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ヴェール[掌編小説]
お母さん。
お母さんが、わたしに「頑張って」って言うときにね、いつも感じてることがあったの。ずっと言ってこなかったんだけど、なんとなく言いたくなったから、言うね。
だいじょうぶ。
だいじょうぶだよ。
お母さんがどんなに心配か、ちゃんとわたしがやってけるのかってハラハラしてるの、全部伝わってる。なんにも隠そうとしないんだね、ってちょっと思うし、まぁ、わたしも感じ取ろうとしちゃう方だから、余計に分かっちゃうのかもしれないんだけど。だいじょうぶ。わたしなりに、いっしょうけんめい考えて、一緒にいようって心から思える人を探したし、見つけたから。
……ああ、もう少しだけ話させて。まだ続きがあるの。
彼は、すごく素敵な人だよ。ほんとうに、優しいし、めったに怒らないし。そうだね、怒るのは不条理なときと、誰かに侮られたときと、蔑まれたときと……って、はは、結構あるかも。
うん。わたしよりも、まっすぐに怒るよ。絶対許さないって、何か表明するみたいに顔を真っ赤にして、怒るんだ。わたしがいつも思っても言わないことまで怒るの。まるでそれを知ってるみたいに。
最近はね、つられて、わたしも怒ることが、できるようになってきたかな、って思う。「その話、聞いていて楽しくないです」って表せるようになったし。「興味ないです」って離れられるようにもなった。いや、直接言えたりはしなくても、合わせて盛り立てるような、後から嫌な気持ちを抱え込むようなことは、避けましょう、って感じになったよ。
うーん、何の話か伝わりづらいかな。頷いて、聞いてくれて、すごく話しやすいんだけどね。
……あのさ。わたしがわたしの思ってるほんとうのことを話すときはいつも、お母さんに届いてない感じがするの。聞いてくれてるのは分かるし、ありがとうって思うんだけど、何だろうね、この感じ。お母さんは、お母さんの世界の人なんだなあ……って感覚。そういうとき、あ、遠くなった、って思うんだ。目つきもちょっと違くなる。
だからね、お母さんが教えてくれたんだよ。お母さんは、お母さん。わたしは、わたし。それから、彼は、彼だって。結婚して、いっしょに暮らすけど、ありがとうって伝えたり、許せないって怒ったりしながら、相容れないことについては、話し合っていこうと思う。
はは、うん、うん、って。……やっぱり遠いんだよなぁ。ごめんね、泣いたりするつもりはなかったんだけど、なんでだろ、あー……きついなぁ。
「今までありがとう。育ててくれて。幸せになります。」って言うとさ、ほっとしたように、お母さん、あなたのヴェールがとれるんだって分かってるけど。
言いません。
大好きだよ。
ありがとう、お母さん。
幸せじゃない!ってなったら、またそのとき、考える。
はは、がんばろ……あっ。