洋上の太極拳
毎日、朝早く、日の出前から 船尾の甲板で太極拳が行われた。たくさんの人が甲板に集まり、若い指導者の下で太極拳を楽しんだ。
太極拳の先生は、海を背にして、私たちの方を向いている。私たちは先生の姿を見ながら太極拳を見様見真似で行う。先生の後ろに海がある。船は西回りだったので、朝日が洋上から上るのが見えた。日の出を見るのが、楽しみだった。
太極拳はまだ日の出前の薄暗いうちから始まった。身体をゆっくりと動かし、静かに息を吐く、そんな動作を繰り返して行くうちに次第に空が白みだしてくる。太極拳をしながら、皆の気持ちは次第に日の出に移っていく。
朝日が上ろうとする時になると、先生は太極拳をやめて、海の方をふりかえった。そして皆と一緒に朝日が洋上から上るのを見た。朝日は瞬く間に水平線から顔を出して、勢いよく上って行く。その瞬間はそして、日が洋上に昇りきったら、再び太極拳が始まる。
メモ書きには、「6:20 太極拳の最中に日の出、船尾左舷寄りから顔を出す。またたくまに上昇、まさに日の出の勢い。顔を出したらあっと言う間に全身を現し、水平線上を昇っていく。その間数分。 晴れ、風涼」とあった。
どうして、太極拳の先生が、後ろを向きながら、日の出が分かるのかが不思議だった。後ろにも目があるのだろうか。気が全身をめぐる修業をしている人は、周りの気配を感じる能力が身についているのだろう。世の中には、言葉では学べないことがある。不思議な体験だった。