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第二十四話 「御恩と奉公」
刹那的という言葉の意味は、今この瞬間だけを充実させて生きようとするさま。特に、一時的な享楽にふけるさまを言うそうだ。
なんだ、当時の私にピッタリの言葉ではないか。目標なんてクソくらえ、今が楽しければそれでいい。
いつの間にか刹那的になっていた私に、遂に罰が当たる。
社会のテストをしていた時だった。担任の先生は打ち合わせか何かのため教室におらず、僕達だけだった。
ここで、この先生がどういう人物だったかについて軽く話しておこう。一言で言うと、めちゃくちゃ怖い。怖い上に、通称「ひのきのぼう」と呼ばれる1メートルはあるであろうドラクエさながらの武器を装備し、キレるたび、その棒で教壇を叩くのだ。
「バチン!」
その音にビックリして体がビクッと反応してしまう程だ。そして、
「おめえら…」
と、説教タイムが始まるのだ。今の時代なら、即退場だろう。少なくとも、ひのきのぼうは没収だ。
ではどんな時に怒るのか、いや、キレるのかというと、例を挙げると、朝のホームルームの時間になったにも関わらず、なかなかおしゃべりが止まらなかった時や、クラスで仲間外れみたいなことが起こった時などだ。そう、この先生がキレる時というのは、ごもっともな理由がある時だけなのだ。原因はすべて僕らにある。
ただ、人生経験の浅い僕たちでは、先生の考えすべてを推し量ることは出来ず、予想だにしないタイミングで逆鱗に触れてしまう事がほとんどだった。その為、クラスには常に緊張感が漂い、いつひのきのぼうが炸裂するのだろうと、戦々恐々としていたのである。
そんな先生が、いない。
テスト中とはいえ、気の緩みからあちこちで話し声が聞こえ始めた。
私は、得意科目の社会ということもあって、スラスラと問題を解き、授業時間の半分ほどでやり終えてしまう。退屈になった私は、テストの裏面を見る。すると裏面には、テストの点数には影響の無い、「おまけ」的な問いがあった。
そこには、「御恩と奉公」と題して、殿様と、殿様にひれ伏す武士風の男が描かれていた。問いの内容は、
「あなたなら、殿様にどう言って家来にしてもらいますか?」
的な内容だったと思う。武士風の男の口元には吹き出しがあり、セリフを書き込めるようになっている。
この問いに対して、私はさもボケて下さいと言われているような気持ちになり、他の男子数人を巻き込み、ふざけまSHOWを開催する。
「おめーなんかに仕えるかよバーカ」
「むしろお前が私に仕えなさい」
などの、クソつまらない解答を書いては、男子たちと発表し合い、バカ騒ぎをしていた。
やがて授業終了の時間が近づいて来た為、おふざけ解答は消しゴムで消し、ちゃんとした解答を記入して提出したのだった。
それから数日が経った日のこと、いつものようにバカ騒ぎをして休み時間を謳歌していると、授業開始の鐘が鳴り、先生がいかにも機嫌悪そうに教室に入って来た。僕たちは慌てて席に着き、一気にクラスの空気は張り詰める。日直が、「起立、礼、着席」と号令をしたのち、先生はおもむろに口を開いた。
「この前の社会のテストを返します」
なんだ、テストを返すだけか。そんなに機嫌悪そうにすることか。まあいいさ、おれは90点以上は堅いだろう。
先生は一人一人名前を呼び、答案を返していく。点数を見て喜ぶ者、落ち込む者、恥ずかしそうにいそいそと席に戻る者など様々だった。
私は、自信満々の笑みを浮かべ、名前が呼ばれるのを今か今かと待っていた。
すると、どうも何だか様子がおかしい。全く呼ばれない。
いや待てよ、なるほど、百点満点を取ってしまったものだから最後に発表して褒めたたえてくれるのか。先生も粋な演出するじゃないか。
などと考えていると、先生は答案を全て返し終わったような空気を出し、先生用のデスクに座ってしまった。
あれ?呼ばれてないんだけどな、いや待てよ、俺だけじゃなくて他にも呼ばれていない奴いるぞ…。
すると、先生が口を開いた。
「今から名前呼ぶやつ俺の所に来い」
この瞬間すべて悟る。呼ばれなかったメンツは、テストにおふざけ解答を書いていたメンツだ。
次々名前が呼ばれ、僕たちは先生の前に一列に並んだ。6、7人いただろうか。全員、呼ばれた理由はわかっている様子だった。もはや囚人になったような気分である。
「おめえら、呼ばれた理由わかってるな?」
と言い、立ち上がった。一同に戦慄が走る。
そして、一人ずつ、平手打ちをくらった。これがまた結構な力でだ。頬がジーンとする。
今の時代なら即問題となる行為だが、これはもう、圧倒的に非はこちら側にある。言い訳のしようがない。
「おめえらなぁ、消しゴムで消したって跡でわかるんだよ」
と、一人一人をにらみつける。すすり泣く奴も現れた。私も恐怖と後悔でいっぱいになる。
まったくなんて状況だ。こんなことしなけりゃよかった。調子に乗り過ぎた。この先生を甘く見ていた。この人まさかわざとああいう状況を作って俺たちを試したのか?
だとしたら只者じゃないぞこの人…。
その後、何分かの説教を頂いた後、僕たちはようやく釈放された。
なかば放心状態で席に戻った私は、焦点の定まらない目で窓の外を眺め思った。
「先生、家来にして下さい」
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