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もう一度、お婆ちゃんのおしるこを飲ませてください
2011年3月10日、僕はこの日のことを忘れない。
翌日は東日本で未曾有の災害がありましたが、前日のこの日は大切な方とお別れをすることになった日ですから。
おばあちゃんが天国に行っちゃった。
学会が開催されていた松山市内の鮨屋で同僚と一献嗜んでいた時、突然胸ポケットに忍ばせてあったスマホが震えた。こんな時間に誰からだろうと手にすると、発信元は御袋。直感で良くない知らせだと悟った。
「もしもし、どうしたん」
「・・・お婆ちゃんが、、、もうダメかも」
御袋は既に声にならない。震える声からその切迫感は十分に伝わってきた。
「あんた、今どこ、、、今から来れるの?」
「今は松山。もう最終便も出ちゃったから明日の朝イチで戻るわ」
「そんなに遠くにいるの、、、分かった、じゃ無理しなくていいよ」
そこで電話は切れた。
そして、それから1時間後に妻からメールが来た。
「お婆ちゃんが亡くなりました」と。
生憎、翌日の名古屋行きの飛行機は満席。仕方ないので陸路でお婆ちゃんが眠る場所へ向かうことにした。ところが岡山に着いた時、明らかに普段とは違っていた。新幹線が全く来ない。
東日本大震災の発生だった。
ようやく来た新幹線に乗り込んでも全く発車する気配がない。結局、途中の新大阪まで6時間もかかってしまい、挙句の果てには目的地である名古屋まで辿りつけない、という知らせがアナウンスされた。仕方ないので、単身赴任先の北九州まで逆戻りすることになりました。
その夜夢を見た。
小さい頃のお婆ちゃんとの思い出。
毎週日曜になると近くの神社で開催されている朝市にお出かけするのです。小さくてちょこまかする僕をコントロールするために、今ではめっきり見かけなくなった乳母車に僕を乗せる。神社までの間、いっぱい質問する僕にひとつひとつ丁寧に答えてくれた。
「これなんていう名前の花なの」
「金魚草っていうのよ」
「ふーん」
「お婆ちゃんこの花のこと好き?」
「はぁーい、だーいすきだよ」
細くて優しい眼差しは、いつも僕を優しく包み込み、幸せってこういうことなんだって実感させてくれた。
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お婆ちゃんの家系は、戦国の浅井家の血を受け継ぐ家柄だと聞いたことがあり、僕以外の方々に対しては、ピシッとある種独特の威厳を持っていた。でも、僕がどんなに悪いことをしても決して叱らなく、いつもガミガミ口うるさい御袋との間に入ってくれた。
御袋にはめっぽう厳しかった。
その反面、僕にはハチミツ以上に甘かった。
朝市で鈴カステラを見つけると、決まって「お婆ちゃん、あれ食べたい」と我儘を言っていた。
「はいはい、お母さんには内緒ね」
「うん」
こうして毎週のように誰にも知られることなく、鈴カステラを独り占めしていたのです。
その後、家に戻ると「おしるこ」が待っている。
僕は暖かい「おしるこ」よりも、冷たい「おしるこ」が好き。だから土曜日に「おしるこ」を作りはじめ、冷蔵庫で冷やしてくれていた。朝市から戻ると、お婆ちゃんの冷たい「おしるこ」を食べるのが大好き。
冷たい「おしるこ」を頬張る僕を見て、いつも目を細くして微笑んでいたことを思い出します。「お婆ちゃんのおしるこ大好き!」が僕の口癖でした。
それから僕がお婆ちゃんの家に立ち寄る度、決まって前日から「おしるこ」を作って待っていてくれる。前日から作り出し冷蔵庫で冷やす。これを38年も続けてくれたのです。
「ばあちゃん、俺もう38歳だから」
「あれぇそうなのぉ、もう38歳なのぉ」
当時8歳だった息子の前でも、僕はお婆ちゃんの前では4歳の頃のまま。
「パパ子供みたい」と息子にも揶揄されたことがあったっけ。
お婆ちゃんには僕を含め6人の孫がいる。僕は初孫で年も一番上。
だからいつも特別扱いされていたんだ。病気をした時も、悲しいことがあった時もいつも駆けつけて来て近くにいてくれた。一緒に歌も歌ってくれた。
お日様がポカポカ当たる縁側で子猫みたいに丸くなり、静かに座っていた。
お婆ちゃんが旅立って、もう11年も経ってしまったのか。生きていれば、今年で111歳になるんだね。
お婆ちゃんが居た縁側も既に取り壊されてしまいました。
そこに行く度に今でも感じるんです。お婆ちゃんの優しい気配を。
お婆ちゃん、今年も冷たい「おしるこ」作ってくれる?
もう暫く飲んでないよ。お婆ちゃん、会いたいよぉ。
最後まで読み進めて頂きありがとうございました。
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