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年末年始、再びの18きっぷ(前編)

  12月30日。20分に一度の電車に揺られて、名古屋方面をひたすら目指す。もう新鮮さは薄れてしまったけれど、冒険が始まるワクワク感は健在である。
 普段首都圏に住む私にとって、この区間で東海道線に乗るのは「青春18きっぷ」を使う場合に限られる。磐田に住む祖母のところに帰省するにあたって、およそ一年半ぶりに18きっぷを手にしていた。学割込みの場合でも、新幹線自由席の往復より安くあがる。2日分を往復に使うとして、3日の乗り放題券を実質タダで得たことになる。
 磐田は浜松より東側にあるので、帰省自体を敢行したのは28日のことだった。同じことを考えていた人も多いのか、電車内にはトランクケースを持ったお客がかなりの数。乗り継ぎで立ち寄った熱海もえらく賑わっていた。旅館の車が集まる駅前からは、昭和のバスツアーみを感じたっけ。昭和時代に生きていたわけではないが、集団で“観光地”に押しかけるのはああいう頃の風潮な気がする。
 翌日は祖母宅で過ごしたが、大家族でもないしあまりすることもない。なら次はどこかへ出かけようと思い、愛知側への旅行を決めた。朝の電車で豊田町から浜松を経て、今に至る。
本日メインの目的地は、犬山の明治村である。当時の学校や政治家の住宅などが移築された観光施設で、名古屋近くを訪れる度に行きたいと思っていた。名鉄・バス・入園券、その他諸々がセットになった「時間旅行きっぷ」を買うと、けっこうコンパクトな旅ができる。豊橋でJRから名鉄に乗り換えて、そこからは急行で一本。犬山駅から20分ほどバスに乗り、昼頃にやっと到着した。
 こうはるばる乗ってくると、「テーマパークに来たなぁ」という感じがする。隔世の感、というか非日常の感じを出すには、市街地からの距離というのは結構重要な部分だと思う。断絶が却って高揚感を生むのである。「舞浜の場合は葛西臨海公園と首都高が堤防になることで、アクセスの良さを保ちながらも非日常感を出せている」という話は、以前noteに書いたような気がする。ちなみにユニバーサルシティの場合は、中に潜り込ませる(=建物内の映像で魅せる)ことで没入感を演出しているのだろう。
 明治村は「一丁目」から「五丁目」エリアまで坂道状になっていて、そこを行き来しながら建築を見学するコンセプトになっている。SLが走っていたり、実際に食べられる牛鍋屋さんがあったりと見どころは尽きないのだが、今回は特に印象深かった場所を3つほど紹介してみたい。
①デンキブラン汐留バー


 工部省の硝子製造所を移築、リフォームして作られたバー。浅草が誇るカクテル「デンキブラン」や、小泉八雲のレシピにちなんだ「ラフカディオ珈琲」が味わえる。
 当時の人々は洒落たものに「電気」と名付けていたらしいが、舌の痺れと合わせてイメージにぴったり(アルコール度数30度)。没入感のある空間で味わうからこそ、その美味しさも格別であった。折角首都圏に住んでいるわけだし、浅草神谷の方にも足を運んでみたい。
 一方で珈琲の方はやさしい味で、チェイサーとしても機能してくれた。小泉八雲といえば、教職課程で道徳の授業案を書いたことがある。「道徳の授業案」はどの科目の教職を進めていても通る難しい課題なのだけれど、八雲の日本観みたいな教材があってすらすらまとまった覚えがある。あとは『カリブの海賊』絡みでクレオールについて調べていた際、彼にも興味を持って『怪談』や『骨董』は一通り読んでいた。そんなこんなで親しみを持っていた人物であったため、ここで彼の名を見ることができて嬉しかった。
②帝国ホテル中央玄関


 最も圧倒されたのはここ、帝国ホテルの中央玄関。アメリカの建築家フランク・ロイド・ライトの設計で、建築100周年ということで明治村としてもここを前面に押し出していたようだった。ドアをくぐった時の荘厳な感じからは、咄嗟に「タワテラもこうあれよ」と思ってしまったほどだ。
 玄関棟の中にカフェがあり、優雅な雰囲気でスイーツを味わえた他、特設ブースの解説映像が素晴らしかった。建築について語る教授が「僕が学生のころは、『授業を聞くより帝国ホテルでコーヒーでも飲んできた方が建築の勉強になる』と言われていた」と説くくだりになるほどと納得した。行灯を意識した照明や、重厚な大谷石の柱まで、隅々が美しかった。
③坐漁荘


 最後に紹介したいのは、西園寺公望の別荘「坐漁荘」である。元は興津に建っていて、彼が第一線を退いてから好んで生活した家であった。とはいえ、興津時代の西園寺に政界との関わりがなかったかといえばそうではない。彼はいわゆる元老の(実質)最後を飾る人物であったので、重要な決定が行われる際には現役政治家たちがお伺いに来るわけである。大学2年次に『原敬日記』を読む演習をやったが、原が「興津へ行く」場面はこの坐漁荘を訪ねていたのだろう。言うなれば大好きな映画の舞台に迷い込んだような感覚で、感動もひとしおであった。
 昔ながらの和風建築でありつつ、侵入者対策のため入り組んだ作りになっていたり、見えないところに鉄線が張り巡らされていたりと防犯意識の高さを感じた。他にも各部屋にブザーが仕込まれており、押すと女中部屋まで通知がいくようになっているなど、意外なところでハイテクっぷりを感じられて面白かった。

 予定では3時間程で回り終えるものと思っていたが、閉館かなり近くまでいてしまった。それだけ明治村は見るものが多かったし、じっくり眺めているのが幸せだった。多分、近代史を専攻していたおかげでもある。宇宙センターとかも詳しい人と行くと面白さは倍増だろうし、自分にとってのディズニーもそういうところ(知識があってこそ楽しめる)がある。
 おそらく「周辺知識との往来の中で行く先を面白くする」というのが趣味の土台としていることにあって、今回の明治村はその欲求にぴったりハマったのであろう。こういうのは人と語ってこそ面白いので、欲を言えば次は誰かと行きたいなと思う。
 
 帰りはまっすぐ豊橋ではなく、名駅を経由した。「大隈詣」の記事でも登場した、名古屋のチェーン「歌志軒」の油そばを食するためである。味噌カツ・ひつまぶし・手羽先と名古屋グルメは無数にあるが、食べるチャンスが1回しかないならやはり歌志軒が恋しい。名駅店で食べるのはおそらく2度目のことだ。好きな油そばを挙げるなら図星(早稲田)、油組(東京チェーン)、そしてこの歌志軒ということになるが、また旨いタレを啜れて満足の一日だった。

(中編へ続く)

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