ショートショート/「いのち」
「・・・肉食の問題はそれだけではありません。これはオカルトのように聞こえるかもしれませんが、動物たちは殺される前に悲しみや怒りの思いを強く持ちます。そして、その思いは彼らのからだ、肉の中に入り込むのです。
そのため、それを食する人は自分で意識することはなくても、彼らの悲しみや怒りの思いを体内に蓄積することになるのです」
「はじめてのベジタリアン・キッチン」と題された食事会の中で講師は語った。
講師はベジタリアンの中でも、動物性食品をいっさい口にしない厳格な完全菜食主義者を示す「ヴィーガン」だったが、入門講座を兼ねたベジタリアン向けの食事会を催したのだった。
「もちろん、すぐにその影響が出ることはありません。でも、多く肉食する人の性格には、攻撃的であったり、喜怒哀楽が激しい、という傾向が見られるのです。まるで動物たちの死の直前の感情が人間の中で噴出するようなものです」
講師はテーブルの上の野菜サラダの皿に目を落とし、少し沈黙した後、口を開いた。
「動物たちにとっては、突然、いのちを取られるのですから、その思いが残るのは当然なのかもしれません」
講師はそこで再び言葉を止めると、笑顔を作り、言葉を続けた。
「変なお話をして、すみませんでした。せっかくのお食事ですのでね、別の話題に・・・。
あと、健康面でさらに望ましいのは、いま皆様が召し上がっておられるように、野菜や果物の酵素を十分にとれるよう、生でいただくことですね」
そのとき、どこかで小さな声が上がった。
「でも待って。いのちはここにも・・・」
その声は、胸を突き刺してきた複数の金属の棒で遮られ宙に消えた。
フォークで無雑作に突き刺されたミニトマトは、皿からとりあげられ、にこやかに微笑む講師の口へと運ばれた。
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