年になり、さらに遅れ、いつになるかは今年中に発表される予定である。だいぶ批判にもとれる書きぶりになってしまったが、最初に言った通り批判の意図はなく、それだけ困難なプロジェクトだという事実を紹介した。ITERプロジェクトには私の先輩も後輩も多くの知り合いが携わっていて、彼らが長年にわたってどれだけ大変な仕事をしてきたかが聞こえてきている分、成功してほしいと思うし、実験データが出てくるのはとても楽しみにしている。ITERがどれだけ困難なミッションか、興味がわいた人はぜひ日本の公式のページが素晴らしいので調べてほしい。
なんでペースは落ちたのか?
あと少しというところで止まっているように見えるが、1つわかりやすい理由がある。装置サイズがどんどん大きくなって、ついには既存の技術で作れるレベルを超えるほど巨大になってしまったから(もちろん困難なのはサイズだけじゃないけど)。
先ほど述べたように、核融合実現のためにはプラズマの温度を上げる必要がある。温度を上げるためにプラズマを加熱するんだけど、プラズマは放射冷却で勝手に冷えてしまう。当然温度を上げるためにはこの放射冷却が低ければ低い方がいい。放射冷却は表面積で効いてくるので、装置が大きければ大きいほど、プラズマの体積に対する表面積が小さくなって温度が上がりやすくなる。実際に、装置サイズをスケールアップしていくたびに温度は上がって、ついには核融合の条件が達成できることが分かった。
大きい炉にすれば核融合の条件が満たせるとわかったら、普通に考えれば大きい炉を作ってまず発電してみよう、となる。発電できてない状態では経済性も何もないので、まず発電ができること(Q>>1)を実証する(ITER)。次に、経済的に赤字でもいいから発電をする(DEMO炉)。そしたらコンパクトで経済的な炉を追求していって、発電単価が安くなったら本格的に普及させていく。多少経済性で負けていても、枯渇しないどこでも手に入る燃料で、CO2を出さず、天候や気候に左右されず安定に運転できて、暴走事故が無くて高レベル放射性廃棄物も発生しないんだから、無理やり発電してみる価値はあるだろう。
ただし、この戦略の1歩目の巨大すぎる装置のハードルが高すぎた。決して不可能ではないが、計画が遅れ続けているのは上記の通りである。そして忘れてはならないのは、ITER建設はこの流れのまだ1歩目であるということ。後ほどまた触れる。
核融合研究の現状②核融合ベンチャー企業
話題は最近の核融合ベンチャーの話に移る。まず核融合ベンチャー企業という言葉、これは今でこそあたり前のように理解できるが、初めて聞いたときは意味が分からなかった。思い出すのは2014年にロッキードマーティン社が「トラックに積めるサイズのコンパクトな核融合炉(100MW級)を10年で開発する」という発表した時のこと。当時はITER運転まであと5年、その後各国DEMO炉という流れ以外の選択肢があるなんて私は想像もしてなかったし、私の周りではまじめに受け取られてなかった。私はその記事も調べてなくて当時どんな雰囲気だったのかあまり知らない。その後続報は聞こえてこなかった。
実際は私が知らなかっただけで、2014年の時点ですでに核融合発電を目指す企業は10社以上あり(言い訳をすると、当時は核融合の研究が忙しすぎて核融合に興味なんて無かった)、その後も5年で10社ぐらいのペースで増え続けていて、現在は30社以上ある。これらの企業から近年「いついつまでに○○MWの発電する」という声があちこちから聞こえてくるようになった。記憶に新しいのは先月のヘリオンエナジー社が2028年に50MWの炉を作るという話題。マイクロソフト社との失敗ペナルティ付き売電契約というのだからすごい。ここでは個別のプロジェクトに対して、できるの?できないの?という話はしないし、予想も書かないでおく。
ほとんどの核融合ベンチャーは上の核融合①で述べたITER-DEMOのような大型トカマク路線とは方針が異なる。最初からもっとコンパクトな炉での発電を目標にしていて、これを実現するために様々な斬新な方法で実証を目指している。コンパクト路線は、大型トカマク路線に比べると実験炉や実証炉が安くて進歩が速い。ただどのプロジェクトでもそうだが、進歩した先にゴールが待っている保証はない。
次の図は、核融合産業協会(Fusion Industry Accosiation)っていう非営利の業界団体による2022年に行われた調査結果の1つ。核融合ベンチャー各社に対して「商用利用に十分な低コスト・高効率(Q)の核融合炉の実証ができるのはいつになりそうですか?」という質問に対する回答をまとめたもの。30年代前半と答える企業が最も多かった。
これ、とても衝撃的な結果に思う。回答した会社によって自信のほどはいろいろだろうし、必ずしも科学的な根拠だけでなく政治的な理由で目標を言っている可能性もある。そもそも、誰もやったことがない研究を大勢の研究者技術者で10年間取り組んで、10年後にどうなっているのか正確に予想できるわけがない。
解説に移る前に、読んでいる人に次の質問の答えを想像してほしい。「この25社のうち何社が予定通り発電に成功できる?2030年代じゃなくて、2070年までだったら(これから増える会社も含めて)何社が成功する?」
核融合ベンチャーの“リスク”
さっきも言った通り、核融合ベンチャーはそのほとんどがコンパクトで、この点だけで比べれば明らかに大型トカマク路線より優れている。大型トカマク路線は2035年にITER本格稼働(予定)、その後順調にいった場合2050年代にDEMO炉、それから小型化をしていくと思うんだけど、そうすると電力の選択肢として戦力になるのは2070年代とかかなぁ。そもそも大型化することによって温度を上げて目標を達成したら、それを小型化していくというのは簡単ではないと思う。もちろん単に大きくしただけじゃないからそんな単純な話でもないけど。
それでさっきの質問につながるんだけど、核融合ベンチャーが完成させようとしてるのはすでに小型の炉(と言っても会社によってさまざま、ただしもちろんITERより小さい)なので、2070年までにたったの1社でも成功したらすべてその企業に独占されてしまう可能性がある。もしくは、複数社が成功したら発電単価の価格競争をすることになるだろう。そうなったら、時期にもよるが、大型トカマク路線の研究開発は続けるのは難しいのではないかと思う。小型の炉は大型の炉に先を越されても成功さえすれば逆転できるけど、小型の炉が先に成功したら大型の炉は成功しても逆転できない。
例えば具体的に、先ほど出てきたヘリオンエナジー社が本当に2028年、いやまぁ仮に+30年して2058年に、核融合炉買いませんか?って日本に来たとする。この時点で原型炉作ってたらもう勝てる見込みは無い。ただただ発電所を売ってもらうことしかできない。ヘリオンエナジー社のFRCはジャイロトロンもトリチウムブランケットもタービンも大規模真空容器もいらないし、容器や電源はきっと自社開発するだろう。日本が頑張って用意してた核融合のための技術を使ってもらうのは無理、FRCなんて急に言われても真似をするのも無理。ハイ解散!!
これをリスクと言わずしてなんと言うのか。
ちなみに、10年前に10年で作ると言ったロッキードマーティン社と、今10年後に作ると言っている12社(15社?)と、何が違うのか?圧倒的な科学的・技術的ブレイクスルーがあったわけでは(たぶん)ない気はする。1つは、研究資金の桁が違う。去年までの段階で、核融合ベンチャー企業に7000億円近い資金が集まっている。それから予定の表明だけじゃなくて、建設してるとか1億度を達成したとか、具体的に進んでるのが見えるのは違うかな。
こないだの内閣府の核融合戦略会議の資料を毎回読んで、他の人のリアクションも見てた感想なんだけど、「大型トカマク路線は現在ITERの建設中だが、完成さえすれば発電実証ができ、DEMO炉建設の段階へと移れる」って勘違いしてる人が多そうな印象を受けた。作って運転して実証できて良かったねで終わりなら作る必要はない。前に少し書いたけど、大型トカマク路線にも本当に克服可能かどうかわからない課題がいくつもある気がしてる。だからこそやる価値がある。だけど政府戦略の「DEMO炉のスペックをこうしましょう、スケジュール前倒ししましょう、建設技術を民間からアクセスしやすくしましょう、産業化しましょう」とくに「技術及び産業マップ作成でターゲット明確化しましょう」あたりには前提として「すべての核融合ベンチャーは1つ残らず失敗し、大型トカマク路線だけが必ず成功する」ってのがあるように感じた(あくまで私の感想)んだけど、もしそうなら極端だと思う。
少しオーバーに書いちゃったけど、実は日本の核融合戦略の中にも「独創的な新興技術の支援強化」の項目はある(報告書には「令和5年度から検討を開始する」って書いてあるから、つまり今はきっと白紙なんだろうけど)。先ほどの例のように仮に2050年代に核融合炉を売りに来られた場合、大型の原型炉と違って小型路線の研究開発は解散する必要はない。将来価格競争に参入できるかもしれないし、サイズの違いや燃料の違いなどにより棲み分けができる可能性もある。
上のFIAのアンケート回答の25社の中には、日本の核融合ベンチャーの2社EX-Fusion社、Helical Fusion社も多分だけど入ってる。うまくいってほしい。日本は核融合分野でリードしてるとたまに聞くけど、競争という視点で見ると、個人的にはそのような実感は残念ながら持てない。現在の日本のアドバンテージが技術にあると言うのなら、中型~大型の実験装置をモリモリ作ってほしいと思う(産学連携ってことになるのかな)。そうすることによって人材確保の観点からも、学生は興味を持つし、教員はいろんな課題を学生にまわせるし、海外からの人材も確保できるだろう。核融合の研究はたいてい他の研究開発分野(宇宙、物性、医療、プラズマ応用、挙げたらきりがない)と地続きになっているので、実験装置や研究者が無駄になることは無いと思う。肝心のコンセプトのアイデアが無いから装置作れないだろってなると思うけどそれは逆で、現状では装置作る予算なんて確保できるわけないからアイデアが出てくることはないと思う。まぁ研究者であれば誰しも自分の研究分野に予算を割いてほしいわけで、私が言っても説得力無いのかもな。蛇足なのでこの辺で。
まとめ
要約する。
・装置を大型化するほどプラズマの温度は上がり、ついには国際共同研究により実証の段階に移行した(これを大型トカマク路線と表現した)。
・巨大な工学プロジェクトは現在計画に遅れが出ており、一方で、複数の核融合ベンチャーが早期実現に名乗りを上げ、競争の様相を呈してきた。
・2030年代前半に実現すると言っている企業が多い(15社)が、仮にどこかたったの1社が2030年どころか2070年に実現したとしても、大型トカマク路線より経済性で優れている可能性が高いように思う(これは主観)。
・日本の核融合戦略は従来通り基本的に大型トカマク路線である(これも私はそう読んだだけで、実際は違うかもしれない)が、どうか「独創的な新興技術の支援強化」というのを日本の産業界が誇る技術で実行して、“核融合ベンチャーのリスク”を回避(分散)してほしいと願う。
若干オーバーに書いた部分もあるけど、伝えたかったのは「70年以上核融合の研究してきて、とくにここ30-40年は国際協力でやってきたのに、よくわからない方式で1つの企業に大成功されて、打つ手なくただただ発電所を買う羽目になったら嫌だよね」てこと。今回の内容は日本にいた時に考えてたことで、現在の所属や、中から見える景色は盛り込んでいない。
最後に、本当に何回も繰り返して申し訳ないが、大型トカマク路線がダメとは全然言ってない。ただ核融合ベンチャーの脅威を過小評価してる人が多いように感じたので、少しだけでも読んでくれた人の視界が広くなったら嬉しい。