「別に大人になんてなりたくなかった」
「ありがとう。楽しかったよ。」
その言葉に決して嘘はなかった。
もう会うことはないのだろうけど。
"一緒に居たいなら居ればいい"、そう思っていた。
居られないなんてそんなのは巫山戯た大人の言い訳だと、淀みのない気持ちでそう思っていたのに、今では僕もその巫山戯た大人の一員である。
なんてつまらない人生なのか。
明日から何して過ごそうか。
そう思って顎に手をやった時、右手の指輪があたった。
結婚。
する予定などどこにもなかった。
冗談にもそんな大層な付き合いではなかったから。
まあこれもつまらぬ大人の冗談か。
とはいえ貴方に使ってきたこの5年半、一体誰が返してくれると言うのだろう。
時間なんかじゃなくて、奪われたのは僕の、僕が僕である所以だった。
今になって気付いたけど、音楽の趣味も食べ物の趣向も、全部僕の好きなものではない。
貴方がいなくなった今、残ったのは胸を酷く捻り潰すような痛みだけだった。
(物語はフィクションです。)
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