【ゲームレビュー】『恋と選挙とチョコレート』が好き
spriteが解散して、もう半年近く経つ。いや半年は経っていないかもしれない。そう感じるくらい僕にとっての衝撃は大きく、心を抉っていった。Aviciiの死と同じくらい、がっつりと。
ご存知でない方も多いと思うので解説しておくと、spriteというのはゲームブランドの名称だ。『蒼の彼方のフォーリズム』とかは結構売れていたような気がするし、名前だけでも聞いたことある人もいるんじゃないだろうか。
いつまでも悲しみに浸ってはいられないので、今回はそんなspriteブランドの処女作にして代表作であるギャルゲー、『恋と選挙とチョコレート』について書く。
(※元々はPCのアダルトゲームですが、今回は全年齢ポータブル移植版について記します)
・箱庭で生き、老いていく
お客様の中に閉鎖空間で生きている自覚を持っている方はいらっしゃいますでしょうか? 僕らはいくつになっても何かしら閉じた世界で生きていると言っても過言ではない。
人生は多くの場合家族という閉じた空間で始まり、少しづつその枠組みを広げながら、昔の枠組みのことを忘れながら進んでいく。人間は主観以外の観点から世界を捉えることなんてできない。そして僕らは主観で出来た小さな世界を時に『社会』と呼ぶ。
そう思っているから、僕は学校が社会の縮図であると言われることに全く疑問を覚えない。嫌が応にも関わらなければいけない同じ組織の人物。そしてそれを統括する人。その統括する人を統括する人。試験の得点や閉じた組織での地位で左右される上下関係。内部で発生する利害関係。暴行や窃盗といった犯罪行為。
時間経過によっていずれ辿り着く、ステップアップした先にあるものを、「今のうちに慣れておきましょうね」とわかりやすくお届けする体験型学習そのものが学校という組織の一面なのかもしれない。
『恋と選挙とチョコレート(以下:恋チョコ)』の舞台、私立高藤学園はまさに社会の縮図めいているということが、ゲーム開始10分くらいで語られる。
星の数ほどある部活。6000人に及ぶ全校生徒。そして、学園の方針を決定できるほど強い権力を持つ生徒会長を、何ヶ月にも渡る選挙活動の末に決定するという慣例。マニフェスト。汚職。学内差別。フェイクニュース。パワプロクンポケット10のように校内通貨こそ発行されていないが、高藤学園はまさしく民主主義社会の縮図だ。生徒が主導となって、学校という社会をより良い場所にしようとしていく。こう書くとメチャ健全な高校であるように見える。
そんな高藤学園の食品研究部に属する主人公・大島は、次期生徒会長最有力候補が自らのマニフェストに「実績のない部活の予算減額・取り潰しによる財政の健全化」を掲げていることを知る。自分が属していた食品研究部、およびそこに属する大事な仲間たちを守るために、大島は生徒会長候補へと新たに立候補し、最有力候補・東雲皐月や、姑息で狡猾な候補・辰巳茂平治に選挙という形で戦いを挑んでいく……というのが本作のあらすじであり、主なストーリーだ。(5+1人のヒロインのうち誰のルートを選んでも、大島は選挙活動を行う)
このあらすじからも分かる通り、主人公はプロローグの段階で早くも「こども」から「おとな」への変化を試みる。今まで「おとな」に支配されるままだった主人公・大島が、選挙活動を通して徐々にその「おとな」へと近づいていく過程の物語が、本作の魅力のひとつだ。
複雑に絡み合った利権問題であったり、味方か敵かで簡単に割り切れない人物との交流であったりといった「シンプルでなさ」「カオスさ」の中で主人公は成長していく。そしてその成長に伴うようにして、主人公の周りの人物や、ヒロインたちの心情も変化していく。
「こども」のままではどうしようもなかった世界が、「おとな」になっていくことでその輪郭を少しづつ変えていく。主人公・大島がブレて消えてしまいそうな答えを必死に提示し、もたらされたその視界は、いつしかヒロインたちに、世界が抱える暗闇を克服する力を与えてくれる。
『恋と選挙とチョコレート』は、そんな紛れも無いジュブナイル・ノベルだ。
・そもそも選挙が楽しい
現在もオンラインストアで買えるので(2,999円です)、もしかしたら買ってプレイしてくれる人もいるかもしれないし、折角なので選挙パートの楽しさも紹介しておこうと思う。
当たり前なのだが、当選するには票がいる。票を得るには支持してくれる生徒が必要だ。カリスマ溢れし生徒会財務部長である東雲皐月や、生徒会総務部の虎の子である辰巳茂平治に対して、食品研究部とかいうマイナーな部活で特に実績も挙げず活動していた大島にはフォロワーがいない。まずは協力してくれる部員以外のフォロワーを、マイナー部活を回ってかき集め、フォロワーが集まってきたら街頭演説で支持層を徐々に増やしていき……という過程が『恋チョコ』では丁寧に描かれる。これが楽しい。
知名度のない大島を生徒に印象づけるためのキャラ付けや、一般生徒への効果的なマニフェスト、悪しき風習への対策といった様々な問題を部員達で必死に考えていく。予備選挙や世論調査に一喜一憂し、迷い、時には仲間内でさえ対立し、自らの足を動かし、大島たちは前に進んでいく。汗を流し、必死に悩む。この選挙は彼らの青春そのものなのだ。きっとこれを読んでいる貴方もいざプレイすれば、大島たちの行く先に一喜一憂し、必死に頑張る大島たちを応援したくなる。(ルートによっては、その限りじゃないかもしれないけど)
・外野から見るワガママは愛おしくて切ない
PS版『恋チョコ』には6人のヒロインが登場し、大島が進む旅路も6通りある。そのどれもが平坦な道ではなかった。そのうちどのルートを最も好むかは個人差が出るだろうけど、僕が一番「好きだな」と感じたのは木場美冬ルートだ。
木場美冬は主人公とメインヒロインの友人であり、物腰が柔らかい感じの女の子だ。パソコンの扱いが上手く、選挙活動中の様々な局面で力強い協力者になってくれる。
こんな自他共に認めるザ・脇役みたいな子を掘り下げる、という時点で一筋縄ではいかないだろうな……という予感はしていた(彼女の口調や態度が特にそう思わせた)が、想像以上に拗れており、個人的に一番心が大変だった。
(※ここからはネタバレを含んでいるので、これからプレイする人は次の太字まで飛んだ方がいいと思います)
思春期は急激に勢力を強める自らのコンプレックスとの戦いとしての側面も持つ。木場美冬のコンプレックスは病弱であること、出席が足りず一留しており、主人公たちより一年ぶん歳上であること、そして腹に残された手術の痕だった。コンプレックスによって生まれた強い自己否定観念から、思いを寄せる人物と並び立つことを自ら否定し、代わりに自らが最も親しい人物を彼の隣に置くことで「我慢する」ことを試みる木場の立ち振る舞いは、事情を知った身からするとひたすらに痛々しい。自らそう決め、行動しておきながら、彼女は脇役に徹しきれない。思い人の隣に立つ人に振る手を、下ろしてしまう。
歪みに歪んだエゴを押し付けられる友人も、思い人も、そして押し付けた本人でさえ、幸福になりえない。「この道しかないのだ」と心を決め、細い道をゆっくり、うんざりしながら進んでいく彼女に見える世界は薄暗い。そんな彼女の暗闇に少しづつ触れていく中で、主人公である大島がひとつの決断を迫られるのが、木場美冬ルートだ。
他のヒロインたちも歪んだエゴを抱えて、自らの世界を閉ざしている。勘違いしている。世界は薄暗いのだと。うんざりするくらいだ。だけどそれを一方で僕は美しいと感じる。悩み、ぶつかり、進んでいく、その生き方を。霧の晴れた世界は、いつもより美しく見える。それは視界の先に広がる世界が常に美しいからだ。その美しさがたとえ勘違いでも、見当違いでも、それは美しい。
・完璧な作品なんかではない
ここまで解説しておいてなんなんだが、僕はこの作品のことを良作だとは思っていない。
メインヒロインである住吉千里ルートは物語の概要を知るために必要なルートだけれど、正直言ってテンポが悪い。東雲皐月ルートは主要人物らの掘り下げに不足を覚えるし、森下未散ルートは解説に尺を取られたとはいえ、選挙パートを蔑ろにしがちだったし、ヒロインの救済という面に関してロジカルさもエモーショナルさも今ひとつ足りず、少し強引だった印象がある。青海衣更ルートの主人公ははっきり言って前が見えていなすぎる部分があって不快だし、枝川希美ルートは良くも悪くも強烈な印象を残した他5人と比べると、根底に横たわる問題が若干力不足だ。一番好きだと書いた木場美冬ルートですら、正直蛇足だと思う展開があったし、オチも100点満点だとは思えない。
だが、好きなのだ。
住吉千里ルートで見せた主人公の決意はとても好きだし、東雲皐月ルートにおける主人公と皐月の関係は甘く芳醇で、なんだか一種の心地よさすらある。森下未散ルートにおける各々の思いの交錯ぶりは読んでいて切なくなるし、青海衣更ルートは終盤のまとめ方が美しい。枝川希美ルートの主人公はとっても頑張っていて、それにとてもまっすぐだった。Elements Gardenが担当したBGMはどれも雰囲気たっぷりだし、何よりメインテーマとグランドEDは今聴くと泣く。
あなたが実際にプレイして、この作品を悪く言っても僕は否定する術を持たない。その指摘が的を射ていれば頷かざるを得ない。『恋と選挙とチョコレート』は、全然完璧な作品なんかじゃないのだ。むしろ荒削りだったくらいだ。
それでも、好きだ。この作品が。素直な主人公が。拗れたヒロインたちが。
この気持ちだけは変わらないでいてくれよ、という願いを込め、この文章を記す。
(三楼丸)