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「黒酢のスブタ」の旨さの源はイタリア食材?
四川飯店において麻婆豆腐やエビチリと並んで、お客様から圧倒的な人気を誇る料理が「黒酢のスブタ」です。黒光りしたような美しい照り、そして甘さとともに感じるまろやかな酸味。絶妙なバランスが問われるこの名物料理について、赤坂店料理長の田中良司に話を聞きました。
ー僕が子供の頃に食べたスブタって、黒酢を使ったものではなく、もっと赤っぽいようなイメージなのですが、四川飯店におけるスブタはどのようにして今の形になったのでしょうか?
田中:実は赤坂店では、現在2種類のスブタがメニューにあります。「甘酢のスブタ」と「黒酢のスブタ」ですね。甘酢のほうは昔からのメニューですが、黒酢のスブタが生まれたのは、今から15年くらい前のことです。その頃は、健康志向の観点などから、黒酢がクローズアップされはじめていたんですよ。
ー(黒酢がクローズアップ...?ひょっとして料理長、しれっとダジャレをぶち込んできたのかな...でも真面目な顔でしゃべってるな...)
田中:なので、四川飯店としても黒酢を使って新しいメニューを開発したわけです。
ーなるほど、伝統料理というわけではないんですね。では、作る工程を教えていただけますか?
田中:使う肉は豚の肩ロースです。肩ロースは赤身と脂身のバランスがすごくいいんです。これを包丁で切り分けて、団子状に丸めます。1個が25~30グラムありますから、結構大きくて食べごたえがあります。下味をつけて粉をまとわせ、油で揚げていきます。
ー油の温度はどれくらいですか?
田中:団子の中までしっかり火を通す必要がありますから、150度くらいの中温でじっくり揚げます。最後は表面をカリッとさせるために、もっと温度は上げますね。肉自体はシンプルで、これを最後にソースと合わせます。
ー確かにお肉の調理工程はシンプルですね。では味の決め手はソースということですね?
田中:はい。ソースに色々工夫がありますが、今回はそれも見せてしまいましょう。
ーおー、秘伝のレシピを公開してしまうと。
田中:一番肝心なのは何と言ってもお酢です。お店では3種類の酢を使っています。
ー3種類もですか!具体的には何でしょう?
田中:まずは中国の黒酢ですね。それから米酢。そして味の大きなポイントになっているのはバルサミコ酢です。
ーバルサミコを使うんですね!バルサミコというと洋風な料理のイメージしかありませんが、それを中国料理で使うとは!
田中:最初にそのバルサミコ酢を鍋で煮詰めます。大体半分くらいの量になるまで、じっくり加熱します。バルサミコは普通のお酢や黒酢と違って、加熱しても酸味が残りやすいという特徴があるんです。
ーその工程は難しいのでしょうか?
田中:煮詰めることはそれ自体が難しい作業ではありませんが、仕込みの途中でちょっと目を離すと底のほうが焦げてしまうことがあるので、注意が必要です。バルサミコ酢はそれなりに高価なものですけれども、大鍋で焦がしてしまうと、すべて台無しです。
ー黒酢と米酢は煮詰めないんですね?
田中:はい、その2つはこの時点では加熱しません。煮詰めたバルサミコ酢と2種類の酢を合わせます。そこにハチミツと砂糖を加えますが、さらにもうひとつ味の決め手を加えます。それは「ヴィンコット」です。
ーヴィンコット?初めて聞きましたが、それは何ですか?
田中:ヴィンコットはぶどう果汁を煮詰めてつくった、イタリアの調味料というか甘味料というか、そういうものです。イタリアではお肉などのソースづくりやデザートに使ったりしていますね。
ーバルサミコ酢にヴィンコット。まるでイタリアンを作っているみたいですね。
田中:もちろん僕たちが作っているのは中国料理ですけれども、確かにそういうテイストはありますね。だからかもしれませんが、黒酢のスブタはとてもワインとの相性がいいんですよ。
ー確かにそんなイメージができますね。お酒の好きな方はワインとともに楽しむのもいいでしょうし、お子さんはご飯と一緒でもいいですね。
田中:そうなんです。この黒酢のスブタは老若男女、幅広いお客様から人気がありまして、来店された方の6割くらいは注文してくださいます。そういう意味では、赤坂四川飯店を代表するメニューです。
ー調理の話に戻って、続きを教えていただけますか。
田中:先程のような工程でソースをある程度まとめて仕込んでおきます。一度に10キログラムくらいの量は作りますね。仕込みのときには、厨房中に酢の匂いが充満しています(笑)。
ーそして揚げた団子状の豚肉と、秘伝のソースを合わせるわけですね。
田中:中華鍋の中でそれらを合わせて、最後に片栗粉でとろみをつけます。お店のメニューの中に片栗粉でとろみをつける料理は色々ありますが、中でも黒酢のスブタは注意が必要なんです。
ーそれはなぜですか?
田中:このソースは糖分を多く含んでいます。すると、加熱して片栗粉を入れると、一気に固まってしまいがちなんです。そうなるとソースがボテッとなってしまい、全然美味しくありません。なので、とろみをつけるときには他の料理以上に細心の注意が必要なんです。
ーなるほど~。美味しくないスブタって、むせるように酢の香りがきつかったり、とろみが強すぎて肉や野菜にべったりとまとわりついていたりしますが、そのあたりの繊細なバランスが味の決め手なんでしょうね。
田中:この黒酢のスブタは肉とソースを食べていただきたいので、炒める具材に野菜はあえて入れないんです。細かく刻んだタマネギ、ピーマン、パプリカをお皿に添える程度にとどめています。でも、これらがいいアクセントになるんですよね。
ー肉とソースのみというのも特徴的ですね!
田中:先程、酸味などの味のバランスの話が出ました。中国料理の味の表現として、「糖醋(タンツゥ)」という言葉があります。日本語で言えば「甘酢味」となりますが、僕らが黒酢のスブタで目指しているのは、最初に柔らかな甘味が来て、最後に爽やかに酸味が訪れるという感じです。スブタに酢の味わいは欠かせませんが、きついのではなく、あくまで爽やかな余韻として、酢を感じて欲しいですね。(終)