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指鉄砲

これは幼少期の頃の話である。

かあちゃんは、
よく死んだふりをしていた。

私が泣いて、
かあちゃん!
かあちゃんが死んだぁー!
と慌てふためく姿を、
いつも死んだフリしながら見ていた。

その死に方が、
いつも指鉄砲をこめかみに突きつけ、
バーンと言って迫真の演技で死ぬのだ。

普通の人なら、
胸に手を当て苦しみながら、
子の名前を呼びながら、
カクッと死んだふりをするものだ。

かあちゃんの
クレイジーすぎる死んだふりは、
私には、頭がついていけない。

なぜなら、すぐに死ぬからだ。

苦しみながら死んでいくなら、
まだ、死なないでぇー!
とまだ希望が残っている。

だが、指鉄砲でこめかみに一発。
そして、すでに死んでいる。

なので、
もう死んじゃった…。
と希望などなく、絶望なのだ。

しかも、死んだ時は真顔で
私をジッと見つめているのだ…。

そのリアルすぎる、
死に方に私は発狂するのだ。

かあちゃんは、
その発狂している姿を見ていたんだ。

だから、目を開けたまま死ぬ。

しかも、生き返るのが遅い。

ややしばらく、
私は絶望感に泣きわめて、
何度かかあちゃんを揺すぶって、
もうダメだ…と塞ぎ込んで、
泣き続けて喪失感に浸っていると、
かあちゃんは生き返る。

ある時、
同じ様に、さよなら…と言って、
かあちゃんは指鉄砲をこめかみに、
突きつけて死んだ。

私は、もう何度も絶望感を味わった。
もう…希望なんてありゃしない。
すべて終わりにしたかった。

死んだかあちゃんを眺め、
かあちゃんの隣に寝転がる。

かあちゃんの顔を見つめて、

おぼつかない手話で、
かあちゃん…大好きだったよ。
かあちゃんが死んだら、
オイラどうしたらいいの?
かあちゃん…まだ温かい…。
この温もりを忘れないからね…。

とかあちゃんを抱きしめる。

そして、かあちゃんの目の前で、
私は、指鉄砲を作り、
自分のこめかみに突きつけ、
バーンと死んだ。

すると、
かあちゃんが慌てて、
生き返り、私に、

お前は、バカか!
死んでどうするんだ!
お前は、死んじゃダメなんだ!
そんなの、
かあちゃんが許さないよ!

となぜが怒鳴られたのだ。

そして、私は真面目な顔で、
かあちゃんの目を見て、

かあちゃん…嫌だよね?
目の前で死なれたら。

しかも、かあちゃんは、
自分で死ぬんだよ。

オイラを置いて、
自分勝手に鉄砲を撃って、
死んじゃうんだ。

それが、どれだけ嫌なのか、
かあちゃんにわかって欲しかった…。

涙を浮かべて、
かあちゃんに訴えた。

かあちゃんは泣きながら、

うん、うん、とうなずく。

ごめんよ…。
かあちゃんが悪かった…。
お前の事も考えずに…。
そうだよね…。
かあちゃん自分勝手だったね…。

お前がどんな気持ちで、
鉄砲をこめかみに突きつけたのか…。

かあちゃんは…
本当に悲しかったよ…。
かあちゃん、もうやらない。
だから…お前も、
二度とそんなマネしないでおくれ…。

そう泣きながら、
謝ってくれた。

大人になって、
あの時のかあちゃんの気持ちが、
少しわかる様な気がする。

何もかもが嫌になって、
いっそ、
死んでしまいたい気持ちになる。

若くして、耳も聞こえない。
頼る人もいない中、
私を、一人でひたすら
働きながら育てるのには、
すごい大変だったのだろう。

かあちゃんは、
自暴自棄になっていたのだ。

それが、
指鉄砲で死ぬマネをさせていた。

不器用なかあちゃんの、
もどかしさや苛立ち、
どうする事も出来ない現状。
失望や苦しみが、

あの指鉄砲の架空の弾丸に、
詰め込まれていた。

そして解き放たれたい。

そんな気持ちで、
バーンとこめかみに、
撃ちつけたのだ。

かあちゃんの、
指鉄砲には、そんな思いが、
あったのだろう。

絶望していたのは、
かあちゃんのほうなのだ。

泣いて慌てふためく私を見て、
かあちゃんを求めている私に、
希望や勇気をもらっていたのだろう。

この子の為に生きなければと、
いつも思って、
自分を奮い立たせていたのだ。

日本には、
そうそう拳銃自殺はないだろう。

でも、かあちゃんの指鉄砲の様に、
絶望を弾丸に込めて、死んでゆく。

そんな人達は世界に沢山いるだろう。

かあちゃんは
指鉄砲で本当によかった…。

心からそう思うのだ。



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