おやすみ、シューシュー【童話】
「ねえ、ママ。お話しして?」布団のなかで、娘が言った。
「えっと、それじゃあ……積み木の国の王子様は旅に出ました。積み木の国に、バスを誘致するため、シエーバス王国に向かったのです」
「ねえ、ゆうち、ってなあに?」
「うーん、来てください、ってことだよ」
「どうして、来てほしいの?」
「積み木の国にはバスが来ないから、遠くまで移動できなくて、とても不便だったんだよ。昔からね」
「むかしって、どのくらい?」
「うーん、太古の頃、かな」
「たいこのころ? なんだか太鼓のワンちゃんみたいだね。名前がコロだから、コロコロ転がってくの。吠えるかわりに、ドンドコドンって鳴らすんだ。きっと尻尾で叩くんだよ。可愛いねえ」
「そうだねえ。(可愛いなあ)」
「ねえ、ママ。コロもいっしょに行きたいって。王子様の旅に」
「『もちろん!』と王子様は言いました」
「やったあ!」
「さて、積み木の国の王子様と、太鼓のコロは、シエーバス王国に着きました。門の前には、門番がいました。『おい、旅のお方、止まられよ』なんだか、偉そうです」
「えー、やだー。へん」
「そう? じゃあ、変える?」
「えっ、変えられるの!?」
「もちろん! 積み木の国の王子様には、王様から、旅するときにひとつだけ、積み木の国の宝物である、魔法を借りることができたのです。それを使えば、大丈夫」
「ねえ、まほうってなあに?」
「こうだったらいいなあ、ってことを、叶えちゃうふしぎな力のことかな。でも、なんでもありじゃないんだよ。王子様も、いくつかある魔法のうちのひとつだけを借りたんだ。できることと、できないことがあるんだよ。
どんな魔法があるのか、どれくらいの種類があるのか、それは王様しか知らなくて、王子様も知らないんだ」
「ひみつ、なんだね」
「そうだよ。魔法、使う?」
「うん!」
「積み木の国の王子様は、手のひらよりすこしだけ大きな、きれいな青くて四角い積み木を、カバンから取り出しました」
「えっ、カバ? カバさん大好き!」
「えっ、じゃあ……カバのカバンでした。おっきなお口だよ。『王子様、お使いください!』と大声で言いました」
「カバさん肩から提げてたのかあ。重そうだね」
「……ふっふっふ。王子様はね、体幹がすごいから、平気なのです」
「ねえ、タイカンって、なんの略? タイの缶詰め?」
「んー、そうだねえ、道中お腹も空くだろうし、保存も効くだろうしねえ」
「ちがうでしょ、タイは、生きてるんだよ」
「うーん、太鼓のイヌに、カバのカバンに、生きてるタイの缶詰めかあ。……収集つくかなあ(ボソリ)」
「ねえ、シューシュー、って?」
「あははっ、ごみのシューシューだよぉ!」
「なんで王子様、ごみ持ってるの? きたないよぅ」
「王子様は、ここに来るまでに、落ちていたごみを拾ってきたんだよ。その度に道はきれいになったんだ。コロもごみをみつけたら、ドンドコドンって知らせたし、カバは集めたごみをどんどん食べて、カバンのなかにしまったんだ。そしたら、いつの間にか、たくさんのごみは、シューシューに生まれ変わってたんだ! すごいね!」
「ねえ、シューシューって、何?」
「ねえ、なんだろうねえ……無しにしよっか」
「できるの!?」
「もちろん!
王子様はそれから両手で、魔法の積み木の角をしっかりと掴むと、それぞれ別々の方向にねじりました。すると、積み木のまんなかにまっすぐ切れ目が入り、回りはじめ、やがてカチリと音をたてて止まりました。
すると、門番は突然、『むっ? そのカバのカバンに入っているものを見せなさい!』と言ってシューシューを調べはじめました。そして言いました。
『……あなたには礼を言わなくてはなりません。これはすべて、わたくしどもの国から出た廃棄物で出来ているようです。それをあなたが拾い集め、こんなにも愛らしい姿に変えてくださったのですね。こちらをお譲りいただけましたら、引き換えに門をお通しいたします。本来であれば、通るために必要な諸々があるのですが』」
「モロモロって、やわらかそう、だねえ……」
「王子様は言いました。『申し訳ありませんが、そのモロモロというものは持ち合わせていないのです。なので、このシューシューはあなたに差し上げます』
門番は嬉しそうに言いました。『そうですか。ありがとうございます。では、お通りください』
こうして王子様は、無事にシエーバス王国にたどり着いたのです」
「……ねえ、ママ、眠い」
「……そっか、じゃあ続きはまた明日ね」
「うん。おやすみ、ママ」
「はい、おやすみなさい」
*
ちいさな寝息ごし。ぴちょん、とシンクの方から、かわいらしい水音がして、娘が笑った。
了