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アンカーを蹴り上げて【北極圏犬ぞり旅2日目(4/3)】

去る四月、冬のスカンディナヴィア北極圏を犬ぞりで旅する極地探検プロジェクト『フェールラーベンポラー』に日本人として初めて参加してきました。世界中から選出された20人のメンバーと、120匹のアラスカン・ハスキーとともに、スウェーデンからノルウェーにかけての350kmを旅する記録です。
2025年春の遠征チームの募集が始まっています!記事最後の詳細をご覧ください。

前日分はこちら↓

4/3

7時前にアラームが鳴る。あまり眠れなかった。鏡を見るとうっすらとクマが残っている。バスや飛行機の中で少し仮眠しよう。

タイラーものそのそ起きてくる。ダイニングホールに降りると、すでに半分ほどのメンバーが朝食を取っていた。スカンディナヴィア式のシンプルな朝食ビュッフェである。クラッカーブレッドやライ麦パンなどのパンが並び、数種類のチーズやソーセージ、トマトなどを乗せて食べる。バターをたっぷり塗り、こんもりと具を乗せていただく。フレッシュに絞られたオレンジジュースの酸味が目を覚ましてくれる。

外は曇天、少し雪もぱらついているようだ。ちゃんと座って食事を取れる最後のタイミング。ゆで卵を数個、サンドウィッチもたらふく食べておく。野菜やフルーツともしばしのお別れである。

8時半から出発前の最後のミーティングがある。ささっと食べ終わって部屋に戻り、パッキングを終わらせる。うまく詰め込むことができた。スタート地点まで凍えることはないはずなので、空港には半袖Tシャツにフリースジャケットで向かうことにする。

ミーティング室に集まる。同じジャケットを着たメンバーが円になって座っている。遠征チームの体裁を成してきていて、心が躍る。
「おはよう。よく眠れたかな?」とカールが皆に問いかける。ほとんどが眠そうに頷く。

フェールラーベンのCEO、マルティン・アクセルヘッドが激励のことばをくれる。フェールラーベン創業者のオッケ・ノルディンから直々に会社を受け継いだ彼が、会社とフェールラーベンポラーに込められた思いをシェアする。
「僕がフェールラーベンに入社してオッケの鞄持ちを始めたのが1997年。その最初の時から、ポラーにイベントマネージャーとしてずっと関わってきた。だから、僕のキャリアの中でもポラーは最も大切なピースのひとつなんだ」

スカンディナヴィアの荒野と常に共にあったフェールラーベンは、ギアのフィールドテストを兼ねつつ万人に北極圏の自然を楽しんでもらうためのプログラムとして、『フェールラーベンポラー』を始めたのである。もっとも環境負荷の少ない移動手段——犬ぞりを用いて。
「創業者のもとで四苦八苦しながら働いて、いろいろなイベントに参加し、そして運営し、たくさんのことを学んだ。そして20年ほど前、オッケに誘われてキャンプに出たその夜、彼に『お前にこの会社を託したい』と言われたんだ」

拡大する企業の代表やオーナーが変わったり、買収されたりしてその運営理念がコロコロと変わるのはよくある話である。今や世界的なアウトドアブランドになったフェールラーベンが創業当初とも変わらない哲学を守り続けられるのは、創業者のオッケとその跡を継いだマルティンの一貫したリーダーシップにあるのかもしれない。
「君たちは僕らフェールラーベンのギア開発とブランドの拡大、そして哲学の継承に欠かせない仲間だ。フェールラーベンポラーにようこそ。気をつけて、いい旅を」マルティンがスピーチを締める。ミーティング室の体温が上がった気がした。カールがフライトとその後のスケジュールを再度共有し、解散となる。荷物をすべて持ってバスに集合。

今日はバスでストックホルム・アーランダ空港に向かい、11時過ぎのフライトでスウェーデン極北のキルナ空港に飛ぶ。そこからまたバスで移動し、スタート地点のキャンプ・ポイケヤルヴィに移動する。そこで犬ぞり用ギアを手に入れ、犬ぞりの簡単なインストラクションを受け、4時前にスタートになる。忙しい1日になりそうだ。

全てのギアを詰めたバックパックを背負い、ブーツを履く。スノーブーツは取り外せるインナーブーツとアウターブーツの二層構造になっている。極地では指先を凍傷から守ってくれるはずだが、街では邪魔でしょうがない。かといってバックパックに詰められるほどの隙間もないので、仕方なく履いていく。アーランダ空港までの道のりは15分ほど。昨日の朝通ったはずなのに、なぜかすでに一週間前のことのように思える。一気にたくさんの人に会い、たくさんの情報をインプットしたからだろうか。

バスが空港に到着し、手荷物をカウンターで預けてセキュリティゲートに向かう。並んでいると、前にいた婦人に「あなたたちはどこに行くの?」と聞かれる。いくぶん大袈裟なブーツ、オレンジが眩しい名前入りのレインジャケット、膨れ上がったバックパックを抱えた人間が20人以上もいるのである。不思議に思うのも当然だ。
「フェールラーベンの北極圏探検チームで、これからラップランドに向かうんです」とロク。
「それは素敵な旅ね。ぜひ楽しんで」とご婦人が笑顔で返す。
会釈して別れたあと、ケイトが言う。「探検っていうとなんだか仰々しいよね。何か大義があるみたいで」

キルナ行きの機内の4分の1ほどがメンバーとスタッフで埋められ、修学旅行の様相を呈している。スカンディナヴィア航空の小綺麗な機体は鈍いストックホルムの雲空を抜け、どこまでも青い空に出た。右隣にはアルゼンチン出身のフロー、左にはカメラマンとして参加するペッレがいる。
「ブエノスアイレス生まれなんだけど、バルセロナに移住して今はそこで生活してる。明るくて暖かくて、南米生まれにはありがたいわ」とフロー。バルセロナは友人に会いに一度訪れたことがある。見晴らしのいい公園で友人たちとピクニックし、サグラダファミリアと地中海を望みつつ生ハムと赤ワインを楽しんだ昼下がりのことを思い出す。

どんな乗り物の中でもすぐに眠りにつける、というのは幼い頃からの僕の才能である。フローとペッレと少し話したのち、極北を目指して安定飛行を続ける機体の心地よい揺れに身を任せ、到着までの二時間弱を眠って過ごす。

「当機はまもなく着陸体制に入ります。どなたさまも座席のリクライニング、テーブルをもとの位置に戻し、シートベルトをお締めください」
北欧訛りの強いキャビンクルーのアナウンスで目を覚す。窓の外を見てごらん、とフローに言われて覗いてみると、眼下にはどこまでも雪に覆われたラップランドの荒野が広がっている。キルナの街も近いようで、ところどころにスノーモービルの跡と赤く塗られた小屋が見受けられる。機体はゆっくりと高度を下げ、丁寧に滑走路に着陸した。キルナ空港、スウェーデン最北の空の窓口である。

後ろの扉から機外に出てタラップを降りる。素晴らしい快晴で、雪が支配するキルナはどこまでも明るい。滑走路はところどころ凍っており、足元に注意しながら空港ターミナルまで歩く。荷物を受け取って空港の前に止まっているバスに乗り込む。一番後ろにラウンジのようなシートがある変わったバスだ。男子たちでニヤニヤしながら座ってくつろいでいると、「わたしも『男の隠れ家』に混ぜてよ」とレネもやってくる。

20分ほどのドライブで、バスは雪と氷に覆われた湖のほとりに佇むケンネルに到着する。ここフェールボリ・スレッドドッグ・ケンネルこそがスタート地点である。座席から外を見下ろすと、青いジャケットが目に眩しいひとりの男がこちらに手を振っている。ダニエルだ!バスから降り、彼と強く抱擁を交わす。

「よく来たな!12月のメンバー発表からずっとこの時を楽しみにしてたんだ」
「久しぶり。戻ってこられて本当に嬉しいよ」
ダニエルはフェールラーベンポラーのコーディネーターのひとり。二年前、夏のラップランドを2020年に選出されたメンバーと歩いた時、ガイドとして付き添ってくれた時からの仲である。チャーミングなスウェーデン訛りの英語を話し、経験に裏付けられた自然における知識が頼りになる彼は、年の大きく離れた兄のような存在である。また共に冒険に臨めるというのはなんと幸運なことだろう。

「ロッカールームにポラー・パーカとビブスがある。遠征に欠かせない最後のギアだ」とカールが声を上げて皆に伝える。「すぐにサイズが合っているか着用し、簡単なランチにしよう」
ロッジの更衣室には、フェールラーベンポラーの象徴とも言えるポラー・パーカがずらりと並んでいる。さながらフットボールチームのドレッシングルームのようだ。着る寝袋のようなアノラックタイプのダウンジャケットである。暖かさにパラメータを全振りしたこのジャケットは機動性には劣るも、これを着ていれば絶対に凍えないという信頼感がある。パーカもビブスもぴったり。

トナカイ肉のサンドウィッチとスープで簡単な食事。屋外のテーブルに座って食べていると雪がぱらついてくる。チームメイト、ストックホルムから帯同しているスタッフに加え、ここでガイドマッシャー(犬ぞり使い)や現地スタッフも合流する。この遠征自体すでに20年以上の歴史があり、フェールラーベンと現地マッシャーたちのつながりも強い。スウェーデン語で親しそうな会話が聞こえる。

サンドウィッチをコーヒーで流し込み、出発前最後の簡単なミーティングに臨む。カールが犬ぞり(スレッド)装備の説明をする。各チームは男女二人づつの4人で構成されていて、性別で分かれてふたりでテントをシェアする。テントバディのふたりでテントと犬のための装備を手分けしてスレッドに詰め込むのだ。
「こちらはミトン。機動性には劣るけれど、指先を完全に守ってくれる。ライナー手袋の上から使えるように、腰に巻き付けておくと便利だ」
ここで提供されるギア以外の装備の説明がある。個々人のスレッドにはすでに食料、バーナー、寝袋、ガソリンなどが詰められている。

「私はアナ。君たちのガイド・マッシャーよ」
ミーティングが終わってチームごとに出発準備をする。ここで我らチーム2のマッシャー(犬ぞり使い)であるアナと対面。彼女がスレッドの操縦方法を教えてくれる。
「私の後ろに4人、少し間隔をあけてついてきて。犬ぞりの後ろに立って、ソフトブレーキかハードブレーキのどちらかで速度を調整するの。犬たちは本当にパワフルだから、しっかり体重をかけるように」

犬ぞりに使われるスレッド(そり)は金属フレームでできている。登山用バックパックの一番大きなサイズでさえ三つほどは入りそうな大容量のストレージが前方についており、水筒や手袋を入れておく大きめのポケットが取手部分に付いている。スレッド自体はなかなかの重量があるが、アンカーを雪面に突き刺してスレッドを倒さないと犬たちがどんどん引きずって行ってしまうというのだから驚きだ。

ようやくパッキングも終わろうとしているところで、出発の合図がかかる。
「さあ、犬たちに会う時間よ!」
スレッドを蹴り進め、アナのうしろについてケージに向かう。ケンネルの敷地には数百のケージがあり、二匹づつ犬たちが飼われている。スレッドを見てどの犬も興奮状態だ。自分を連れて行け!といわんばかりに飛び跳ね、吠え、ケージの隙間から顔を出している。

アナのスレッドにはすでに六匹のアラスカ・ハスキーが繋がれている。彼女を先頭に、ガビ、ケイト、僕、そしてタイラーの順で並ぶ。アナとケンネルのスタッフが各スレッドに犬たちを連れてくる。まずはガビのスレッドに六匹、そしてケイトのもとに六匹が繋がれる。

アナが二匹のハスキーを僕のもとに連れてくる。
「この黒い子がタピル、そしてブラウンのマーブル模様のある子がモカ。あなたのリーダードッグよ!」とアナ。「モカはすぐリードを噛んじゃう癖があるから、出発まで横にいてあげてね」

先頭にモカとタピル、二列目にシルバーの毛が美しいイネスと小柄なリッラマン、最終列にはおそろいのぶち模様が可愛いイヴァンとガルテン。この六匹が自分と五日間、ともに極地を旅してくれる相棒たちになる。ありがとう、よろしくねと一匹一匹を撫で、声をかける。どの子達も人懐っこく、近づくと足に擦り寄ってくる。飼い犬とは全く違う、獣らしい香りだ。

太陽が大きく傾き、犬たちの吐息を星の塵のように輝かせている。先頭のモカとタピルを撫でながら、出発の合図を待つ。リーダードッグの二匹は僕の胸に顔を埋めるように擦り寄り、後ろの四匹は出発はまだかと言わんばかりに吠え続けている。気温にしてマイナス15度ほどまで下がっているはずなのに、犬たちの熱気と胸に込み上げる感傷で、なぜかじんわりと温かく感じる。すべての準備が整った。ついに始まるのだ。

「アンカーを引き上げて!ブレーキに全体重をかけつつ、ゆっくり進むよ」
アナの合図でスレッドを起こし、アンカーを蹴り上げる。待ちに待ったという様子で犬たちは雪を蹴り上げ、ずんずんと力強くそりを引く。すさまじいパワーだ。ハードブレーキに全体重をかけて踏ん張っているのに、スレッドはどんどんスピードを上げていく。スタートしてから傾斜の大きい坂道を下っていくため、もはやスレッドを持ち上げるくらいの力で踏ん張らなければならない。

心拍数が上がっているのを感じる。バランスとスピードをなんとか制御しつつ、森の中の坂を降りきると凍結した湖の上に出て、視界が一気に開ける。アナを先頭に、ガビとケイトのスレッドがスピードを上げる。僕もブレーキから足を離してスレッドを蹴り進め、犬たちを加速させる。きりりと澄み切った空気は顔面を刺すように冷たい。

5年である。最初にフェールラーベンポラーを知ったのは2019年の暮れ。ソーシャルメディアでのコンテストでいかに勝ち抜けるかを考えに考え、当時住んでいたウプサラの森の中で動画を撮った。たくさんの友人や家族の協力で票を集め、審査員賞でアジア代表のスポットを手に入れた。選出されたことを知り、当時住んでいたシェアアパートの同居人たちに一番に伝えに行った時のことを今でもありありと思い出すことができる。

湖から森のなかに隊列は吸い込まれていく。雪に覆われた地面に針葉樹林が長い影を落としている。曲がりくねった林道のなかを慎重に重心移動させつつスレッドをコントロールする。自分が後ろでバランスを取るのに試行錯誤しているのなんてお構いなしに、犬たちは力の限り駆けていく。

2020年の春。ポラー開催の二週間前に、延期のメールが届いた。東アジアから始まったエピデミックは飛ぶ鳥を落とす勢いで全世界に波及し、ヨーロッパも例外ではなかった。世界はそれどころではなかったのだ。きっと開催は難しいだろうなと思っていたものの、そのメールをウプサラ大学の図書館で開いた時、心に埋めることのできない穴が開いたように感じたことをよく覚えている。

Credit: Adam Bove @adambove

曲がりくねった森の中の道を抜けると、また大きな湖の上に出た。この世の全てを祝福したくなるような美しい夕暮れである。犬たちの吐息と彼らが地面を蹴り上げるざく、ざくという音だけが広大なツンドラを支配している。
「コウヘイ!気分はどうだ!」と後ろのタイラーが声を上げる。
「最高だよ!言葉にできないくらいに!」
本当に、どんな言葉を用いても言い表せない思いが溢れてくる。

延期、延期と続き、僕たち2019年選出メンバーの旅はついにはキャンセルとなった。誰のせいでもないのはわかっていた。それでも、自分のキャンペーンに協力してくれた友人や、来るべき極地探検に共にワクワクしてくれていた周囲の人々にどう説明すればいいか分からず、どうしてもやるせなかった。ポラーは2022年に全く新しいルートと選出方法で復活したが、当初はもう一度チャレンジしようとすぐには思えなかった。また友人たちに助けを仰ぐ?選ばれなかったら?またキャンセルされたら?そんな思考が頭の中を巡り、どうしても踏み切れなかった。

Credit: Elisa Nordman @elisanordman

背中を押してくれたのは、同じく2019年に選出されたメンバーたちだった。彼らとは2年前の夏、ラップランドを一週間ほどハイキングして以来、定期的に連絡を取り合う仲になっていた。
「次は必ず、冬の北極圏で会おう」
そう約束しあった仲間たちが次々に再度挑戦しているのを目の当たりにし、僕もまた応募することを決心する。2023年チームには惜しくも選出されなかったが、昨年のキャンペーンでなんとか2024年チームに選ばれたのである。

湖のまわりを沿ってひた走っていると、ポラーの旗が見えてくる。最初のキャンプ地、ヴェッケレヤルヴィである。まずはアナがスレッドを停め、間隔をあけてガビ、ケイト、僕、タイラーがそりを停止させる。今日の行程はスタートから二時間弱のテストライドのようなもので、犬たちは走り足りないのか、もっと進ませてくれと言わんばかりに吠え、地面を蹴り進もうとする。アンカーを雪に蹴り込み、ハードブレーキに全体重をかけてようやくスレッドが止まる。

スレッドが完全に固定されたことを確認し、犬たちにもとに寄る。リーダードッグのモカとタピルは落ち着き払っていて、僕を見ると静かに擦り寄ってくる。二列目・三列目の犬たちはまだまだエネルギーが残っているようで、無我夢中に吠え続ける。

「スレッドからロープを出して。犬たちを停めるわよ」
犬ぞりを駐車(?)するのは、エンジンを切れば止まる車と違って一苦労である。まずはアンカーを足元に蹴り込み、そしてスレッドを倒す。犬たちがスレッドを引っ張るためのリードラインをアンカーの対角線上に誘導し、その先端をテンションをかけて雪に埋める。犬たちがある程度寝返りを打て、かつ彼らが自由には動けない程度の微妙な力加減がポイントだ。 

スレッドからリードラインの両端を固定した後は、犬たちを等間隔に配置し、彼らの仕事着であるハーネスを脱がせる。お疲れ様、ありがとうと声をかけながら、彼らに就寝用のダウンジャケットを着せる。ガルテンとイヴァンは着替えさせてもまだ吠え続けているが、リッラマンはもう疲れたというようにすぐ雪の上で丸くなっている。同じスレッドに繋がれた六匹のアラスカ・ハスキーといえど、個性豊かだ。

「犬たちの固定が終わったよ。テントを建ててもいいかい?」とアナに聞く。
「メインキャンプに行って。カールたちが細かい建て方の指導をしてくれるわ」
言われるがままメインキャンプに向かうと、フェールラーベンのスタッフであるカールとミー、マチルダ、そしてダニエルがいる。アウトドアのスペシャリストであるハラルドもいる。

「コウヘイ!第一キャンプへようこそ」とダニエルが大きなハグで迎えてくれる。厳冬期キャンプのためのテントの張り方について、再度ダニエルとハラルドから説明がある。
「少し雪がパウダーだから、ペグは差し込むのではなくT字で埋め込んで使うんだ。張った後はテント内にプラットフォームを掘るのを忘れないようにね」
今回使うフェールラーベンのテント「ポラー・エンデュランス」は、厳冬期の北極圏における使用を前提とした製品。テント内の前室がとても広いことが特徴のひとつだ。前室の一部の雪を掘り下げておくことで、就寝部から出る際に動きやすいというわけだ。

自分たちのキャンプゾーンに戻り、テントを立てる。ふたりで本体部分を組み立てた後、僕がペグを打ってプラットフォームを掘り、タイラーが夕食のためのお湯を沸かす。ふかふかを雪を少し掘り下げ、テントのガイラインをT字に埋め込んだスノーペグに繋げてテンションをかける。クリーニングから帰ってきたばかりのシャツのようにぱりっと張ることができた。シャベルでテントの前室を掘り下げるのだが、これがなかなかの重労働。40センチほど掘ると凍った湖にがちんと当たる。

タイラーも最初はガソリンストーブの点火に苦戦していたが、どうにか着火に成功したようだ。
「ディナーはどうする?『サーモンのクリームパスタ』か『ビーフシチュー』があるけど」と彼が聞く。
「クリームパスタにしよう!腹減ったよ」

各人のスレッドには遠征中のレーションが詰め込まれた大きな麻袋が入っている。フリーズドライのメインディッシュに数々のスナックが入ってひとパック1000キロカロリーだ。タイラーが僕の食事にもお湯を注いでくれる。長いスプーンでよくかき混ぜ、袋を閉じて蒸す。このタイプのフリーズドライ食はちゃんと蒸すのが大事だ。これまで何度もせっかちに食べようとして、まだお湯の通っていないシャリシャリなシチューやパスタを何度も食べてきた。

周りを見渡すと、どのチームもテントを張り終えつつあり、水を沸かす湯気がそこかしこに立ち昇っている。太陽は針葉樹林が埋め尽くす地平線に沈み、森の影が凍った湖に長く影を落とす。おおかたの犬たちは丸くなって目を閉じているが、まだまだ元気な犬たちはそこらで遠吠えに勤しんでいる。
「魔法みたいな夕刻だ」文字通り、マジック・アワーの空である。
「そうだな。悪くないスタートだ」とタイラー。とりあえずご飯にしよう。

Credit: Adam Bove @adambove

お湯を入れたフードと水筒を持ってメインキャンプの焚き火を囲む。1日目の就寝前ブリーフィングだ。
「寝袋は魔法瓶のようなものだ。体が冷えていれば冷やし続け、体が温まっていれば温め続けてくれる。食事をとる・動くなどして体温を上げたり、ボトルに熱湯を入れて靴下を巻いて熱源にするものありだ」カールが暖かく寝るコツをシェアする。
「ポラー・パーカなどの防寒着を寝袋の上に置いて寝るのも有効的。あるもの全てを使って、快適な寝袋環境を作るんだ。あともうひとつ、ジッパーは愛人のように優しく扱うこと」
疲れ切ったメンバーの中にも笑いが起こる。日はとうに暮れ、あたりには暗闇が降りてきている。焚き火に照らされたメンバーたちの顔にはいろいろな表情が浮かんでいる。
「さあ、ここで暖まったら寝袋に飛び込むんだ。明日からはさらにタフになる。おやすみ!」

Credit: Adam Bove @adambove

ヘッドライトの灯りを頼りに、自分たちのテントに潜り込む。スノーブーツのインナーブーツをテント内に入れ、アウターブーツは朝履きやすいように広げておく。就寝用のベースレイヤーに着替え、電子機器など冷えたら困るものを寝袋に放り込む。タイラーにおやすみをいって、ジッパーをやさしく閉じた。

***

❄️『フェールラーベンポラー』って?🛷

フェールラーベンポラー(Fjällräven Polar)は、スウェーデンの老舗アウトドアブランド・フェールラーベン(Fjällräven)が毎年開催する公募の北極圏遠征イベントです。世界中から選出された二十人のメンバーとともに、最も環境負荷の少ない移動手段のひとつである犬ぞりを用いて、冬のスカンディナヴィア北極圏を旅します。

🗺️どんな行程?🧭

スウェーデン極北のポイキヤルヴィからスカンディナヴィア山脈を越え、ノルウェー最北部に近いシグナルダーレンにいたる総距離300kmほどの道のりを、五日間かけて走り抜けます。氷と雪が支配するラップランドの大地にテントを張り、火を起こし、雪を溶かし続け、犬たちと共に生き抜きます。

🧳何が必要?🏕

遠征に必要な装備は全て支給されます。極地環境で快適に生き抜くアウトドアスキルもプロフェッショナルから提供されます。道中は自分自身のみならず犬たちの世話も担うことになりますが、経験豊富なフェールラーベンのスタッフ、ドクター、そしてプロのマッシャー(犬ぞり使い)が帯同し、サポートしてくれます。英語で最低限のコミュニケーションを取ることができれば、経験やバックグラウンドを問わず誰でも参加できる遠征です。

🌱参加するには?🔥

フェールラーベン2025のメンバー募集が始まっています!
フェールラーベンのホームページで参加要項が公開されています。今年も昨年と同じく、三つの課題にインスタ上で答えるというものです。自分らしく、クリエイティブに、楽しんで応募してみてください。


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上村幸平|kohei uemura
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