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単独航海にあたって【十万字クラブvol.1】

前略

 このところ、日の出の時間は7時台になってきた。日を追うごとに日照時間が半ば指数関数的に伸びていくことを感じていると、北国にいることを再認識させられる。
 晴れ間が出るとつい外に出て、太陽の光を身体いっぱいに取り込む。井戸の脇に小さな花のつぼみを見つけた時、思わずしゃがみ込んで見入ってしまった。みずみずしい若葉は力強く花弁を支えて立っている。また春がやってくる。

 久しぶり。というか、こうして君に向けて文章を書くというのは初めてだな。僕の方は、なかなか火のつかない湿った薪に若干の苛立ちを感じていることを除けば、おおむね元気にやっている。君の方はどうだろう。
 先日まで、日本から友人が遊びに来ていた。僕が岩手の遠野という街に住んでいた時に出会った心なごむ人々のひとり。言葉じりに混じる東北のアクセントがチャーミングな、遠野育ちの同世代の女性だ。自分の住んでいる場所に遠くから友人が訪ねてくるというのは、なかなかに素敵な体験である。彼らの目を通して、自分自身の生活を改めて相対的に観察することができる。自分の生活もなかなか悪くないものなのだということを確認できた訪問だった。

 先日は電話を繋いでくれて、どうもありがとう。あの高校の一年生の教室にいたころから、すでに10年という月日が経たんとしていることに驚く。月日は否応なくその取り分をとっていく。そんな単純な事実を認めないわけにはいかないな。
 改めて書くのも気恥ずかしいことなのだが、不定期でも近況を報告し、気に入った本をシェアし、友人関係から国際関係まで多くの議論を交わし、そして——少なくとも僕の側から見れば、ということなのだが——志をある程度同じくしている友人がいるというのは、僕のささやかで不完全な人生におけるひとつの重要な達成だ。一般的な高校のひとつの教室でそのような相手に巡り会うということは、まさに天文学的な可能性のはずだ。

 さて、「十万字クラブ」である。
 なぜそんなネーミングになったのかはひとまず棚に上げておくことにして、今回君とこうした取り組みをしたいと思った経緯をここに記しておきたい。

 僕は本を書きたい。
 今こうして北米の先住民コミュニティで生活し、活動し、学び、文字を日々書き続けているのも、すべてはこの目標に至るための営みだ。長い経緯はここでは省略しておくが、自分の本当にすべきことは、やりたいことは何なのかと考えた時、やはり「本」というものに行き着いた。フィールドに立ち、手足を動かし、託されたストーリーに文字を与えること。それが僕ができるささやかな人類への貢献であり、僕を導いてきた様々な書物と作者たちへのオマージュであるように感じられたのだ。

 ただ、誰にも頼まれずに少なくない規模の原稿を書いていくというのは、簡単なものではない(少なくともそう予想される)。結局のところ、本を書くのであれ、絵を描くのであれ、音楽を作るのであれ、創造的な営みは孤独なものだ。さながら深く入り組んだ夜の海に、一本の松明の灯りを頼りに漕ぎ出す作業だ。
 そんな単独航海において、寡黙な水夫が遠くにゆらめく松明に小さな連帯を見出すかのような、そんな相手を欲しいと思った時に真っ先に思い浮かんだのが君なのであった。そう思ってメッセージを送ったタイミングで、君が本を作りたいという投稿を上げていたのはまったくの偶然だったのだが。

 というわけで、公開書信のような、船舶間の定期連絡のようなかたちで、共に働き始めたいと思っている。別に何を書いてよこしてもらっても構わない。こんな手紙のような形でもいいし、箇条書きで報告してもらっても、エッセイにして届けてもらってもいい。お互いの場所で文章を書き連ねていくという、新しい形の同僚関係を模索するのも楽しいはずだ。

 何はともあれ、僕の側からの第一報はこれくらいにしておく。だいぶ陽が傾き、窓から望む入り江を半ば暴力的なまでに輝かせている。カナダ・グースたちが編隊を組んで仰々しく空を横切っていく。こんなに美しい夕刻を無駄にはできない。また、手紙を書くよ。それでは。

2024年2月20日
子供達がレゴブロックではしゃぎ回るマセット村の小さな図書館にて

上村幸平

***

💐世界に絶望しないための十万字クラブ🌱

カナダ北西の離島・ハイダグワイで先住民の営みを追う写真家の上村幸平と、ウガンダ・カラモジャ地域で農業支援に取り組む国際協力NGO職員の田畑勇樹による公開書信。
それぞれの場所で全く違う職務に就きつつ、「本をつくる」という同じ目標を掲げる遠距離同僚として、不定期で文章を送り合う連載企画です。


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