なぜ人はストックホルムに惹かれるのか。
もう一年も前のことになるが、僕はスウェーデンにいた。
いた、というと何か高尚なことをしていたかのように聞こえるが、そんなことはなく、単なるありきたりな交換留学生として時々勉強したり、時々パブでビールを喉に流し込んだり、時々格安航空でもみくちゃになりながらヨーロッパを巡ったりしていた。
***
ストックホルムには二つの空港がある。アーランダ空港はいわゆる看板空港で、エールフランスやカタール、ユナイテッドなどの錚々たるロゴを翻した航空機が所狭悪しと並ぶ空港だ。空港内の家具も木目調で統一されており、いかにも北欧スタイルをガンガン出してくるタイプのところだった。
もう一つ、スカブスタというストックホルム郊外の南に数時間行ったところに空港があった。そんなに離れているならストックホルムの名を冠しないでほしいが、まあ成田空港も東京国際空港を自称しているので、そういうものなのかもしれない。こちらには言わずと知れた鬼畜LCCライアンエアやウィズエアなどの格安航空が、コンテナハウスのような空港からヨーロッパ中に飛び立っていた。
もちろん深夜特急に憧れた貧乏学生にとってヨーロッパを見て回るにはスカブスタを使うしかなく、片道3時間程かけて足繁く通っていた。
そんなこんなで、暇な交換留学生は旅行に明け暮れるのだ。特にアジア人の留学生は暇あれば旅行の計画を立てるし、実際交換留学なんて基本暇なので、しょっちゅう飛び回っているのである。僕自身もヨーロッパで見たかったものは大体見たし、食べたかったものもあらかた食べた気がする。
ただ、どんな国に行こうと、スカブスタ空港からの帰路にあるストックホルムが、僕は大好きだった。
あのウプサラから、スカブスタからの距離感。
大都市のようで大都市でないような、あの空気感。
別に生まれ育ったわけでもなく、住んでいるわけでもないのに、なんとなく感じられるあの懐かしさ。
なんでストックホルムって、こんなにも人を惹きつけてしまうんだろう。
なんで僕は、何度もストックホルムに惹かれてしまうのだろう。
答えはわからない。
ウプサラ中央駅からSJの二階席に座って、
ストックホルム近郊に差し入った時のあの高揚感だろうか。
洞窟探検のような幻想的な地下鉄か。
旅行して帰ってきた時に見えるストックホルムの島々の、
なんとも言われない愛おしさだろうか。
あの青色のトラムかもしれないし、
地味に美味しくないラーメンかもしれないし、
町中に乗り捨ててある電動スクーターかもしれない。
永遠に工事している国会議事堂付近のあの荘厳さかもしれないし、
全く押し売りしてこないガムラスタンのしけた露天商かもしれない。
***
初めてストックホルムに行ったのは、僕がスウェーデンに降り立った3、4日後とかだった。ちょうど学生団体の後輩が働いていた頃だったので、彼女たちの顔を見にウプサラ中央駅からストックホルム中央駅行きのSJに乗り込んだ。
その日は確か僕がスウェーデンに来てから初めての快晴の日で、列車の二階席からは北欧らしい針葉樹林が延々と続いているのが見えた。隣の席では、4歳くらいの子供が母親と野菜スティックのようなものを食べていた。
40分くらいで目的地に到着する。川とも海ともとれる汽水域に、転々とストックホルム諸島が浮いている。この都市は、様々な異名を持つ。というか、持たされている。「北のヴェニス」。「スカンディナビアの首都」。「水の都」。
その日、僕らは日が暮れるまで歩き倒した。ガムラスタンで観光客価格のミートボールとサーモンを食べ、グルーナルンドのジェットコースターを見上げ、イケアでホットドッグとピザを平らげて、シナモンロールを5つ紙袋につめて、バイバイした。帰りのバスでは、香ばしいシナモンの香りと、これから始まるこの北の国での生活に、微かな興奮を抱いていた。
たった2年前、2019年のとある1日の話なのに、もう5年も前のことのように感じる。
***
最後にストックホルムに行った日から、まだ一年も経っていないのに、
今では遠い遠い国の、もはやたどり着けない幻の都市のように感じる。
世界は変わってしまった。
それでも、時々舐めるシナップスは、その爽やかな苦味は、
大したことない日々が永遠に続くと信じていたあの頃を思い出させてくれる。
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