明治は遠くなりにけり
「降る雪や明治は遠くなりにけり」(中村草田男)
なぜ降る雪に明治が遠いのだろうか。調べればこうである。作者は、昭和の初期に母校を訪れることがあった。そこで校門から出てくる金ボタンの外套を身に着けた児童たちの姿を目撃した。作者が小学生だった明治の頃は、黒絣の着物に下駄履きであり、そこにしみじみと時代の流れを感じた。こうした事情を知ってはじめて、明治は遠いのである。知らなくても、詠嘆を感じる句であることは間違いないのだが。
俳句のような短い文芸作品は、生まれた途端にひとり歩きをして、作者の意図とは異なる世界が読者の中に甦えることが多い。思いを正確に表現し伝達することは難しい。これはすべての文芸作品にいえるだろう。表現された途端に作者の手を離れる。さびしさと怖さが伴う。過不足なく表現することは難しい。
2022.12.13