発達の最近接領域

キッチンで食事の準備をしている時、ふとバナナを見つけた娘が「ねぇ、バナナ食べたい」と言ってきました。

「いいよ~」とバナナを手渡すわけですが、そのままホイと渡すだけでは娘は怒りだします。「皮が剥けないよ!」と。そこで、少しだけ皮を剥いてあげると、あとは自分でスルスルっと剥いていける。その後はパクパクッと最後まで食べられます。

「一人ではバナナの皮を剥けない」けれど
「バナナの皮をちょっと剥いてあげる」ことで
「一人で皮を剥いてバナナを食べられる」。

子育てしていると、こういうことってたくさんあるんじゃないかな?と思います。

自分一人では難しいんだけど、少しだけ周りが手を貸してあげたり、誰かと一緒にやることでできるようになる。

その「できない」を「できる」にするまでのプロセス、すなわち領域のことを、「発達の最近接領域」なんて言いますが、子どもの発達や教育のことを考えてもこの概念は理解しておくべき大切なことだな、と感じています。

私の好きな本に「発達の扉」という白石正久先生の書いた本がありますが、そこでは人間の発達のことを以下のように捉えて書かれています。

人間の発達は、矛盾(発達の願いと自分の力や心の状態に生じた隔たり)を受け止め、自分自身で乗り越えていくことなしには実現しない。人は「ああしたい」「こうしたい」という発達の願いを持ち、そうならない現実との矛盾に悩み、そして葛藤している存在。

矛盾を乗り越えて発達の願いが実現したことは、新しいことへもっと挑戦してみようとする興味や意欲を形成する。「心のばね」の強さが新しい矛盾を乗り越えていく力を形成する。

「発達の一歩前をいく活動」とは、頑張れば何とか手が届きそうだ、と憧れる活動のレベル。少し難しいことに挑戦しようとする意欲がわいてくるためには、得意な活動を思う存分できる生活、楽しいことがたくさんある良い見通しを持てる生活が必要。

ここで述べられていることは、いわゆる「発達の再近接領域」の概念と近いことだと思いますが、人は生まれながらにして、常に少し先にある発達課題を前に試行錯誤し、時には失敗して悔しい思いもして。そうして少しづつ乗り越えて、大人になっていくのだと思います。できないことに葛藤し、できる体験を積み自信を持ち、そうして成長していく。それこそが人間という存在なのかな、と。

そして、この発達の最近接領域を見極め、必要な支援を周りの大人がしてあげることこそが、子どもの発達を促していけるものなのだ、と感じています。

冒頭のバナナの皮剥きもしかり。少しだけ皮を剥いてあげると皮を剥けていた娘。少し熟れたバナナを渡して、「ここをパキって下の方に折ると、剥けるかもよ」と助言したら、何とか自分でできていました。そして、自分一人でできたという体験はとても嬉しかったようです。

そんな風にして少しずつ、できることの幅を広げていけると良いな、と思っています。

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