第三十四話 「血」
妹が万引きをしたようだ。
茶の間で母に説明された記憶がある。
話によると、
妹は、近所の同じ一年生の友達とホームセンターに行き、そこで売っていた駄菓子を、
「これ持ってっていいやつなんだよ」
と友達に言い、お金を払わず持っていこうとしたというのだ。
当然、店員に見つかり、警察に通報され、親に連絡がいき、事態が発覚。
母は、あのクソ親父(義父)の血が流れているせいだ、みたいなことを言っていたが、なにかとこの人は、「血」のせいにしたがる。私に対しても、
「オマエの理屈っぽい所、親父にそっくりだ」
や、
「オマエのその気難しい所、親父にそっくりだ」
みたいなことを散々言われた。
私はこの、妹の万引きの話を聞いた時に真っ先に思った。
違う。万引き自体が問題の本質じゃない。一番の問題は、「平気でウソをついた」ということだ。
誰だって、人に良くないウソをつくのは、ためらいが生じるものだ。だが、妹はそれを平然とやってのけ、友達を騙した。これがどれほど恐ろしいことか母はわかっていない。魔がさしてやってしまった万引きとは訳が違う。自分だけではなく、人も巻き込んでいるのだ。
この妹の「ウソ」に関しては、少し前から気になっていた。
以前、妹に勉強を教えていた時、妹はわからない所があると、怒られたくないからだろう、ふざけてみたり、話題を変えてみたり、探りを入れてみたり、とにかく、逃げる。時にはそんな態度にイライラしてしまい、妹を平手で殴ったこともあった。妹は大泣きである。それが妹を勉強嫌いへと進ませたと思っている。本当に今となっては後悔している。そんな勉強が苦手な妹に対して、またも母は、
「おまえの親父の血のせいだ」
と妹を罵っていた。
私と兄は成績が良かったものだから、妹はなにかと比べられ、とても辛かったと思う。本当に申し訳ない。もちろん母の言う通り、遺伝の影響によるものもあると思うが、それ以上に、自分たちの物差しの範囲内でしか妹を理解しようとしなかったのが根本の原因だ。
そして、いちいち「血」のせいだとわめき散らす母よ、そんなに「血」で決まるというなら、「困った時にはウソをつく」遺伝子はオマエの十八番ではないか。人のことをあれこれ言う前に、オマエだ問題なのは。
「ウソも方便」と、ことあるごとにウソをつき、口裏を合わせるように私達に言い、人を騙し続けているのはオマエではないか。そんなあなたの醜い姿を、妹は小さい頃から目の当たりにしてきたのだ。ウソつきに育てられたら、そりゃあそうなる。当然の結果だ。蛙の子は、蛙だ。
と、今でこそ思えるが、小学一年生にして万引きをした妹と、私は向き合うことを恐れてしまった。母の言うように、義父の遺伝のせいだと思ってしまった。あの時にしっかりと話し合いの場を持っていたら、また違った未来になっていたのだろう。
本当にすまなかった。