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割に間違いでもない

昨日考えたこと、今日のわたしとは違うから否定する。

新しい指針に則って生きるわたし、昨日とは違うからそれはキリが悪い。

そんなことを思って日々考えを転々とさせる私だけど、意外に昨日思って出した答えは、今日のわたしにもずっと関係のあることで、割に間違いじゃないような気がする。

この頃悩みの種というのは非常に多くて、こんなにも自分はみっともない人間だったかと思うような日々が続いている。

就職活動のこと、
友人関係のこと、

君が行く、長いこれからのこと。

終わらない日々の中で、先のことを考えればどこまでも意識が遠のいていく気がする。

それほどにわたしには上手く生きていける自信がない。

だから、人の言葉を借りて、自分の感性を研ぎ澄まして、何かしら上手く生きていける術を、言葉を見つけようとする。

それは、
"人に執着しすぎない"とか
"悩んだら捨てる"とか
"思い立ったら一段落しないうちに"、とか。

一時の感情で紡ぐ言葉は、緻密性を欠いていることが多い。

自分の性格上かなり難しいことだったり、弊害を多く伴うものだったり。

だから私は、すぐにそれらを捨てて、新しいものに縋り付く。

新しいものというのは良いものだ。

輝いて見えるし、古いものより相対的に新しいものの方が、もっと緻密なもののように思える。

でも。

実はそんなようなことでもないのかもしれない。

古い言葉が緻密性を欠いているという面も確かにあるだろうが、私は一つ一つの言葉にあまりにも向き合っていないような気がした。

言葉の表面だけを見て、一見欠けているものだけに執着していた。

わたしが紡ぐ言葉は、そんなにも信頼に足らないものだったか。

日々流動していく日々の中で、その一つ一つをなんとか凌いでいくための大事な言葉だったんじゃないか。

それを躊躇いもなく捨ててしまうのはあまりにも勿体ないような気がする。

だからきっと、昨日のわたしも間違っちゃいない。

昨日だったか一昨日だった考えたこと、
"無理はしないあたりで"
"思い立ったら一段落しないうちに"

それらの言葉は、今にいるわたしにも確かに頷くだけの意味を伴ってるよ。

安心して。わたし。


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