2024年 面白かった小説と映画の話
小説編(順不同)
①ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』
英国暮らしの苦労、そして黄色人種がどういう風に見られるのか。「知ればそれは無知ではなくなる」という一文にとてつもない衝撃を受けた。
②しめさば『ひげを剃る、そして女子高生を拾う Another side story 後藤愛依梨』(上・下)
これはシリーズものの締め方としてこれ以上ないというぐらいしっくり来る締め方。小説としてぐうの音も出ないレベルできっちりしていて物語としての巧みさに舌を巻いた。
③長谷敏司『戦略拠点32098 楽園』
結末まで読んで文字通り感動と恐怖に震えた。感動と恐怖、この二つはまるで違うように見えて実は人を揺り動かす、という点では同じタイプなのかもしれない。短い話なのにここまで濃度の濃いSFができるのかと戦いた。
④持崎湯葉『恋人以上のことを、彼女じゃない君と。』(1~終)
読み終えて震えた。登場人物の掘り下げ、読後の余韻は今年読んだ小説の中で一番だった。悲しいのか嬉しいのかよくわからない涙が流れた。一週間ほど余韻が抜けずに様子がおかしくなった。絶対に1から終まで読んで、「なんで最終巻が4じゃなく終なのか」知ってほしい。普通に生きられない男と女のフェアリーテイル。これはすごい。
⑤辻村深月『ぼくのメジャースプーン』
絶対に辻村はスティーヴン・キングが好きなのだと思った。それも重度のキング症候群だ。そうでなければこんな物語を思いつくはずがない。人間に備わった悪と善の物語。
⑥原浩『火喰鳥を、喰う』
ミステリとホラーの隙のない完璧な融合。一見すると謎や恐怖を論理的に解くミステリと、超常現象も描くホラーは食い合わせが悪いように見えるが「なんでこれが起きたのか?」を俎上にあげるとこれ以上ない最高の組み合わせになる。本作は素晴らしい故に色々と言いたい事はありますがとても出来の良い小説でした。
⑦吉川英梨『十三階の女』
国産のスパイ、諜報小説というと真っ先に出てくるのが五條瑛の『プラチナ・ビーズ』を始めとした鉱物シリーズだが、本作の情け容赦なし、人を手札の一枚としかカウントしない冷徹で無慈悲な世界には痺れた。人を想う気持ちもここでは「手段」の一つ。凄かった。シリーズの新刊を手に取るのが良い意味で怖い。
⑧似鳥鶏『目を見て話せない』
タイトルから「なんのこっちゃ」だが読んで納得。超が三つつくほどの頭がいいのに超が十個ぐらいつくほどのコミュ障の探偵が主人公なのだ。推理小説を読んでいたはずなのに青春のもどかしさの中でまっすぐに闘う者たちの話になるのは驚いた。
⑨くわがきあゆ『初めて会う人』
今年読んだ推理小説で最も息を呑んだ。先が全く読めなかった。クライマックス、予想の範囲外のそのまた外から攻められた。見事なまでの結末が心を抉りにかかる。こんなの思いつきます? 普通。いやびっくりした。
⑩芦沢央『貘の耳たぶ』
悪意を上手く描く作家をあげろと言われたら山ほどあげられるし、芦沢はその筆頭の一人だが、この作家にあるのは悪意だけでない。人間を破滅に向かわせるのが絶望ではなく希望であるようにほんの少しの気の迷いから起きる罪もある。罪と罰の行方を見よ。
余談として、中山七里の『作家刑事毒島』は作家志望の人は全員読むべきだと感じた。特にただの作家志望でプロになれないのにインディーズ作家と名乗って互いの傷を舐め合って自己満足に浸っている人たちは。SNSを使って読書系の情報を発信している人も読んだ方がいい。ちょっと酷い事を言われて泣き寝入りするぐらいなら最初からやらなければいいのだ。これは自戒も込めて書いておきます。
映画編(順不同・観た作品のみ)
①『夜を越える旅』(2021年日)
まさかモラトリアムを使ってこんなホラーを作ってくるとは思わなかった。劇中の悪夢のシーンでは本当に悲鳴をあげた。怖かったし面白かった。真に面白い映画には良いアイディアが宿るのだと痛感。
②『霊的ボリシェヴィキ』(2017年日)
地味そうな題材だが、それがいい。狂った人たちが踏み込んだ真っ暗な心霊世界。いい意味で何がしたかったのかよくわからないホラーだがそれがとても好きだ。
③『ニューオーダー』(2020年メキシコ/仏)
持つ者と持たざる者たちの立場はすぐに逆転する。暴力をもってこれを奪ってしまえばいいのだ。容赦なき殺戮劇と暗躍する軍部が産んだ悪夢の革命劇。観終えてしばらく放心状態だった。
④『セイント・モード/狂信』(2019年英)
低予算だからこそ本当に怖いものが産まれる事もある。ラストは忘れられない。狂信を続ける彼女が踏み込んだおかしな世界。この映画がとてもとても好きだ。
⑤『籠の中の乙女』(2009年ギリシャ)
頭おかしいんじゃねーの、ではない。頭がおかしいのだ。何が目的で何がやりたかったのかさっぱりわからない。だがそれがいい。不穏で、気が狂いそうで、そんな映画じゃないと得られない救いがある。
⑥『クライング・フィスト』(2005年韓)
凄かった。よかった。北野武映画のようだった。ボクシングに賭ける二人の男が織り成す魂の邂逅。ストーリーは荒削りなところもあるが何がいいってカットやショットといった編集技術にずば抜けた才能を感じた。
⑦『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』(2023年日)
入念に練られたプロット、世界観、キャラクター、どれを取っても素晴らしかった。魂の琴線に触れる、と書くとクサイかもしれないがそれぐらいビシビシと刺さるものがあった。横溝正史的世界観と鬼太郎を融合させるアイディアが実にいい。目が離せなかった。
⑧『映画 聲の形』(2016年日)
導入部からのめり込んだ。人は過ちを犯す生き物だが、そこからどう立ち直って、どう生きていくのか? そこは描かれていない作品が多い中、本作は人の「生きる事」を真正面から描いてみせた。特定のキャラクターにアンチがいるようだが批判しているお前たちは何もわかっていない。
⑨『見えざる手のある風景』(2023年米)
巨大な権力を持った勢力がよその国に口を出して元からあった文化を批判し、自分好みに変革し、漂白し、真っ白にしようとしている現在の状況をこの映画はよくわかっている。強い毒と、日々息苦しくなっていく規制。それを推し進めた先に何が待っているのか。この映画が物語っている。
⑩『イノセンツ』(2021年ノルウェー、デンマーク、フィンランド、スウェーデン)
手を動かして巨大な物を動かしたり、目からビームを出したりしない。「百匹目の猿現象」(これは創作だが)のように超能力に目覚めていく子供たちの日常が少しずつ「まずい」方向へと変わっていく展開に背筋がゾクゾクした。