見出し画像

第十七話 「兄と妹」

兄と妹とは七つずつ歳が離れている。私は中間管理職として、兄から見る母と義父との関係、妹から見る母と義父との関係を、神経をとがらせながら、「空気を読んで」なんとか保っていた。

まず、兄に関しては、いつの頃からか、家に寄り付かなくなっていた。そりゃそうだ。七つ上ということは、当時中二の思春期真っただ中で転校し、まさかあんな義父だとは思わず、さらにすぐ高校受験が迫っている。そんな状態でこんな家に住んでいられるわけがない。兄は隣町の母の実家から学校に通うようになっていた。そういえば、詳しい経緯はわからないが、兄は友人と万引きをしたらしく、警察沙汰になった時があった。兄は机に向かい黙々と、学校に提出する反省文を書いていたのを記憶している。私はその様子を、なぜか冷静に見ていた。

兄は兄で、こんな家庭に生まれて正気を保つのに大変だったのだ。魔が差すことだってあるだろう。今でこそはっきりと言えるが、「失敗する権利」もあるのだ。大事なのは、失敗を受け止め、今後にどう活かすか、それしかない。

そんな兄は、私にとって深い影響を与えてくれた、尊敬する兄である。頭も良い、部活もバスケットをやっていて、文武両道である。高校も確か推薦入学だったと思う。面倒見も良く、頼れる兄だ。

そんな兄が、家に寄り付かなくなったことはとてもショックだった。頼れる人がいなくなってしまった。

ここにひとつ、兄の存在が遠のいた出来事がある。

その日、私は高熱を出して学校を休んでいた。なのに、母は仕事、義父も仕事、妹に関しては記憶がないが、兄は学校。誰も看病してくれなかった。一人でおでこの上に乗せるタオルを何度もしぼり、ずっとうなされていた。

夕方になって、兄が学校帰りに家に寄ってくれた。母の実家に帰る前に、私が熱を出したことを心配して寄ってくれたのだ。私は高熱で朦朧としながらも、助かったと思った。すごく安心した気分になったのを今でも覚えている。だが、この気持ちはすぐ打ち砕かれる。兄は、私に大丈夫かなどの一言二言声をかけ、そろそろ義父が帰ってくる時間だからと言い残し、行ってしまった。

この瞬間、私の中で、兄は甘えてはいけない人になった。

高熱でうなされている弟を目の前にして、義父に会うのが嫌だからと、行ってしまった。

この時の絶望感たるや、計り知れない。唯一頼れる存在だったのに。

私は帰る兄の後ろ姿をただ見つめることしか出来なかった。

それから程なくして、義父が帰ってきた。義父は少しにやけた表情で私を見る。ざまあみろと言わんばかりだ。義父は特に看病してくれることもなく、それからようやく母も帰って来て、私は事なきを得たのだった。

妹はというと、当時二歳程度である。ほとんどと言っていい程、私が面倒を見た。母や義父が仕事の時は、ミルクを飲ませたり、オムツを交換したり、寝かしつけたりと、大したものである。あの義父の子供とは言え、子供には何も罪はない。純粋に可愛いものである。寝かしつける時は、私が人差し指を妹の手のひらに乗せると、自然と握りしめ、安心するのか、すぐ眠るのである。それを見届け、私も眠るのだ。

母が早番の時は良かった。大体夕方頃に帰ってくるので、私も安心である。だが、遅番の時は憂鬱だった。学校から帰るなり、妹の面倒を任され、母は仕事に行ってしまう。寂しい気持ちを押し殺し、妹と二人で夕飯だ。夕飯と言っても、私が料理をするわけではなく、出来合いのお惣菜のみだ。妹はまだ小さかったので流動食のような物を食べさせた。

夕飯を食べ終わり、しばらくテレビを見ながら過ごしていると、義父が帰ってくる。ここで義父に妹を差し出し、本日の私の役目は終わる。義父は妹とお風呂に入り、楽しそうである。義父にとって初の女の子だ。かわいいのは当然だろう。初と言ったのは、なんと義父も再婚で、前妻との間に三人の子がいたのだ。全員男である。この「義兄弟」達とは、のちに顔を合わす事になる。

待望の女の子の誕生に、義父はメロメロのご様子だった。風呂から上がると、裸の妹のお腹に顔をうずめて「ブ~ッ」と息を吐きだす。その時に出るオナラのような音に妹はキャッキャと笑う。これを何度も繰り返して遊ぶのだ。なんとも微笑ましい光景ではないか。

吐き気がする。

私は、誰にも甘えることは出来なかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?