文化をつまみ食いしてはならない【24.2.20】
・お湯を沸かしてコーヒーを入れる。もう2月も下旬、気温も昼には8度まで上がるようになってきた。朝晩もそこまで冷え込まない。
・おとといのディナーののこりのターメリックライスとチャパティを温め、ベーコンとスクランブルエッグをささっと炒める。たっぷりのクランベリーが乗ったサラダと共に朝食にする。朝にご飯を食べると力が出る気がする。
・少なくなっていた薪を家の中に足した後、昨日に切って持ってきた小さな丸太を加工する。エッジを削り、オイルでコーティングし、地面に埋めてちょっとした歩道にするのだ。エッジ・グラインダーなるツールを使う。円盤型のやすりが高速回転するものだ。指を切ってしまわないように用心する。
・15時ごろにしげたさんとビデオ電話を繋ぐ。SNSでフォローされた時、民族衣装を纏ったプロフィール画像に興味を持って僕もフォローを返したのだ。そこからメッセージをもらい、オンラインで初めてお話しすることになった。
・しげたさんは僕と同じ早稲田の法学部出身。しかも同じ国際法を勉強していたのだという(担当の先生こそ違うが)。数年会社員として働いたのち、道東アイヌのとある長老のもとで鞄持ちとして活動し、アイヌの精神世界について学んでいるのだとか。カナダの先住民について学ぶ中で、ちょうど日本の先住民や日本の植民地主義のようなものについて興味をもっていたので、そんな人と繋がることができて幸運だ。
・「平和に関する仕事をしようと思った際に、もっと日本のことを知らないといけないな、と思ったの」どうしてアイヌの長老のもとで勉強しようと思ったんですかと尋ねた時、しげたさんはそう語ってくれた。
「そこで目に留まったのが、一万年以上も北の大地で平和に、持続可能的に生活を営んできたアイヌの世界だった。彼らの精神世界には、なにか平和のエッセンスがあるはず。彼らの知恵を現代世界に転用できれば、それは平和へのひとつの道になりうるんじゃないかな」
しげたさんが仕えているアトゥイという長老は、現代アイヌの中でも一目置かれている人物の一人。「絶滅種鎮魂祭」なるお祭りをプロデュースし、音楽芸能団体を立ち上げて作曲家としても活動している長老なのだという。
・「僕はハイダ族のコミュニティにいて、そこで働いたりもしているけれど、彼らのアートや芸能に僕も混じってやろうとは思えないんです。やはりカナダの先住民はジェノサイドや植民地主義の歴史から、外部の人間が先住民文化の芯にある営みに入っていくのはあまり歓迎されないような気がしていて」
気になっていたことを尋ねる。先住民のコミュニティにいる日本人(和人)という共通の立場で、何か共通することがあるかもしれない。「アイヌの長老のもとで活動し、そのコミュニティで生活し、彼らとともに伝統芸能に従事するのにあたって、現地の人からはどんな反応がありました?」
・「私が仕えている長老は、和人とアイヌが手を取って、入り混じって何かをやることには大きな抵抗がないようだね。それでも、『文化をつまみ食いしてはならない』とは強く言われたことを覚えてる。よその文化を学ぶ際は、好き嫌いせず、先入観を持たず、判断もせず、まっさらな状態であれ、って」
つまみ食いをするな、というのは言い得て妙だな、と思う。観光のためや地域おこしのためという大義名分のもと、コモディティ化され、消費されていくその地の文化というものが散見される現代だ。「わかりやすい」「大衆にウケやすい」などが先行し、長い年月をかけて洗練されてきたものがいともファストフードのように扱われていく光景には閉口してしまう。「もちろん私も自分自身が侵略者であることは忘れないようにしているけれどね」
・アイヌだけで解決できることは少ない。和人や他の人々とともにいっしょに日本を、北海道を良くしていこう。それがアトゥイの立場なのだという。
・同じ先住民に関するトピックといっても、日本における日本人とアイヌの関係、カナダにおけるカナダ人(?)と数ある先住民たちの関係には、構造的に大きな違いがある。そもそもカナダという国・概念自体が侵略的なものなのに対し、和人とアイヌは北海道・東北で混じり合ってきた歴史がある。現代の日本の人口のほとんどが歴史的に日本に住んできた和人であるのと、先住民の固有の土地に勝手に建国された多民族国家カナダという対比もあるかもしれない。面白い。僕の知識でそれ以上言及するのは適切と言えないのでこれ以上の考察を書き連ねるのは避けるが。
・とても楽しい話が続き、一時間半ほど語り合って電話を切った。やはり北の地はおもしろい。北海道・東北の歴史、アイヌの歴史ももっと勉強したいし、道東も住んでみたい。まだまだ訪れるべき場所も人々も多すぎる。人生があと1ダースほど欲しいところである。なにはともあれ、それぞれ違う先住民コミュニティで、外部の人間として試行錯誤しつつ、辺境から平和を考える仲間に出会えたことが嬉しかった。
・解凍しておいたサーモンを照り焼きにし、オイスターソースで野菜を炒め、白米と共に早めのディナーにする。漬けておいた白菜の旨みが増している。
・今夜のハイダ語の授業はおやすみだったので、ウェルネスグループの集まりに向かう。いつものメンバー:コーディネーターのダン、村のおばちゃんたち(モリーン、デラヴィーナ、ジュディ)とリリーおばあちゃん。ワシの羽を持った人が語り、それ以外は静かに聞く。
・改めて自分の言葉でダイアンの息子のメモリアルについて振り返った時、少し目頭が熱くなってしまう。ダイアンおばちゃんも、ルイズおばあちゃんも、ハイダグワイに来て一番仲良くしてくれた家族だ。クリスマスには家族が集まるディナーに僕も招いてくれた。あの夜にハイダの歌を教えてくれたデルバートも、ハイダアートについて教えてくれたロジャーも、大切な友達である。
・そんな彼らが若い息子を亡くし、悲しみに暮れているのを目にするのは、なかなかにしんどかった。僕にできることもほとんどないという事実も。
・「若者がわたしたちよりも早くスピリット・ワールドに行ってしまうことには、いつも心を裂かれます」リリーおばあちゃんがいう。「それでも、コミュニティがひとつになって故人の家族を助け、彼らのヒーリングを後押し
しているのを見ることができるのは、希望のようなものです」
・チェックインの後、いつも通りカードゲームに興じる。いつもフェーズ10というゲームだけれど飽きないのだろうか。僕がもってきたボードゲームを今度持ってこようと思う。
・帰宅した時には20時過ぎ。カモミール・ティーを淹れて読書をし、少し書き物をして寝る。