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三角屋根の下で【ハイダグワイ移住週報#31】

この記事はカナダ太平洋岸の孤島、ハイダグワイに移住した上村幸平の記録です。

10/7

キャンプ日和の素晴らしい秋晴れだ。バスで寝ている二人がなかなか起きてこないけど、今回は湖でのゆるゆるキャンプなので気にしない。日本から遊びに来ているふたりの友人を連れて、ヤクーン湖に一泊二日のキャンプに行く。

隣の家にキャンプチェアを借りに行くと、ぱりっとした白シャツに身を包んだルークが出迎えてくれた。
「そんなおめかしして、どこかに出かけるのかい?」
「来週末のポトラッチのためにシャツを引っ張り出したんだ。俺のクランだし、気合いが入るよ」
彼が穴だらけのワークパンツ以外を着ているのを目にするのが珍しすぎるけど、キマってる。
「鹿二匹を仕留めて、これから解体して前日に持っていくんだ。貢献できるものがあって安心したよ」とルーク。キャンプチェアという贅沢品を三つも貸してもらう。

女子たちはお昼前に集合して、車にバックパックを積んで12時過ぎに出発。今日ハンドルを握るのは瑠璃である。左ハンドル右走行はやはり感覚を掴むまでは難しいらしく、「わかんな〜い」と繰り返しながらゆらゆら走る。交通量が極端に少ないハイダグワイでよかった。へケート海峡沿いのハイウェイは今日も美しい。

スキディゲートのスーパーで買い出しをする。今夜と明日の朝のメニューを考える。焼き芋をやりたい二人のためにスイートポテトを袋買いし、焚き火のお供スモーキー(バーバリアンソーセージ)をピックアップ。5月にキャンプした時のことを思い出し、チリビーンズをディナーにすることにする。ポテトチップスやクッキー類も買い揃え、酒屋でビールとワインを補填すれば大人の遠足の始まりである。

ダージン・ギーツ村の奥の林道に入って30分、ヤクーン湖へのトレイルヘッドに着く。一泊のキャンプなのに3つのバックパックがパンパンに膨れ上がるという謎。15分くらいの簡単なトレイルを下るだけだとはいえ欲張って荷物を持ってきすぎである。

片手にキャンプチェア、もう片手に釣竿というかっこうで滑りやすいトレイルを慎重に歩いていく。つぎつぎと目の前に現れてくる巨木たちにいちいち「おお〜」と歓声を上げつつ、鬱蒼とした森を進む。

少しずつトレイルが明るくなってきて、視界が開けていく。「もしかしてすぐそこ?」とゆうかの嬉しそうな声がして、森を抜けると砂浜に出た。ザックを下ろす。ここが今日の寝床、ヤクーン湖である。

やはりこのビーチから望む山々は美しい。5月にきた時よりは湖面が高くなっている気もする。山々の雪が溶け出したのだろうか。シーズンごとに装いを新たにするこの島の自然が愛おしい。テントを張る場所を探していると、ふたりは薄着になって水辺ではしゃいでいる。まだ高い太陽と湖面に反射した陽光でビーチはなかなかに暖かい。

ビーチの少し上にテントを二つ張る。少し離れたところにタープを張って焚き火場・炊事場にし、キャンプチェアも並べる。タープを張っていると「こんなものまであるんだ」と瑠璃は感心している。あっというまに贅沢キャンプの完成である。

焚き火用の木を集めて火を起こす。日が暮れるまでに泳いでおいで、というと瑠璃が一番乗りで湖に浸かる。冷たいんだけど〜、と言いつつも10分くらい泳いでたからすごい。
「全細胞が生まれ変わっていく感じがする」とゆうか。大自然の中で身体一つになる感覚は特別なものだ。僕の最初の「自然の中で裸で泳ぐ」という経験は2年前のラップランドにまで遡る。振り返ればあの1週間がターニングポイントになっていたのかもしれないな。

湖から上がると、瑠璃が火を大きくしてくれていた。キャンプチェアに腰を預けると、思わずほうっと声が出た。キャンプに背もたれがあるという贅沢。

まずはビールを開け、スモーキーから始める。器用にナイフで木の枝を尖らせ、まるまると太ったソーセージを突き刺して火にかける。案の定ゆうかが焦がしてたけど、自分と瑠璃はいい感じにこんがり焼き上げることに成功。木の枝からそのままかぶりつく。焚き木の香ばしさが食欲を誘い、硬めの皮に噛み付くとこってりとした肉汁とぶりぶりのお肉が弾ける。スモーキーってこんなに美味しかったっけ?
「留学中に食べたドイツソーセージよりも美味い」とゆうかは太鼓判を押すが、多分に『自然の中で直火焼きにしている』という要素が考慮されていそうである。

「え、そんなのどこで習ったの?」
飲み終わったビール缶を切ってスイートポテトを入れると瑠璃が目を丸くして聞いてくる。タロンに教わった『ビール缶焼きいも術』である。ビール缶の真ん中より少し上を切って芋を入れ、飲み口をいい感じに閉じておくのがコツである。炭になった部分に15分ほどおいておけば、簡易ベイクドポテトになる。スーパーで買ったスイートポテトは蜜もしっかり入っていて、かぼちゃみたいにホクホク。歓喜が上がる。

メインのチリビーンズを火にかけ、残りのスモーキーを炙って切って入れる。焼き芋と焼きおにぎりといっしょにスモーキー入りチリビーンズをいただく。缶詰ビーンズでも、気の置けない親友と静かな湖畔で頂けば何物にも変えられない至高の一皿になる。

「今まで何が幸せだったんだろう」
焚き火で身体を温めながら、瑠璃がぼそっと呟く。「これから何も感じなくなりそうで怖い」
腹が満たされ、焚き火で身体も温まり、幸福が完成する。

8時をすぎると湖にもしっとりと闇が落ちてくる。あいにく曇りで星は見えないけれど風はなく、この湖に存在する音といえば焚き木が弾ける心地のいい音だけだ。
「あれすごい、見て!」ゆうかが指差した方向には湖を一斉に飛び立つ白い水鳥が見える。ひとつの生命体みたい。

シナモンウイスキーで身体を温め、ワインとビールを回し飲みしながらあてもない会話と夢想にふける。10時くらいに少し雨が降り始め、ふたりを大きい方のテントに入らせ、久々に出した小さい方のテントに潜り込んだ。

10/8

一晩中雨は降ったり止んだりを繰り返し、テントを軽快に叩いていた。9時過ぎに起きると、ところどころに晴れ間があるものの小雨は降り続いている。このヤクーン湖のキャンプ場の素晴らしいのは、パノラマの景観だ。北島南部の山脈が目の前にそそり立ち、小さな島々が浮かぶ大きな水たまりに反射している。雲の動きもダイナミックに見える。

タープの下のチェアに腰掛け、コーヒーを温める。しばらくすると女子二人も起きてくる。
「雨の音がすごく落ち着いてよく寝れたよ」とゆうかもいい睡眠が取れたようで安心。

まずはりんごのパンケーキをフライパンで焼き、そのまま三等分して食べる。しっとりとしたリンゴの甘さが嬉しい。昨日作ってきたたらこおにぎりに焼き目をつけ、バターと醤油を垂らす。これだけで世界がこんなにも明るくなるのだから、米とバターと醤油は正義である。

昨晩の焼き芋をもう一度食べたいという瑠璃が、スイートポテトを薄切りにしていく。バターでテカテカになるまで焼き、メープルシロップを絡めて大学芋風にするのも食べる前からもう正解。タープのしたで雨音を聞きながら、3人で肩を寄せ合いつつの朝ごはん。

食事を終えるともう午後である。テントを撤収し、少し船で遊ぶことにする。湖には自由に使えるボートが数艇ある。前回使ったアルミボートは少し浸水してたけど、今回はどうだろうか。

ボートの前に二人を乗せ、足で蹴り出して飛び乗る。ぼろぼろのパドルで二人が漕ぎ、うしろで僕が釣りしながら水をかき出す。向こうの島まで行きたいねと意気込んでいたふたりだったが、ボートの進まなさに即諦めてぷかぷか浮きながら釣りに興じる。

「ほんとに魚いるの?」昨晩から何度も釣竿を振るっている。結局浸水が怖くなって30分もしないうちに上陸。雨も強くなってきそうだし、車まで戻ることにする。タープをしまってバックパックを担ぎ、キャンプ地を後にする。今回も素晴らしい夜を明かすことができた。島の中でもなかなかのお気に入りスポットである。

トレイルヘッドまで戻る道のりは1キロもない。昨日より格段と軽くなったバックパックを担いで歩き出す。キャンプ地からさほど離れていないところで、巨大な黒い顔と目があった。熊だ。呼吸が自然と浅くなる。おしゃべりをしながらついてきている二人を手で静止し、向き直るとすでにそのブラックベアは姿を消していた。

(ちょっとストップ)
(え、どうかしたの)
(熊がいる、もう逃げてったけど)
(えー!会いたかった)
ハイダグワイに住み始めてから熊は何度も見てきたけれど、ここまで近くで対面したのは初めてだった。いくらハイダグワイの熊は人間を襲いはしないと聞いていても、ゲスト二人を危険に晒すのには気が引ける。定期的に叫び声を上げつつ、駐車場まで15分くらいかけて帰還。

ロギングロードを爆走したいという要望をいただいたので、帰り道はまた瑠璃に運転を代わってもらう。夜ご飯の具材と帰りの道中のスナックをスキディゲートのスーパーで買ってハイウェイを北に進む。カーブでは何回かヒヤヒヤしたが、そつなく左ハンドルを使いこなしている。
「わたしの免許はハイダグワイ限定になりそう」とご機嫌。

日曜日に釣り上げた銀鮭の切り身がまだ残っていたのを使って、鮭カレーをつくる。スイートポテトとにんじんと玉ねぎをごろごろと鍋に入れて火を通し、鮭を入れて炒めて水を入れる。アクを取りつつ煮込み、カレールーを入れた後にほうれん草をけちらずにぶちこむ。

ほっとするジャパニーズ・カレーライスである。疲れもあり、3人とももくもくと平らげる。サーモンの出汁がよく効いていて、とろとろになったほうれん草とスイートポテトの口溶けが絶妙だ。日本食は偉大。

眠い目を擦りつつサウナで身体をじっくり温め、おやすみをいって別れた。

10/9

アラスカから低気圧とストームが列を作って南下してくるハイダグワイの十月にも、この世の全てを祝福したくなるような美しい秋の日がある。暴風と大雨のあとの、きりっと冷たくどこまでも澄み切った空気。日中でも太陽は大きく傾き、長く伸びる影がビーチにコントラストをもたらす。

「走りに行きたい!」
バスまで行くとゆうかはすでに準備を済ませていた。瑠璃はまだ寝袋にくるまったままだったので、ふたりでトレイルを走りに行く。

僕の家の裏にはビーチにつながる道があって、海岸と並行に森が続いている。朝の木漏れ陽が差し込む木々の中をリオとサルサが真っ先に駆け抜け、僕たちがその後ろをついていく。まだまだハックルベリーが大きく実っているのが驚きだ。トレーニング中の水分補給にはまだ困らなそうである。

水が大好きな二匹はビーチに出ると我を忘れたかのように猛烈ダッシュを繰り返す。ついて行こうとしたゆうかは犬に引っかかって派手にビーチでずっこけ、泥だらけになって笑っている。

ランニングから帰ってくるともうお昼の時間で、バスから瑠璃を引っ張り出して昨晩のカレーを食べる。
「今日はどうする?」カレーを平らげ、コーヒーを啜りながら今日の予定を立てる。こうやって毎日友達と
「フリスビーゴルフとかいいかもね」
なにそれ、という顔をするふたりにトウヒル民が熱中する遊びを説明する。朝走った家の裏の森には、ところどころ水色の大きな筒がぶら下がっている。それを目掛けてフリスビーを指定されたポジションから投げ、当てるまでに投げた回数を競う遊びだ。

隣のルークの家からフリスビーを3枚拝借して森に向かう。「1」と書かれた小さな木の看板のあたりから周りを見渡すと、木々のあいだに同じく1とペイントされた筒が見える。ゲームスタート。

ふたりとも最初は苦戦。これどうやったらまっすぐ飛ぶの、と試行錯誤している。高低差があったり、距離が長かったり、カーブがあったりとコースは多種多様で、なにより木々と苔の生い茂るハイダグワイの森そのものがいい障害物になっている。

「これ、悪くない運動だね」
瑠璃が自分のフリスビーを探しあて、また投げる。おしゃべりしつつ、ビールを傾けつつ楽しむのにぴったりなアクティビティである。

ところどころの筒には友達の名前が書かれている。ホールインワンしたときはサインを残すんだよってルークが言ってたっけ。このへんの住民が手作りでつくったコースなだけあって、そこかしこに温かみがある。

「17番の筒はどこだろ」
「あれは19って書いてるよ」
「こっちにあったー!」
少し宝探し的なエッセンスもある。森を練り歩き、フリスビーを投げて一喜一憂し、結局二時間近く遊び倒す。すべてのコースを回り切ったときには僕が最少スコアで、瑠璃が+9、ゆうかが+19というものだった。最初のスコア差が勝負を分けた。

家で少しぐだぐだして、みかんとポテチを平らげ、わたしたちはケーキでも作って遊んでるよという二人を置いて僕は仕事に。

10/10

「やばい、ハイキングいきたい」
あと四日だけど、何する?と朝のパンケーキを平らげ、コーヒーを傾けながら残りの日程の予定を立てていた。明日はゲストを迎えてのランチがあり、土日はポトラッチ、月曜にはフライトである。予定がないのはこの今日だけだ。キャンプには出かけられないが、どこか森を歩きたいというふたりの強い要望で軽いハイキングに出かけることにする。

向かったのはホワイトクリーク・トレイル。トウヒルに向かう道のりをノースビーチ沿いに東に走ったところにあるハイキングコースだ。名前の通りクリークに沿ったトレイルで、ぬかるんだ道が森を貫き、丘の上の湿地帯まで続いている。

丈の低い草木を分け進み、細い河原を歩き始めると、そこかしこにキノコが顔を出していた。かわいい〜、と瑠璃はいちいち止まって随時撮影会。今日もリオがついてきており、尻尾を振って早く来いと何度もこちらを振り返る。湿った樹林帯を抜け、少し高度が高くなると木々の隙間から太陽が差す。ゆうかが浮かれてリオと走っていく。転ばないと良いんだけど。

「日本庭園みたい!」
湿地帯に出ると、一気に視界が開ける。ハイダグワイ北部の典型的な地形で、スポンジのような苔がびっしりと覆う地面からは低いマツがところどころに顔を出し、遠くに見える立ち枯れた白い木々のシルエットがなんだかサバンナを連想させるが、苔生した地面とところどころに現れる小さな池は確かに日本庭園的だ。
「やぎとか好きそうだね」

湿地帯はベリーの宝庫である。小さなブルーベリー、ジュニパーベリー、そしていつものサラルベリー。苔の上を歩いていると、太い水滴型の赤い実が落ちていた。
「クランベリーがあるよ」
「え、どれ?」
「こうやって、地面に落ちてるんだ」と二人に見せる。ハイダグワイの晩秋の幸であるクランベリーは沼地や湿地を好み、低く実をつける。まるで地面に捨てられたかのように。かりっと噛むと、甘酸っぱい果汁が溢れる。

水が大好きなリオは池に入っては枝を噛んで遊んでいる。僕たちも森の中の異世界のような景色を少しばかり楽しみ、ぬかるみに足を取られながら来た道を戻った。

隣の家に顔を出しに行く。今日からローラもバンクーバーに帰ってしまうので、彼らのお家に住まわせてもらうのである。
「パッキングはどうだい?」
「おおかたは終わったけど、ちょっと済ませておきたい用事もあるし。家の面倒を見てもらえるだけでもありがたいわ」
ローラが僕たちに家の使い方を教えてくれる。タモとローラ、ヴァネッサといったメンバーが共同所有している隣の家は、「Aフレーム」と呼ばれている通りに三角屋根の大きな家である。

キッチンスペースにはサンルームのように飛び出した食卓があって、リビングには大きなプロジェクターやレコードプレイヤーもある。一階の大きなベッドルームに加え、二階には川が望めるベッドルームとふたつのベッドが並ぶ大きめの部屋もある。このキャンプ道具も、工作キットも、なにもかも好きに使って、家にある食べ物はできるだけ全部食べちゃってね、というお話。

「いろいろ食べ物がありすぎなんだけど、ミドリに話したら『コウヘイたちなら全部消費してくれるよ』って笑ってたの。遠慮せずに、なんでも使ってなんでも食べてね」とローラ。
「ありがとう、恩に切るよ」
女子二人はこれまで十日間バス生活をしていたのもあって、Aフレームの中を見て歓喜の声をあげ続けていた。
「ドリームハウスすぎる…」
「映画も見まくりたい!」

じゃあ気をつけて、また十二月に会おうとお別れを言って、ひとまず我が家に戻ってくる。鍋にたっぷりのお湯を沸かし、ベーコンをフライパンで炒め始める。昨日からリクエストをいただいていたパスタ・カルボナーラを作ってあげる。彼女たちが二年前、僕が住んでいた遠野に遊びに来た時にもふるまったのを、今でも覚えていたらしい。

卵はひとりあたり全卵1つ、黄身1つ。たっぷりとパルメジャーノとペコリーノを削って、胡椒と一緒にソースをつくる。ベーコンは炒めた後、フライパンを火から外して冷ます。硬めに茹で上がったパスタをベーコンと油と混ぜ合わせ、卵液をかけて弱火でフライパンを振るう。卵液がスクランブルエッグにならず、それでいて一定の粘度を持ち始めるまでマンテカトゥーラし、すばやく盛り付ける。その上にも躊躇せずパルメジャーノの削りかけ、荒く砕いた胡椒で飾りつけて完成。

「え、一番美味い」
ゆうかが歓喜の声を上げる。今回は我ながら上手くできた。スウェーデンに留学していたときのイタリア人ルームメイトの「クリームなんて使ったら来世まで呪うよ」というアドバイスに従い、ローマ風に作り続けてはや5年、このカルボナーラは自分の得意料理のひとつになっている。なくならないでほしい、と瑠璃はしみじみ皿をのぞいている。

そのあとは職場まで送ってもらい、ふたりは村の図書館とかで夕方の時間を過ごす。

10時に仕事から帰宅すると、隣の家にお引越し。とはいっても徒歩1分なので、炊飯器と自分の食材、もろもろの着替えくらいをもって移動。わたしは絶対リバービューがいい、と譲らない瑠璃が2階の個室を寝床にし、昨晩ホラー映画を見てからひとりで寝られないゆうかと自分が2ベッドルームのほうに。この家はまったく防音装備がないので、どの部屋にいてもおしゃべりできる。

「やっぱひきこもりには良いお家が必要なんだよね」
普段はインドアの瑠璃が本領を発揮し始める。薪ストーブの使い方を彼女たちに教え、レコードを選んで針を落とす。やっぱりひとつのお家に友達と住むのが一番たのしい。

せっかくアイスクリームメーカーもあるしアイスを作ろう、お茶もいっぱいあるしお茶も淹れよう、などといろいろ家のもので遊び、最終的にはスクリーンで映画を見ることにする。大きな鍋でポップコーンをつくり、バターと醤油、ディルをかけて映画スナックにする。

わざわざオンラインでレンタルしてみたのは、日本で今公開中のサスペンス映画「落下の解剖学」。BGMもなく、淡々と事件と裁判が映される不思議な映画である。3人とも疲れで寝落ちしつつ最後まで鑑賞する。

時計は深夜3時。寝る前に車の中の忘れ物を取りに外に出ると、空が明るくうごめいている。一体なんだと見上げて、オーロラが踊っていることに気がついた。
「外にオーロラでてるよ!」
「え、本当!?」
ふたりも身の着のまま出てくる。裏の川辺にでると、秋の空が一望できる。ヘッドライトを消して見上げると、そこには今まで見たことないほど強いオーロラが空を彩っていた。何かのシグナルを送るかのように、光のカーテンは激しく点滅し、その姿を変え続けている。まるで意志を持っているかのようだ。

えぇ…とふたりとも畏怖の声を漏らす。もはやドン引きに近い。大いなるものの存在と意志というものがあるということを信じざるを得ない、そんな天体ショーだ。毛布とダウンジャケットを貸し、3人で縮こまって空を眺めていた。

「ほんと全部やったな」
瑠璃がスマホで試行錯誤してオーロラを収めんとしている。キャンプ、ハイク、サーモン釣り、ベリー摘み、サウナと露天風呂、日々の食事。そしてオーロラである。ハイダグワイの楽しさをぜんぶ詰め合わせたような2週間だ。
帰りたくないな、とゆうかがぼそりとつぶやく。この日々が続くのも、あと三日だ。

10/11

5時前まで凍えながらオーロラを見ていたので、起きたのは10時ごろだった。コーヒーを温め、ストーブの火を見ながら啜る。

「はい、11時でーす。起きて、マーケット行くよ」
「…おきてます…」
瑠璃を布団から引っぺがし、出かける準備をさせる。今日のファーマーズマーケットでゲストを拾わなければならない。ドーナツと飲む用にボトルに牛乳を入れ、村のマーケットに向かう。

今日も素晴らしい陽気で、金曜お昼のマーケットは賑わっていた。ゆうかはお土産を物色し、瑠璃と僕はとりあえずドーナツスタンドに。3つで6ドル、6つで10ドル。ドーナツがありすぎると言うことはないという理由で6つ入りを購入。

このおいしさに気づいた先週のマーケット以降、我々の頭にあるのはプレーンドーナツだった。不揃いで、うっすらシュガーコーティングされてて、じゅわっと甘い。持ってきた牛乳を回し飲みにしながら食べていると、ひとりの女の子が近づいてくる。

「こんにちはー、待たせましたか?」
「全然!ドーナツ食べてただけだよ」
マセット村にひと月前に引っ越してきた新しい日本人住民、のえちゃんである。彼女にも瑠璃とゆうかを紹介する。

先週スーパーのレジで「日本人ですか?」と尋ねられた時には仰天した。聞くと、村の学校に就職した彼氏についてきたということだった。せっかく日本から友達も来てるから、一緒にご飯でも作って遊ぼう、とそのときに話したのである。
「何かいるものありますか?」
「大丈夫。具材はあるから、家に帰って包みまくろう」
ランチは鹿肉で餃子をつくる。年下の女の子が混ざり、ふたりもテンションが上がっている。

こんなところに家があるんですね、と初めてトウヒルエリアに来たのえちゃんに、瑠璃とゆうかは嬉々としてAフレームの家の中を案内する。我が家のように見せて回ってるのがおもろい。どっちにしろ僕は3時から仕事なので、3人に手分けしてネギやにんにくを刻んでもらい、牛肉と鹿肉を粘り気が出るまで練る。タネが出来たら、ビールを傾けつつおしゃべりしつつ餃子を包んでいく。

聞くと、のえちゃんは大学を休学し、ワーホリでカナダに滞在しているのだという。交換留学でバンクーバーに来た時に彼氏と出会い、一時帰国したのちにビザを取ってまたカナダにやってきた。ハイダグワイに住むことになるなんて、思ってもなかっただろうに。

たくさんあったタネも、4人で包めばすぐ無くなった。大きなスキレットに油を敷き、隙間なく餃子を敷き詰めて焼く。焦げ目がついてきたら蒸し焼きにして火を通し、完成。白米をよそい、ラー油・ポン酢・醤油・胡麻油で思い思いのタレをつくっていただく。

牛肉と鹿肉を半々で練り込んだ餃子はがっつり肉肉しい味わいで、ビールが進む。大皿に箸が伸び、どんどん無くなっていく。誰かと餃子を包むというテディアスな作業があるからこそ、餃子は美味いのだ。
「こっちに来てから少し太ったかも…」自分の写真を見て瑠璃が言う。わたしも、とゆうか。毎日時間をかけ、この土地の幸に感謝しながら料理をし、腹も心も満腹になる。これ以上何が必要だと言うんだろう。

僕を仕事場に送り届けたあと、3人はビーチで散歩してフリスビーゴルフに興じ、のえちゃんの彼氏も混ぜてディナーにしたらしい。いいな。夜に迎えに来てくれた時にはなぜか大福をくれた。餅粉から作ったと言う大福はぷるぷるのもちもちで絶品。迎えに来てもらって後部座席に座るっていつぶりだろうか。

サウナにはふたりがすでに火を入れておいてくれたおかげで、帰宅後はすぐにサウナセッション。がんがん薪をつっこみ、がんがんアロマの効いた水をロウリュさせ、バレルサウナのなかをカンカンに熱くする。

なんかもう、火遊びと水遊びしかしたくないな、と瑠璃はサウナで寝転がる。
「でっかいビル建てるとかの建築は全く興味持てなかったけど、キャビンは建てたいしマイサウナも欲しい」
「結局はみんな、秘密基地を作りたいんだよな」

僕の現在の夢は、隣のタモやローラたちがこのAフレームハウスでやっているように、気の知れた友人たちとこの近所に土地を買ってキャビンやサウナを建てること。それを考えた時にまず頭に浮かんでくる友人と、同じ夢を共有でき始めている。好きな場所に好きな人たちと好きなように生活する。それが結局のところ、一番の幸せなのだ。

あの人もあいつも誘ったら来てくれるだろうか。ハルビアのサウナストーブのなかで弾ける薪の音が、心の高鳴りに聞こえた。

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