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『あめだま』【掌編小説】

あったり前でしょ。わたしの舌は、魔法の舌なんだもの。

っていうのが彼女の口癖だった。友だちが旅行のお土産にくれた珍しいアメも、どこどこのキャンディでしょう? ってすぐに当ててしまった。こんなの簡単、ちょろいちょろい。へぇ、すごいなぁ。みんなはじめは感心してたのに、すぐに飽きちゃって、彼女にわざわざアメをあげたりするのは、いつの間にか僕だけになってたんだ。

これはどう?
ゆうぐれ印のみかん飴。となり町にもあったわ。

じゃあこれは?
さざなみ製菓のソーダキャンディ。こんな真冬に、季節はずれね。

彼女は本当に詳しくって、僕はますます夢中になって新しいアメをさがしてまわった。コンビニ。スーパー。駄菓子屋さん。あんまり遠くには行けなかったけれど、うちの近くだけでこんなに色んなアメがあるなんて、そのとき初めて知ったんだ。

ある日のこと。学校からの、帰り道だった。

ねぇ、ちょっと待ってて。

彼女をそれとなく呼びとめて、僕は、暮れかけた空に見えるまあるい月に手をのばすと、指の先でひょいとつまんで、彼女に手渡してみせたんだ。

驚いてくれるかなと思ったけれど、彼女はぽいと口に入れるなり、ふふっレモン味なんだねお月様、と言って、空に浮かんだままのまあるい月を見ていた。僕はちょっと肩を落としながら、彼女のことを見つめていた。

……ずっとこのままなのかな。彼女の頬がもしも、うっすらとでも色づいたなら、どんなに嬉しかっただろう。そんな風に思っていたら、彼女がふいに、なにか思いついたような顔をして、あ……でもコレ食べたことないかも、って呟いたんだ。

その瞬間の僕といったらもう、どうしていいか分からなくなるくらい、嬉しくて堪らなかったんだ。だけど……。

◯◯

「ふふっ、ぜんぶ知ってたわ。あなたがあの時、手品の練習を一生懸命してきたことも。お家のちょっと良いお菓子の仕舞ってある戸棚から、あのキャンディをくすねてきたことも。もちろん、なんのキャンディなのかも、ぜーんぶ、ね。」

「じゃあ、なんのキャンディか言ってみてよ。」

「満月薬局の純檸檬キャンディ、でしょ?」

僕は気恥ずかしくなって、ころころとほっぺたでアメを転がした。ふた粒いっしょになめてるから、なんだか不思議な味がする。でも、とってもおいしい。

僕らの暮らすこの家には、今では数えきれないくらいのアメがあって。ひと粒ずつじゃとても食べきれそうになかったから、あるとき、『ねぇねぇ、ふたついっぺんに食べたらさ、味ってほとんど無限じゃない?』って気づけたんだと思う。それは僕と彼女の、どちらが先ということでもなくて。


肩に、彼女のすこし膨らんだ頬があたたかくて。ふた粒のアメが、ころころとくすぐったかった。



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