因幡の白兎、神となり社に鎮座するまでの物語 2 白兎神、オオクニヌシノミコトに再会しさらに旅が続く話
赤猪さんと別れた後、まもなく出雲のオオクニヌシノミコト(大国主命)のお住まいへ着きました。
生者の世界である中つ国をまとめつつあるお方のお屋敷は、たいそう立派でございます。
門の側にいた使用人らしき老人がわたくしに気づきました。
「何かご用でしょうか?」
「わたくしは、シロナガミミノミコトと申します。以前、オオクニヌシノミコトに因幡でお助けいただいた白ウサギでございます。今日は神になったご挨拶と、神としての心構えを教えていただきたくてうかがいました。お会いできるでしょうか?」
「さあさあ、こちらへどうぞ。誰か、お伝えせよ」
近くにいた召使いが、中へ知らせに走って行きました。
老人に案内された一室では、あの懐かしい御方が座っておいでです。
「よく来てくれたね、白ウサギ。いや、シロナガミミノミコト」
少しも変わらない、お優しい笑顔です。
促されるままに御前に座り、涙ぐみました。
「またお会いできて嬉しゅうございます。オオクニヌシノミコト、本当にご立派になられて」
「いやいや、おまえこそ立派なウサギ神になって、びっくりしたよ。まさか、あの治療がきっかけで神通力を得るとは……もともと素質があったんだね。誰でもなれるものじゃないよ」
「すべてオオクニヌシノミコトのおかげです。ありがとうございます」
わたくしは深々と頭を下げました。
「それはそうと、私を訪ねてきたのは神の心構えを教えて欲しいんだって?」
「はい、ヤカミヒメのお言いつけで」
オオクニヌシノミコトが身を乗り出されました。
「ヤカミヒメに? 元気なのか? どうしている?」
そこでヤカミヒメから共同事業計画を持ちかけられたこと、そのために神の修行へ出るように命じられたこと、装束を作ってもらいこちらへうかがったことを説明しました。
オオクニヌシノミコトがため息をつかれました。
「そうか、職業婦人を目指すのか……いや、ヤカミヒメには本当にすまないことをしたと思っているよ。でも、私にはどうすることもできなくてねえ」
すっかりしょげておられるので、わたくしは慰めるように申し上げました。
「ヤカミヒメはもう割り切っておいでです。今は縁結び事業の準備に入っておいでですから」
「今さらよりを戻せないし、せめて新事業がうまくいくように私も陰ながら力を貸そう」
「それは心強うございます。そうそう途中で赤猪さんに会いまして、伝言を頼まれました」
今も罪悪感を抱いている赤猪さんの言葉をお伝えしました。
「気にしなくてもいいのに。火傷の痕も無いし。あの猪は何一つ悪くないよ。すべて八十神のせいなんだから。それでも私を覚えていて祝福してくれたのか。嬉しいね」
オオクニヌシノミコトとわたくしは、顔を見合わせてにっこりしました。
その時、扉が開いて誰かが入ってきました。
「あら、客神が来たと聞いたのに、ウサギさん?」
入って来られた美しい女神が、びっくりしたように見ておられます。
オオクニヌシノミコトが、女神に紹介してくださいました。
「前に話したろう、スセリビメ。因幡で助けてウサギ神になったシロナガミミノミコトだ」
なるほど、このお方がスセリビメですか。
ヤカミヒメに負けず劣らずお美しいです。
でも、確かに気の強そうなお方ですね。
そんなことを感じつつ丁寧に頭を下げました。
スセリビメはわたくしの側へいらして、お座りになりました。
「そう、あなたが噂に聞いたウサギ神なのね。可愛いわ〜。シロナガミミノミコトっていうお名前なの? いいじゃない」
「ありがとうございます」
予想よりも、お優しい感じなのでほっとしました。
「何かウサギの好きそうなものを用意しておくれ。ヤカミヒメに命じられて、私に挨拶を兼ねて教示を受けにはるばる来てくれたんだ。神だからそうそうお腹がすくということはないが、せっかくだからもてなしてあげよう」
オオクニヌシノミコトの御言葉に、スセリビメの形相が激変されました。
「ヤカミヒメですって! ちょっと、シロナガミミノミコト、あ〜た、まさかあの女と私の旦那を復縁させに来たんじゃないでしょうね?」
あまりの変わりように、脅えて声も出せません。
詰め寄る悪鬼さながらのスセリビメに身をのけぞらせて震えてしまいましたが、有り難いことにすぐさまオオクニヌシノミコトが助け船を出してくださいます。
「落ち着きなさい。ヤカミヒメはもう結婚にはうんざりして、職業婦人を目指して新事業の準備中だそうだ。シロナガミミノミコトは、共同事業者として白羽の矢を立てられたんだ。そのために神としての修行に来たんだよ」
「な〜んだ、そうなの」
あっさりとスセリビメは元のおきれいな女神様に戻られました。
「それなら私も異論はないわ。新事業が成功するように応援するわよ」
ヤカミヒメがおっしゃった通り、恋敵にさえならなければ親切なお方のようです。
「ちょっと待っていてね。おいしいものを用意するわ」
軽やかな足取りで出て行かれるスセリビメを見送ってから、ようやく息をつきました。
「ごめんね。根はいい女なんだけど嫉妬深くて」
すまなそうなご様子のオオクニヌシノミコトに、わたくしは首をぶんぶんと振りました。
「いえいえ、それだけ旦那様を愛しているということなのですよ」
「やっぱり、そうだよね」
オオクニヌシノミコトは、嬉しそうなお顔になられました。
しっかりお尻に敷かれていても、スセリビメがお好きなのですね。
割れ鍋に綴じ蓋、お似合いのご夫婦です、はい。
ヤカミヒメが職業婦人を目指しておられるのは非常に賢い選択なのだなと納得いたしました。
ほどなく、侍女達が折敷にいろいろなご馳走を入れた器を並べて運んできます。
スセリビメもおいでになり、オオクニヌシノミコトの横にお座りになりました。
「さあさあ、シロナガミミノミコト、召し上がれ」
「出雲の山の幸と海の幸だ。おいしいよ」
傍に控えた侍女がお酒を注いでくれ、オオクニヌシノミコトと共に、出雲の美味しいお酒とお料理をいただいたのでございます。
わたくし、ウサギですが、神となったので野菜や果物に加えて肉などの山の幸、魚介類や海藻の海の幸もいただけるようになったのです。
それでも、今でも菜食が一番好みですが。
国造りのお話をうかがい因幡のことなどを語っているうちに、お酒もお料理もきれいになくなりました。
「ごちそうさまでした。とてもおいしゅうございました。出雲は、とても豊かな国なのですね」
感心するわたくしに、オオクニヌシノミコトはうなずかれました。
「ああ、ここはとても良いところだ。ほぼ完成してね、あと少しだ」
「スクナヒコナノミコト(少彦名命)という小さな神様がお手伝いくださっているとうかがいましたが……」
「それが途中で帰っちゃったんだ」
オオクニヌシノミコトが苦笑いされました。
「……まだ国造りが完成する前にですか?」
怪訝に思ってお尋ねしたところ、オオクニヌシノミコトがお答えになるより早く、スセリビメが肩をすくめられました。
「帰ったというよりも、あれは事故ね。粟の茎に弾かれて元の国へ飛んでっちゃったのよ。どう見ても、ただのドジだわ」
「いやいや、スクナヒコナノミコトのことだ。深い考えがあったのかもしれないよ」
オオクニヌシノミコトがおっとりとおっしゃいます。
すると、スセリビメはうんざりしたようなお顔になられました。
「あなたって、どこまでお人好しなの? あの神はとても頭が良かったわ。事故じゃないなら、あの人手不足の折にどうして帰るのよ? そうでなければ激務に疲れて逃げたんだわ」
「いやあ、それはなかろう。たいへんだってことを最初からわかっていて、常世の国から来てくれたんだろうし」
「それじゃあ、事故じゃない?」
「……そうなるかねえ」
お二人のお話をうかがいつつ、わたくしは疑問を口にしました。
「あの〜、それではその後の国造りを、オオクニヌシノミコトだけでなさっていたのですか?」
オオクニヌシノミコトが、ぱっと明るいお顔になられました。
「幸運なことに、スクナヒコナノミコトがいなくなって途方に暮れていたら、強力な助っ人が来てくれたんだ」
「どなたです?」
「オオモノヌシノカミ(大物主神)が手伝ってくれたんだよ。そのおかげで、ほぼできあがったんだ」
「優れた神々がお手伝いにおいでになられるのも、オオクニヌシノミコトの御威徳でございましょう。素晴らしいことです。きっと中つ国は豊かになりましょう」
「ありがとう、シロナガミミノミコト」
和気あいあいとした雰囲気の中で扉が開きました。
オオクニヌシノミコトが声をかけられました。
「帰ってきたのかい、おまえたち」
入り口には、たくましい二人の男神がいらっしゃいます。
オオクニヌシノミコトは、お座りになるよう合図をされました。
「シロナガミミノミコト、私の息子のヤエコトシロヌシノカミ(八重事代主神)とタケミナカタノカミ(建御名方神)だ」
お二方は、興味深そうにわたくしを見ておいでです。
「前に話しただろう? 因幡の白兎、今はウサギ神のシロナガミミノミコトだ。わざわざ訪ねてきてくれたんだよ」
オオクニヌシノミコトに紹介していただき、お二方にお辞儀をしました。
あちらも返礼してくださいまして、座ってまたわたくしをご覧になっています。
でも、その視線は少しも不快なものではなく、非常に好意的に感じられま
した。
「親父殿の話には聞いていたが、なるほど本当に白ウサギなんだな」
しみじみとタケミナカタノカミがおっしゃいます。
その横で、ヤエコトシロヌシノカミが呆れられました。
「だからウサギさんだと言われただろうが。いやあ、因幡からようこそ」
どちらが年長なのは存じませんが、ヤエコトシロヌシノカミはどちらかというと知的な雰囲気、タケミナカタノカミは武闘派に見えます。
「それにしても義理堅いな。わざわざ挨拶に来るなんて」
タケミナカタノカミが感心しておられるので、ちょっと照れくさくなりました。
「ご挨拶もしたかったのですが、神になったばかりで勝手がわからないものですから、神としての心得を教えていただきたいという気持ちもございまして……」
「それは素晴らしい。なかなかそういう素直で謙虚な気持ちにはなれないものだ。立派な心がけですね」
ヤエコトシロヌシノカミも、うなずいてくださいます。
さすがはオオクニヌシノミコトのお子さん方、いい神様達です。
「そうだった。〝神の心得〟を話してあげないとね」
オオクニヌシノミコトはそうつぶやかれ、ふっと考え込んでしまわれました。
わたくしは緊張してお待ちしました。
スセリビメもお子様の男神達も畏まっておいでです。
ややあってオオクニヌシノミコトが、口を開かれました。
そしてその御言葉が、わたくしの運命を大きく変えることになったのです。
「根の堅州国へ行って、スサノオノミコト(素戔嗚尊)に会い〝神の心得〟をうかがっておいで」
仰天しましたよ。
「は? い、いえ、あなたさまからうかがえればよいのです。そこって黄泉の国のことですよね? 死者の世界ですよね? そしてスサノオノミコトって、海を治めるはずだったのに『お母さんのいる黄泉の国へ行きたい』って泣いて、父上のイザナギノミコト(伊弉諾尊)に怒られて追い出され、高天原で乱暴して姉君のアマテラスオオミカミ(天照大神)が天岩戸に隠るきっかけを作って、高天原を追放されて中つ国の出雲に下りて、八岐大蛇を退治して、しばらく出雲にお住まいになった後、根の堅州国へ行っちゃったお方ですよね?」
「そうだよ。私はスサノオノミコトの子孫で、兄の八十神に今は赤猪になった火で焼いた大石を落とされるわ、大木に挟まれるわで殺されては母のおかげで生き返り、『このままじゃまた殺されるから、根の堅州国のスサノオノミコトの所へ逃げなさい』と母に言われて、はるばる死者の国へ行ったんだよ」
にこにこしておられるオオクニヌシノミコトの横で、スセリビメがうっとりしておいでです。
「そうそう、出会ってお互いに一目惚れして、お父様に知らせたら、最初は蛇の部屋へ、次にムカデと蜂の部屋へあなたを入れたけれど、私が蛇をはらう領巾、ムカデと蜂をはらう領巾を渡して助けたのよね」
「その後、スサノオノミコトが鏑矢を野原に射て『取ってこい』ってお命じになったんで、取りに行ったら火をつけられて、たまたまネズミに教えられて穴に潜って助かったんだよねえ」
「あの時は『絶対死んだ』と思って、私は葬式道具一式持って泣きながら探しに行ったのに、あなたったら、ちゃんと矢を持って帰ってきて……もう嬉しくて嬉しくて……」
その時のことを思い出されたのか、スセリビメは目元を押さえておいでです。
本当にオオクニヌシノミコトがお好きなのですね。
ヤカミヒメには申し訳ないのですが、ついつい感動してしまいましたよ。
オオクニヌシノミコトも懐かしそうなご様子です。
「その後、『頭のシラミを取れ』って言われて見たら、シラミじゃなくてムカデが頭の中をごそごそしていて途方に暮れたよ。でも、おまえがくれた椋の実と赤土を噛んで吐き出していたら、『お、ムカデを食い破って吐き出しているのか』ってスサノオノミコトが勘違いして寝ちゃったんだよね。すかさず髪を屋根の垂木に結わえ付けて大岩で戸口を塞いで、おまえと太刀と弓矢と琴を持って逃げたら、琴が音を出しちゃって、スサノオノミコトが気づいて追いかけてきて、それでもようやく黄泉比良坂で諦めてくれて、『その太刀と弓矢で八十神を追い払い、中つ国を支配し、スセリビメを正妻とし、宮殿を造って住め』って言ってくれたんだった」
「駆け落ち成功だったわねえ。お父様は結婚に反対してあなたを殺そうとしたけれど、愛の力で乗り切ったのよね〜」
「ああ、そうだったね〜」
思い出の世界にどっぷりと浸かっておいでのお二方の前で、お尻のあたりがモゾモゾして、だんだん居心地が悪くなってまいりました。
わたくしだけではなく、お子さん方も「あ〜あ」というようなうんざり顔になっておいでです。
『どうしよう?』と困っておりましたが、ありがたいことにタケミナカタノカミがこの甘々な空気を粉砕してくださいました。
「その話はもういいって! 耳にたこができるほど聞いたわ! それよりも、今はシロナガミミノミコトの神修行の話だろう? どうして生きているのに死者の国の祖父様んところへ行かせるんだよ。親父殿が教えてやりゃあ、いいだろう」
はい、たいへんごもっともなご意見です。
この武闘派っぽい神様に心から感謝いたしました。
オオクニヌシノミコトはようやくはるばる訪ねてきた白ウサギの存在を思いだしてくださったらしく、こちらをご覧になりました。
「うん。簡単なことだよ。私はどう考えても〝神の心得〟がわからないんだ」
わたくし、ぽかんと口を開けてしまいました。
気がついてあわてて口を閉じて照れ隠しに見回しますと、お子さん方とスセリビメも口を開けていらっしゃいます。
「……その……親父殿……それはなかろう? あなたは、この出雲の支配者で、中つ国の国造りをした神なんだから……わからないって……」
ヤエコトシロヌシノカミが心底呆れておられても、オオクニヌシノミコトは鷹揚に微笑んでおいでです。
「だってねえ、言われて初めて気がついたんだけれど、私は〝神の心得〟など無いままに、こうなっちゃったんだよ。だいたい兄さん達にこき使われて、それでも一応求婚に行って途中でシロナガミミノミコトを助けたのも偶然だし、その後兄さん達に殺されては生き返って根の堅州国へ逃げてスセリビメに会ったのも偶然だし、スサノオノミコトに『帰ってから国造りしろ』って言われたから始めちゃったし……何となく自然にこういうふうになったんだよ。最初から『中つ国を平定して支配するんだ!』なんて、これっぽっちも思ってなかったし……どうしてこんなことになったのかねえ」
遠い所をご覧になっているような眼差しになられたオオクニヌシノミコトに、スセリビメもお子さん方もわたくしも脱力してしまいましたとも。
何とか気をとりなおしたご様子で、ヤエコトシロヌシノカミが口を開かれました。
「それでは、なぜ親父殿自身が教えられないからといって祖父様へ回すのですか? 生者の国の他の神々でもよいでしょう」
「いやいや、スサノオノミコトは元は天津神、そして国津神になられたお方。神としての履歴も経験も豊富なのだよ。せっかくなら、そういう立派な神に教えを請うた方がよかろう。せいぜい私がシロナガミミノミコトに言えることは『なるようになる』というくらいだからねえ」
「それで充分でございます。たかだかウサギのわたくし、スサノオノミコトのような経験豊富な大神様にお目にかかるほどの者ではございません。ありがとうございました。失礼いたします」
さりげなく帰ろうとしましたが、オオクニヌシノミコトが立ち上がられました。
「いや、そんなことを言わずに会いにお行き。けっこういい方なんだから」
「いえいえ、めっそうもない。わたくしはまだ生きている元気なウサギですから、死者の国はご遠慮いたします」
するとスセリビメも立ち上がられました。
「心配ないわよ。あなた、うちのお父様が怖いんでしょう? 大丈夫。顔は怖いけれど、根は優しいのよ。オオクニヌシノミコトは私の結婚相手だったからこっぴどい目に遭わされたけど、ウサギ神のあなたなら問題ないわ。行ってらっしゃいよ」
「そうですか? わたくし、蛇やらムカデやらと同室になりたくないですし野原で丸焼きにもされたくありませんが、一般訪問者であれば大丈夫でしょうか?」
スセリビメが、にっこりされました。
「平気平気。それにお父様、ウサギ肉は青臭いからってお嫌いなのよ。だからウサギ鍋にされることもないわ。安心して行ってらっしゃい」
そうでした。
あんなに偉い大神様から見れば、わたくしなど鍋の具材程度の存在でございました。
ああ……。
「そんなことを言っては、ますますシロナガミミノミコトが脅えるだろう、おふくろ様。気にしなくていいぞ。それに死者の国へ行ったって、神の身なんだからどうってことないって。せっかくだから行ってこい。きっと祖父様が素晴らしい心得を教えてくださるだろう」
タケミナカタノカミも、励ましてくださいます。
そこまで皆様に言われますと、だんだん「行った方がいいのかな〜」という気になってきました。
「さあ、こっちへおいで。餞別をあげよう」
オオクニヌシノミコトが手招きされ、お子様方も立ち上がられます。
「ようし行こう、シロナガミミノミコト」
「きっと旅に役立つはずだ」
タケミナカタノカミとヤエコトシロヌシノカミも手招きなさいます。
わたくしは根の堅州国へ行く決心をして、お三方についてゆきました。
長い廊下を歩き、やがてお屋敷の端にある大きなお部屋に入りました。
そこには、いろいろな武器や宝物がございます。
オオクニヌシノミコトはわたくしをご覧になってから、ぐるりと部屋中を見回されました。
「うーん、どれがいいかな?」
並べてある太刀や剣を見ては、わたくしを見て、を繰り返しておいでです。
どうやら、武器をくださるようです。
そうですよね、因幡から出雲にかけては穏やかにオオクニヌシノミコトに治められておりますが、この先にはまだ治安の悪い土地も多いと聞きます。
怖い鬼やタチの悪い神もいるでしょうし。
オオクニヌシノミコトはしばらく悩んでおいででしたが、ようやく一本の短い小振りな剣を手にされました。
「これなら、シロナガミミノミコトも腰にさせるんじゃないかな。両手をあげて」
素直にバンザイをしますと、オオクニヌシノミコトはわたくしの帯にその剣をさしてくださいました。
「うん、これでようやく一人前の神らしくなったぞ。ちょっと抜いてみろ」
タケミナカタノカミに促され、すらりと剣を抜きました。
長さも大きさも、ウサギにぴったりでございます。
鋭く光る刃に身も心も引き締まる思いがしました。
「大きさもちょうどいいな。どうだい?」
上機嫌なオオクニヌシノミコトに、わたくしは剣を鞘に収めてにっこりしました。
「はい、とても素晴らしいです」
「私からの贈り物だ。これからの旅に役立つだろう」
「ありがとうございます。ウサギごときにこのような立派な剣を……神として精進いたします」
やはりにこにこしておいでだったヤエコトシロヌシノカミが、思い出されたようにオオクニヌシノミコトにお尋ねになりました。
「ところで親父殿、この剣の名は何ていうんですか?」
オオクニヌシノミコトが、少し自慢そうなご様子になられました。
「元々名前がなかったので、私が命名したんだ。その剣は梨割剣というんだよ」
「ふ〜む、どういう由来でつけたんだ、親父殿?」
タケミナカタノカミもご興味がおありのようです。
わたくしも、わくわくしながらお答えをお待ちしておりました。
すると、オオクニヌシノミコトは誇らしげにおっしゃいました。
「うん、梨を切って皮をむくのに、ちょうどいいと思ってね」
「……は? そ、それが、由来ですか?」
オオクニヌシノミコトが、大きくうなずかれます。
「これから旅に出ると、途中で梨を食べることもあるだろう? その時にそれがあれば切って皮をむくのに便利だよ。大きさもぴったりだし、シロナガミミノミコトの役に立つと思ったんだ」
まじまじとお顔を見ましたが、決してからかっておられるのでもふざけていらっしゃるのでもなく、本心から白ウサギの道中の梨の心配をしておいでの御様子が、ありありとわかります。
いえ、だからといって梨は……ええ〜。
すると、タケミナカタノカミが難しいお顔でおっしゃいました。
「親父殿、梨を切って皮をむくって……そんな剣をやるのか? そりゃあ、どうかと思うぞ」
そうです、よく言ってくださいました。
わたくしは内心で喜んでおりましたが、すぐさまこのお方、言葉を続けられました。
「だいたい、梨を切るとはかぎらんだろう。桃やスモモや杏はどうなるんだ?」
ちょっと、そっちですか、反論は?
すぐさま、ヤエコトシロヌシノカミが口を挟まれました。
「二人とも少しは考えたらどうだ。梨だ桃だスモモだ杏だって、そういうことではなかろう?」
ああ、やはり知的な神様でいらっしゃいます。
わたくし、あなたについて行きます。
ヤエコトシロヌシノカミは、呆れたように父君とご兄弟におっしゃいました。
「少し考えればわかるだろうに……シロナガミミノミコトはウサギ神なのだぞ。瓜の方が採りやすいし食べやすいだろう。梨割剣で瓜は割れるのか? 皮がむけるのか?」
……あの、小さなウサギ神の道中の危険とかはどなたもお考えくださらないのですか?
皆さん、果物の皮むきの心配ですか?
オオクニヌシノミコトが口を開かれる前に、スセリビメが小さな包みを持っておいでになられました。
「何をもめているの?」
母君の問いかけに、お子様方は交互に事情を説明されました。
それをお聞きになられて、スセリビメは大きなため息をつかれました。
「まったく父親が父親なら息子も息子ね。あのね〜、あなた方、そんなことしか考えられないの?」
わーい、ずばっと、おっしゃってくださいましたよ!
スセリビメが、恐縮している父子をじろりとご覧になりました。
「そんなことばかり考えているなんて、本当に男って子供ね! きちんと道中のことをお考えなさい! 梨や桃やスモモや杏や瓜が切れるからって、どうなのよ? 大根やかぶらは、切れるの? 身体にいい野菜もちゃんと摂れなきゃ意味ないでしょうが!」
母君は野菜摂取の心配ですか?
わたくし、ウサギですが、そこまで栄養面のご配慮はけっこうですので、途中で悪鬼や乱暴な神などに会う危険性の方を……。
「大丈夫だよ。梨や他の果物だけじゃなく、大根もかぶらもちゃんと切って皮をむけるからね」
自信満々におっしゃるオオクニヌシノミコトに、奥様とお子様方は納得されました。
「それならいいわ。シロナガミミノミコト、野菜もちゃんと食べるのよ」
「……はい」
「ウサギさんだからね、心配ないと思うよ」
力強くヤエコトシロヌシノカミがあまり嬉しくない太鼓判を押してくださり、タケミナカタノカミも満足そうにこちらを見ていらっしゃいます。
ああ、この御一家って……。
気力が萎えているわたくしの背に、スセリビメが持って来られた包みを斜めがけになさいました。
「乾飯と竹筒に入れた水よ。ここからお父様の治める国は遠くないけれど、念のためにお弁当を持ってお行きなさい」
「ありがとうございます。そうですか、遠くないならあまり危険はないかもしれませんね」
「それじゃ、道を教えよう。外へ行こうか」
オオクニヌシノミコトに続いて、わたくしと二人の息子さん、スセリビメの順で外へ出て、門までやってきました。
「ここから〝神の道〟だから、まっすぐ進みなさい。そうすると大きな洞窟に突き当たる。そこへ入ると道が二本に分かれているから右へお行き。進んでいくと、だんだん下り坂になる。そして桃の香りがしてきたら、黄泉比良坂に入った印だ。そのまま進むと根の堅州国だよ。スサノオノミコトの宮殿は、どこからでも見えるからね。間違いなく行けるよ。お会いしたら、『お言葉通り、八十神を打ち負かし、国造りをしています』とお伝えしておくれ。途中で醜女や醜鬼がからんでくるかもしれないが、おまえさんをどうこうするほどの力はないから、安心していいよ」
「私からもお父様に『二人で仲良く幸せにやっています』って伝えてちょうだい」
スセリビメが微笑んでおいでです。
嬉しくももったいない思いで深々と頭を下げました。
「何から何までありがとうございます。スサノオノミコトにお会いして〝神の心得〟を学び、立派な神になって帰ってまいります」
「気をつけてお行き」
「また機会があったら、来るんだぞ」
ヤエコトシロヌシノカミとタケミナカタノカミも、別れを惜しんでくださいます。
こうしてヤカミヒメのくださった装束・飾りに加え、オオクニヌシノミコトからいただいた梨割剣とスセリビメのお弁当を携え、黄泉の国へと向かったのです。
オオクニヌシノミコトのお屋敷を出て草むらに入った時に、大事なことを思い出しました。
まさかこんな展開になるとは思わず、出雲から因幡へまっすぐ帰るはずだったのです。
きっと新事業立ち上げにいそしむヤカミヒメがお待ちでしょう。
「どうしよう、ヤカミヒメにお知らせしたいけれど……困ったな〜」
つぶやくと同時に草むらがかさこそと動き、一羽の雉が飛び立ちました。
そして、わたくしの前に立ち礼儀正しくお辞儀をするではありませんか。
「本日は〝雉の文遣い特急便〟をご利用いただきまして、ありがとうございます。どちらまでお届けしましょうか、シロナガミミノミコト?」
雉はハキハキと用件を述べて、じっと見ております。
理解がおいつきません。
「あ、あの……因幡のヤカミヒメに文を届けたいのですが……筆も紙もないので……」
「ご心配なく。ちゃんと〝緊急・筆記用具揃え〟を用意しております」
雉は自分の背中の羽に嘴を入れ、紙と筆と墨を引っ張り出して差し出しました。
「さあ、どうぞ」
「ありがとうございます」
面食らいながらも筆記用具を受け取り、根の堅州国へスサノオノミコトを訪ねることになったこと、そのために帰りが遅くなることをしたためました。
「では、文はこちらへ」
「お願いします」
雉は、わたくしの文を丁寧に首から提げた袋に入れました。
「それでは、間違いなくヤカミヒメにお届けします」
わたくしは慌てて口を開きました。
「一つお訊きしてもいいでしょうか?」
「何でしょう?」
「わたくしがヤカミヒメに連絡したいと思ったら、こうもうまく雉さんが来てくれて驚いたのです。いつもこの辺りにいるんですか?」
「いいえ」
雉はあっさり否定しました。
「我々は、雉の中でも〝神の文遣い〟をする特別な存在なのです。これも神通力の一種なのですが、いつどこで誰が文を出したいと思っておられるかということが自然にわかります。ですから文を出したい神様の一番近くにいる雉がその場へ行って待機しているのです。僕もさっきからここで待っていました」
「すごいですね」
素直に感動しましたよ。
ひょっとしたら、わたくしよりもこの雉の方が能力は上じゃないんでしょうか?
そんな気持ちが顔に出たのか、雉は謙遜した態度になりました。
「いえいえ、それほどでもありません。我らの能力は、それだけですから。とても神々のようにはまいりませんよ。それでも一羽の雉がした文遣いの記憶を、すぐに他の雉全体で共有できるという便利な点もあるのです。以前、因幡のあなたの巣穴を訪れた雉の記憶を、僕も持っていますから」
わたくしは、あの雉のことを懐かしく思い出しました。
「あの時、ヤカミヒメからの文を持ってきてくれた雉さん、いい方でしたよ。あの雉さんの勧めがなければ、今でも巣穴で突っ伏していたと思いますもの」
「あなたがウサギ神になったことは皆存じあげていましたが、肝心のあなたご自身が気づいておられなかったので、あの雉も困ったようですよ。でも勇気を出してヤカミヒメのところへ行ってくださったおかげで、お遣いも完遂しましたし、シロナガミミノミコトもこうして旅立たれて、本当にようございました」
「あの雉さんは、今もお仕事中ですか?」
「ええ、彼はあの区域の担当ですから、因幡にお帰りになられたら会う機会もございましょう」
「会いたいですよ、お礼も言いたいし……ああ、その前に根の堅州国へ行かなければ……」
雉が驚いて目を丸くしています。
「ええ~! あそこは死者の国ですよ。なぜ、まだ生きているあなたが?」
そこで、これまでのいきさつを話しました。
「そういうわけで、スサノオノミコトに会いに行くんです」
「なるほど。神の修行もたいへんなのですね。我々雉は、こうして〝神の文遣い〟をすることで少しずつ神通力を得るという報酬をいただいているのですが、なかなか神になるのは難しいものです。あなたはすぐに神の身となられたのですから、選ばれたウサギだったのでしょう。がんばってくださいね」
「ありがとうございます」
そう言った後、ふと新たな疑問を口にしました。
「文を託す鳥といえば雁かと思っていましたが、分業なのですか?」
雉が苦笑しました。
「『雁にたくして』なんぞと言いますが、言葉の綾ですよ。確か外つ国でそんな故事があったのを、そのまま受け入れて使っているはずです。考えてもみてください、雁は渡り鳥ですよ。もしも我らのように文遣いなどをしたら、一年の半分は不在ですから郵便が止まってしまいます。あくまでも文学的な表現にすぎません」
なるほど聞いてみるものです。
噂よりも現場の声は、正確なものですね。
その時、頭に赤い猪さんが泣いている姿が浮かびました。
「あなた方は神々の手紙を運んでおられるのなら、精霊の手紙も運べるのでしょうか?」
ダメ元で訊いてみました。
すると雉は明るく言いました。
「神が精霊にお手紙をお出しになれば我々はそれを運びますし、同時にその精霊はいろいろな神々とやりとりができます。特例ではありますが」
わたくしは自分の顔がほころぶのがわかりました。
「それではこれから赤猪さんに文を出しますので、それを届けてくださいませんか? そうすれば猪さんはオオクニヌシノミコトへ文をお出しになれるでしょうし」
「はあ、それは可能ですが、なぜ赤猪?」
首をかしげる雉さんに、今でもオオクニヌシノミコトを案じて申し訳なく思っている赤猪さんのこと、わたくしが伝言を持っていくのは遅くなるので直接手紙を出した方が早いだろうということを説明しました。
「なるほど、それはお気の毒な猪さんですね。本当に八十神はむごいことを! 承知しました。ヤカミヒメのお住まいへ行く前に赤猪さんにお届けしましょう。住所は大丈夫。シロナガミミノミコトが赤猪さんにお書きになった文を受け取ればすぐわかりますから」
なんと優秀な!
わたくしは急いでもう一通手紙を書いて、雉さんに託しました。
「お手間を取らせてすみません」
「どういたしまして。道中、お気をつけて」
雉は器用に筆記用具をまた背中の羽の中に戻し、丁寧に挨拶をすると文を持って飛び去りました。
そしてわたくしはまた〝神の道〟を進んでいったのです。
ややあって、誰かが立っているのに気づきました。
遠目でも尊い男神だとわかり、わたくしは近づいて頭を下げました。
「こんにちは」
「お! 白うさぎがこんなところに。珍しいなあ」
ニコニコしながら見下ろされました。
とても大柄な神様でいらっしゃいます。
「わたくしはシロナガミミノミコトと申します。神になったばかりなので出雲のオオクニヌシノミコトにご紹介を受け、スサノオノミコトのもとへ神の心得をうかがいに参る途中です。尊い神様とお見受けしましたが、お名前をうかがえますか?」
「ああ、噂に聞いた因幡の白兎か。まさかこんなところで会えるとはなあ。私はヤツカミズオミツヌノミコト(八束水臣津野命)だ」
聞いたことありますよ。
「たしか出雲国は細長くて狭いな~とお思いになって、大陸やら北陸やらから余っている土地を引っ張ってきて国土を増やされたとうかがいましたが」
「知ってるのか! すごいうさぎ神だな~」
ほめられて嬉しいですよ。
「ありがとうございます。ところで、こちらで何をなさっているのですか? お住まいはこの近くなのでしょうか?」
「そう遠くもない。人間から見ればけっこうな距離かもしれんが」
「そうでしたか。ところでわざわざおいでになられるような大事な御用事でも?」
「たまにこの辺りを見回って、引き寄せた土地が安定しているか確認しているんだ。私が製造責任者だからね」
おおらかに笑っていらっしゃるヤツカミズオミツヌノミコト。
強く優しい神様のようです。
「たいそうな力持ちでいらっしゃいますよね。海を隔てたあちこちの土地に鋤をさして引き寄せられたのですから」
「まあな」
にこにこしておられる男神の横に立ち、わたくしも国引きで作られた半島を眺めました。
ふっと頭に疑問が浮かびました。
「あの、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「あなたは『出雲は狭く細長いたなびくような国だなあ』とお思いになって土地を増やそうと国引きをなさったのですよね? せっかく引っ張ってきた土地を、どうして細長くくっつけて新たな国土をお作りになられたのですか? もっと違う形にしようとはお考えにならなかったのですか?」
ヤツカミズオミツヌノミコトは黙って小さなうさぎのわたくしを見下ろし、わたくしは大柄な国引きの神を見上げていました。
やがて、ヤツカミズオミツヌノミコトは頭をかかれました。
「シロナガミミノミコトに言われて気づいたのだが、せっかく土地を増やしたんだから何も細長くする必要はなかったよな。どうして細長い出雲に細長くくっつけてしまったんだろう?」
少々驚きましたよ。
「それでは深いお考えがあって細長く付けたのではないのですか?」
「ない!」
力強くお答えになられてから、また頭をかかれました。
「国引きして増やすんだから、丸でも四角でも三角でもいかようにも土地の形を変えられたのに……どうしてこうなった?」
いえ、わたくしにきかれても。
ヤツカミズオミツヌノミコトとわたくしはまた黙ったまま国引きでできた半島を眺めました。
今日も出雲国は細長くたなびいております。
さてどう会話をつなげようか迷っているうちに、ヤツカミズオミツヌノミコトがお笑いになりました。
「こりゃ、出雲の呪いだな」
「の、のろい、ですか!」
意外なお言葉に仰天してしまいました。
しかしヤツカミズオミツヌノミコトは笑いながらわたくしを見ておられます。
「どんな形にでも国土を増やせたはずなのに、ごく自然にご丁寧にわざわざ細長く付け足してしまったんだ。これはこの出雲の地自体が細長くありたいと念じていたんじゃないかな」
「土地の思いが伝わったのですか?」
「いいや、何も感じなかった。だが細長く作るように仕向けられたんだろうな、たぶん」
他所の国から土地を引っ張ってくるような豪快な神様を操るって、どんな国なんですか!
「もう人も神も精霊も動物も住んでいるし、今さら壊して作り直すこともできん。そういうことにしておこうや」
「は、はあ」
国引きなさった神がそうおっしゃるのでしたら、通りすがりの白兎神があれこれ口を挟む筋合いではございません。
「スサノオノミコトのところへ行く途中だったな。会ったらよろしく伝えてくれ。会ったことはないが、この出雲の偉大な先祖神だしな」
「はい」
一礼したわたくしの頭に、ぽんと大きな手が載せられました。
「おまえは良い神だ。私にはわかるよ。素直で明るい善良な白兎神よ。この国を我らと共に見守ってくれ」
顔がほてる思いでございます。
「畏れ多いお言葉。わたくしなどまだ神の自覚も薄い新参者でございます。あなた様のような立派な神様と共になど……まだまだ」
ヤツカミズオミツヌノミコトが声を上げてお笑いになられます。
わたくしに注がれる眼差しは、優しくあたたかなものでした。
「気楽におやり。神のするべきことは自ずと見えてくるものだ。まあスサノオノミコトが神の心得を教えてくださるなら、きっと自信も付くだろうよ」
そこで思い出したように付け加えられました。
「オオクニヌシノミコトは神の心得を教えてくださらなかったのかい?」
「はあ。『なるようになる』と。それだけではとスサノオノミコトを紹介されました」
ヤツカミズオミツヌノミコトの手が頭から離れました。
真面目な表情になっておいでです。
「そうか」
何か考えておいでのようでしたが、また明るいお顔になりました。
「さて、私もいつまでも自分の社を留守にはできんから帰るよ。気をつけて行きな」
「はい。ありがとうございます」
深々と一礼しました。
ヤツカミズオミツヌノミコトはうなずいて去って行かれました。
後ろ姿が見えなくなってから、わたくしは歩き出しました。
「力強くてお優しい立派な神様だけど、けっこう細かいことにはこだわらない方だなあ。さあ、急がなくっちゃ」
こうして神への長い道のりへ、さらに歩み出したのです。
一方、シロナガミミノミコトと別れたヤツカミズオミツヌノミコトは心の中でつぶやいておいでだった。
〝さすがはオオクニヌシノミコトだ。白兎神があの言葉の真の意味を理解したとき、神として大きく成長するだろうな“
気持ちの良い出会いだったと満足しながら、ご自身の長浜神社へお戻りになったのだった。
つづく
次回はいよいよ黄泉の国へ。
スサノオノミコトとはどのような神なのか、オオクニヌシノミコトに与えた試練の真意とは、そして白兎神にどのような教えを授けるのかお楽しみに。