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2014年4月の記事一覧
白い月に歌は響く プロローグ
静かな夜だった。彼女はゆっくり息を吸い込んだ。わずかに湿った空気が心地よい。
「来るな。来るなよ!」
しんとした空間に耳障りな声が響く。目の前で男が泣きながら懇願している。
ここはどこだろう。
彼女は思った。周りは暗闇に包まれ、様子がわからない。光がない。それなのになぜこの男の姿だけはっきり見えるのだろう。彼女は一歩、足を前へ踏み出した。男は怯えた表情で尻餅をつき、後ろ向きの
白い月に歌は響く 第一章①
狭い給湯室はコーヒーの香りに包まれていた。島本アリサは用意したカップに、できるだけ均等になるようコーヒーを注いでいく。
アリサが所属しているのは国家警察の凶悪犯罪課。主に殺人や傷害事件を捜査する部署である。一般的に警察の花形といわれている部署だが、アリサ自身の仕事は資料整理やお茶汲みなど雑用ばかりだ。
「よし」
アリサは一人頷くとカップを盆に乗せて会議室へ運ぶ。飾り気のないドアを開けると
白い月に歌は響く 第一章②
☽ ☽ ☽ ☽
できた。彼女は思った。さっそく最初から歌ってみる。ここにはいつでも彼女の歌を聞く者がいる。今もドアの近くで男が彼女の歌を聞いている。歌い終わると、彼は笑顔で近づいて来た。
「いいね。また売れること間違いないよ」
彼の名前は黒沢という。どうやら歌を商品として売っているらしい。定期的に彼は知らない人から送られてきた大量の手紙を持ってくる。最初は読んでいたが、気持ち悪くてやめた