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苦手な父と2人でパリ・ローマ・ロンドンを旅したはなし

 大学3年生のある日、突然父と2人でヨーロッパ旅に行くことになった。

 両親で行く予定だったのが、母が前日に熱を出して行けなくなってしまい、もうキャンセルも出来ないので、授業も少なくヒマにしていた私に「代わりに行かないか」と父から打診があったのだった。母も予約を無駄にするより私が行ってくれた方が気が楽とのことだったので、少し迷ったが行くことにした。

 タダで海外旅行に行けるなんて普通だったら「ラッキー!」で終わる話なのだけど、父と2人きりというのが私はとても不安だった。
 私の父はいかにも国家公務員らしい(?)頑固で保守的な「昭和の男」で、父に似ている私は息子代わりかのように、姉よりも厳しくされることが多く、受験や就職時にも私だけ辛辣な事を言われたりした。今でも批判的な目で見られているような気がして父の前では劣等感を感じるし、面と向かって話す時は少し緊張する。
 なので父と2人で海外旅行をするなど大丈夫かと心配だったのだけど、初めてのヨーロッパへの好奇心の方が勝った。

 行き先はパリ、ローマ(とバチカン市国)、ロンドン。50代の両親が予約していただけあって、学生の私には少し贅沢な内容の、日本語ガイド付きツアーだった。

 パリではエッフェル塔と凱旋門をバックに写真を撮り、一瞬だけルーブル美術館へ立ち寄ってモナリザを拝み、ブランドショップでお買い物という王道コースだった。ブランド物など無駄だと一蹴する父が珍しくバッグを買ってくれるというので、フランスのハイブランドショップで真っ赤なバケツ型のショルダーバッグを買ってもらった。(写真でショルダー部分しか映ってないけどこれ↑)

 そしてオプショナルツアーではベルサイユ宮殿に行った。中2の頃に漫画「ベルサイユのばら」にどハマりして、図書館で実際の出来事・登場人物と架空部分の違いなどを調べまくってノート2冊分にまとめるという、どこにも発表しない無駄な研究に夏休みを費やしたことのある私にとって、棚ぼたの旅行で聖地に行く事が出来たのは本当にラッキーだった。
 父がとっくに見終わっているのに私は「ここにマリーアントワネットがいたのか・・・」などと時間ギリギリまで細かいところを見学した。

 夜は同じツアーのお客さんたちと一緒にセーヌ川のディナークルーズで、人生初のエスカルゴなどを食べた。ツアー客は中高年のご夫婦や40代くらいの女性2人組などで、若い女性は私だけだった。父と私は顔がそっくりなので怪しい関係だと思われることなどないと思うのだけど、私が少し派手めな服とメイクだったせいもあってか、父がしきりに、私が急遽妻の代わりに来た娘だということをアピールしているのが面白かった。

 2都市めはローマ。断トツで印象に残っているのはコロッセオで、1900年も前に建てられた巨大建造物というだけでも圧倒されるのに、そこで行われていたことなどを想像しながら地下施設を見下ろしていると、ゾッとするような、途方もないものを見ているような気持ちになった。街全体が世界遺産のような石造りの街を見ながら父と「ヨーロッパってこういう事なんだね」と感慨に耽った。

 ローマでもう一つ思い出深いのが、自由時間に父と2人で行った街角の小さなタベルナ(大衆食堂)のパスタの味だ。言葉が通じない中、身振り手振りで前菜とパスタをオーダーすると、「メインは食べないの?やれやれこれだから観光客は」みたいな反応をされたが、そこで出てきたペペロンチーニの味とパスタのアルデンテ具合がとんでもなく美味しくて、父と目をひん剥いて食べたのを覚えている。

 3都市めに行ったのはロンドン。ここではほぼ自由行動だったので、まず英国博物館へ行き、ミイラの展示やロゼッタストーン、図書室でシェイクスピア関連の展示(一応英文学科)などを見て、ロンドン橋を背景に写真を撮り、ロンドン塔のおどろおどろしい展示を見て、ピカデリーサーカスで土産物を買った。
 ロンドンはその後も出張やひとり旅で何度も行っているが、特に英国博物館は毎回必ず行くほど好きだ。世界各国の貴重な遺産がここに集まっている理由などを考えると単純に好きなどと言っていいのかわからないが、行くたびに新たな発見があってワクワクする。

 ロンドンで迎えた最終夜、テムズ川沿いにある、コナン・ドイルゆかりのパブで父と黒ビールを飲んで、この旅の総括というか感想を言い合った。父と2人きりで何日も過ごすのは緊張したが、旅先での父はいつもより親しみやすく、パブの軒先でふざけながら写真を撮りあったり、はしゃぐ父のあまり知らなかった一面も見られて、少しだけ距離が縮まったように感じた。
 「もう年齢的に海外旅行は諦めた」と言いながら、今でも会うとたまにこの旅での出来事を話す80代の父を見ると、この時、父と娘でかけがえのない時間を過ごせたことは本当に良かったと思う。

1994

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