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「老人と猫」4
腎臓病の猫は腎臓のろ過機能が落ち、食事などから老廃物(毒)がどんどん身体に溜まる。
症状が進み、終末期には尿毒症を引き起こし、痙攣などの神経症状が起きて死に至る。
早い段階から点滴や服薬を続ける理由は、定期的かつ強制的に溜まり続ける毒を身体の外に出すためだ。
腎臓病になった猫が水を沢山飲むのは、オシッコで毒を外に出さないと死んでしまうから。
動物の行動には全て意味があり、それが本能として標準装備されている。
「気持ち悪くてどんどん食べれなくなっていくと思う」という医師の言葉に反して、フクちゃんは亡くなる1週間前まで自分でご飯を食べに来た。
今までと変わらず所定の場所まで来て、自分のお皿で食べ、自分専用のトイレで用を足して窓際で日向ぼっこする。
今まで通り、お水も沢山飲んだ。
白と黒の男たちも、フクちゃんと一緒に眠れて幸せそうだった。
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思えばこの1年と半年、フクちゃんは全ての治療がうまくヒットしてくれた。
元々の体の良さもあるのだろう。
黒猫のエビス君もフクちゃんと同じく、腎臓病、猫エイズ、進行した歯周病持ちで、全顎抜歯、注射、点滴、服薬と似たような治療をしているが、フクちゃんのように調子が上がらず、原因を探してもうまく特定出来ない。
長年の過酷な外生活のせいか、頭に空いてる穴のせいか、抜歯しても何度も口の中が膿み、治療を重ねても食べられなかったので、こちらはかなり早い段階から給餌のやり方を切り替えている。
エビス君は異常に物分かりの良い猫だから、拒否せずに君の行為を受け入れてくれているのだ、とある友人が言っていたが、本当にその通りだと思う。
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点滴はフクちゃんが250mℓ、エビス君が250mℓで2匹とも同じ日に指定されてるので、針だけ交換して1回で500mℓ1本を使い切る。
フクちゃんに点滴をしていると、エビス君が嬉しそうに隣に並びにくる。
針を刺しているのに、2匹でゴロゴロ喉を鳴らす。
エビス君は初めて会ったその日から、ずっとフクちゃんに恋をしている。
ほんとはベロベロ舐めたいけど、怒られるので1ペロくらいで辛抱している。
フクちゃんも、前ほどエビス君を猫ビンタしなくなった。
どちらかが具合が悪くなると、どちらかが寄り添っていたりする。
最愛の恋人とまではいかなくても、彼氏くらいにはなれたのかな。
おかげで私は、点滴も服薬も楽々と続けられた。
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夏休みが始まり、殆どの週末が来客で埋まる。
毎年、春夏冬休みは友人が来てくれたり、会いに行ったりしている。
今年はフクちゃんと家に居たいから、こっちに来て、とお願いする。
老若男女に拘らず、フクちゃんはどれだけお客さんが来てもマイペースだった。
元々沢山人が出入りするお屋敷の猫だったので、全く人間を怖がらず、触られるのも抱っこされるのも平気で、お客さんの布団で眠る事も多かった。
「目が大きくて、毛がふわふわで、この子がいちばん可愛い」と、フクちゃんを特に可愛がってくれる女の子がいた。
この夏休みも遊びに来てくれていたので、「フクちゃん、あまり元気じゃない」と言うと、「私は獣医さんになるから、それまで待っててね、元気にしてあげるからね」と朝から晩まで小さな手で優しく撫でてくれた。
フクちゃんも喉を鳴らして気持ちよさそうに身を委ね、その子と一緒に眠った。
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帰る日、フクちゃんはヨタヨタの足取りで寝室から出てきて、しゃがれた声で鳴き、その子を見送っていた。
「ありがとう」「僕は元気だ」と言って、あの人がお客さんを見送ったように。
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少しずつ弱っていくフクちゃんを見ていると、やっぱりまだ何か出来る事があるのでは、と思ってしまう。
担当の獣医師、お嬢さんに相談をする。
医師からは、楽にしてあげられるのは脱水を和らげる皮下点滴のみ、お薬も嫌がるようになったら飲ませないで。
充分治療を頑張ってくれたのだから、安心できる場所で、ゆっくりさせてあげて下さいと返答があり、お嬢さんもまた、猫に無理をさせない方針の方で、優しい返答を下さった。
7/26に食べたご飯を最後に、自分から食べにくるのを辞めた。
好きなおやつを指先に乗せて鼻先に持っていくと少し食べてくれるが、『もういらない』と横を向いてまた眠る。
寝ている時間が更に増えて、トイレに行く以外は殆ど寝ていたと思う。
吐いたり、気持ち悪そうなそぶりはなく、撫でるとお腹を出してゴロゴロいう。
食べない以外はいつも通りのフクちゃんだった。
シリンジでお薬を飲ませるのも辞めた。
気持ちよさそうに眠っているのを起こされて、口に何かを流し込まれたら不愉快だろうと思った。
「止めろ!」と言って私の腕を掴んだあの人の顔が浮かぶ。
終末期で痩せていたのに、変わらず大きくて分厚い手だった。
まだそんな力が出るのかと驚くくらいの握力と大きく見開いた灰色の目。
ゆっくり身体を枯らすのが楽なのだとあなたが教えてくれた。
食べる食べないの判断も、きっと私よりもフクちゃんの本能の判断が正しい。
もうどこでしても良いのに、ヨロヨロしながらトイレに行く。
獅子の最期を思い出す。
身体を引きずってでも進む彼女らを見ると、動物の習性という言葉より、理性という言葉がしっくりくる。
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「あんたたちは寝坊する僕しか知らないがね」とあの人が言った。
「僕はもうすぐ100歳、男で独り暮らしだ」
「病院にも自分で行ってるし、毎晩薬を分けたり色々やってるんだよ」
「夜12時になる前に、夕食の食器を洗って」
「コーヒーを入れてから、シンクを磨いて明日の布巾に取り替えて」
「家中の戸締りを確認してコーヒーを飲む」
「コップを水につけてから猫と横になってTVを観る」
「もうずっと長いあいだ、夜は毎日欠かさずそれをやってる」
「だから寝るのは2時か3時で良いんだよ」
「あんたたちは兎にも角にも早く僕を寝かそうとして」
「往診にしろとか、薬は薬局で分けてもらえるとか、食器はそのままでもいいとか、風呂の椅子は高い方のを使えとか言うがね」
「そうすると明日何も出来なくなるんだよ」
「全部明日の僕のためにやってるんだから、何ひとつ抜けてはいけないんだよ」
「朝寝坊くらい何だ。どうだ、僕は偉いだろう」
「褒めてもいいんだよ、僕は立派だろう」
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次の日、トイレの中で足が開き立てなくなる。後ろ脚を引きずるような形でずるずると移動。
身体が汚れてしまうので、7/28の夜からオムツをつける。
泊まりにきていた友人と買いに行き、オムツ姿のフクちゃんがあまりにも可愛くて「ごめんね」「可愛い」「ごめんね」「可愛い」を繰り返す。
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7/29
おやつも何も受け付けなくなる。
豆皿に入れたお水は少し飲む。
仕事に行ってる間に吐いたり苦しんだりしていないか心配で、友人に延泊をお願いする。
君の留守中に吐いてないし苦しんでる様子もない。
寝子とはよく言ったもんだ、3匹寄り添ってずっと眠ってる。
と報告を貰う。
自宅にいれる時間帯はオムツを外し、仕事に行く時は着けていたが、嫌がる様子なく3匹で穏やかに眠る日が続く。
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8/1
夜、足が重くて痛い。身体も怠い。
熱中症かな?と思いフクちゃん、白黒猫と早めに就寝。
夜間発熱し、次の日に解熱。怠さも何もない。
15年ぶり位に熱が出たな。疲れか?と思って検査したらコロナだった。
神のタイミングだ、嬉しいぞ、コロナ。
早急に仕事の調整を終わらせてTWに切り替える。
これで5日間、フクちゃんと一緒に過ごせる。
日中も一緒に居れるので、オムツを外した。
と言っても、掃除や環境整備が済んだら特にできる事もなく、ひたすら眠るフクちゃんの隣で昼寝したり撫でたりしていた。
医師の指示通り、皮下点滴は継続。
オシッコが出ると少し楽になる様子だが、臭いも殆どなく、水に近い。
吸水シートの上でしてくれるので、取り替えも楽で、猫に負担もかからない。
もっとお世話をさせて欲しいけど、あまり出来る事がない。
「可愛い、可愛い」と言って撫でると、ゴロゴロと喉を鳴らしてお返事をする。
手を伸ばして寝ていると、いつものように頭を乗せてくる。
この子の全てが尊くて涙が出る。
数年前、獅子を看取った時のような、「良くしてあげられない」「1日でも長く生きて欲しい」というような手前勝手な気持ちはすっかり消え失せていた。
獅子にも同じようにしてあげれば良かったのに、と今でも後悔が消えない。
今、ゆっくりした優しい時間を作る事で、癒されているのは自分なのかもしれない。
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フクちゃんの相棒さん、聞いて。
あなたは交渉が非常に得意な方だった。
誰よりも頭の回転が早くて、1度話せばどんな仕組みも理解してしまい、その裏を突いて面白そうに笑ってましたね。
私たちも他社の人間も、あなたに討論で勝てる者がなく、皆でトボトボ帰ったのを覚えてます。
お盆にはちょっと早いけれど、フクちゃんが眠ってるうちに迎えに来てくれませんか。
あなたならそちらの規則を変えるのも、朝飯前だと思うから。
8/2
日中はひたすら眠る。
もう水も飲まない。
ひたすら枯れるのを待っているように見える。
夜間に嘔吐2回。
もう首を起こせないようで、寝たまま吐く。
1回目は胃液、2回目は茶褐色が混じる。
うっすらと眼を開けて、口の横から息をする。
8/3
晴天だった。
8:30
痙攣あり。
手足をピンと伸ばしてビクビクっと動く。
同時に茶褐色の嘔吐少量。
短時間でおさまり、口を拭くと不快そう。
撫でてあげる事しか出来ない。
8:45
小さな痙攣1回。
その後眠り続ける。
10:15
急にヨロヨロと起き上がり、ベランダの窓の方を向いて座った。
目をちゃんと開けているのも、前脚を立てて座っているのも久しぶりに見た。
驚いたような大きな目で、ジッと窓の外を見ていた。
雉色の背中の毛が立っている。
びっくりして、「何、どうした?」と言って近づくと、途端に多量の嘔吐と失禁。
ぺしゃんと倒れ込み、1度だけ大きく大きく息を吸い込んで、フクちゃんは動かなくなった。
呆気ないほどあっという間に逝ってしまった。
何かよく分からないまま、暫く唖然としていた。
抱き起こしたフクちゃんの顔は、口角が上がり、髭が前を向いていた。
目もぱっちり開いたままで、嬉しいような、何か興味のあるものを見つけたような顔をしていた。
「おおい、フク」
『私を呼んだ?』
お屋敷の庭から駆けてきた、あの顔。
相棒さん、やっぱりあなたは交渉が上手だ。
あんなに朝が苦手だったのに、まさか午前中に来てくれるとは。
あるいは、猫好きの奥様が上手に起こしてくれたのかもしれない。
「この猫は僕に惚れていてね」
そう、あなたに呼ばれたら嬉しくて、どんなに遠くに居たって、あっという間に駆けて行ってしまうんだった。
フクちゃん。
フクちゃん、あなたは。
賢くて、野生味溢れた甘えん坊で、男子にモテてもつれなくて、恋人に一途な猫だった。
チョコレートをかけたような小さい手足の裏が可愛かった。
あなたと相棒さんの、長い長い生涯の、ほんの最後に関われた事を、私はとても光栄に思う。
あなたを抱いて大声で泣いたのは、亡骸になっても可愛くて嬉しかったから。
ところで、その後を知ってる?
エビス君はフクちゃんにくっついて離れなかったんやで。
お顔めちゃくちゃ舐められてたよ、
怒らないでね。
相棒さんにも内緒よ。
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