明けない夜はない
4年ぶりに渡る開運橋。
相変わらず北上川の流れは早く、遠くに佇む岩手山のどっしりした稜線もくっきりとして鮮やか。初夏だというのに、何処からともなく吹いてくる風は湿気もなく心地良ささえ感じてしまうほど。
コロナ感染症が再び猛威を奮い出し、今日は全国の感染者数が過去最多の18万人を超えた。人との接触を最小限に留めつつホテルに滞在しているが、ふと夕方に外へ繰り出してみると、この時刻この橋を渡る人の数は多い。
学校帰りの学生、会社帰りのOL、出張から足早に戻るサラリーマンの姿が目に付く。そんな中、人々の流れに逆行してライブ配信スタジオへと向かう自分がいる。今日は全国講演会の学術配信日です。
しばらく橋の上から川の流れを見つめていると、土手には鮮やかな花たちが咲き誇っている。こんなに綺麗な花畑なのに、行き交う人々は誰も気づいていないようだ。やがて訪れる漆黒の闇夜に、色とりどりの花たちが吸い込まれそうになっている。そんな花たちに自分を重ねてしまうのです。
「おやっ、ゆーじさん、これはこれは随分とお久しぶりですね」
そう声をかけて下さったのは、4年ぶりにお会いする大学のとある教授。今夜の講演会の主役です。
「ご無沙汰しております。4年前に一旦この分野から退きましたが、今年の4月に再び統合してリードすることになりました。少し浦島太郎状態になっていますが、もう一度しっかり勉強しますので、改めましてよろしくお願いいたします」
そう答えると、教授は満面の笑みと太くて柔らかい美声で、
「お帰りなさい、こちらこそよろしく」と歓迎してくれた。
「そうですか、もうあれから4年も経つのですねぇ、随分意見交換をしましたからねぇ。でも、あれから新薬も登場して、すっかり治療も進歩しましたよ」
首尾よく講演会の打ち合わせを終えると、既に本番の5分前と迫っていた。今日のスタジオは密を避けるために、オンエアー時も扉を開放して実施します。そうお知らせすると、教授はチラリち僕を見てコクリと頷いた。
懐かしい太くて柔らかな声。
講演内容は難解ですが、とても心地良い雰囲気だ。まるでメトロノームのようなリズムでゆっくりと時間が経過してゆく。スタジオの中には配信スタッフと同僚が一人いるだけ。しかし、この美声は確実に全国数千人の聴講者に届いている。
目を瞑り、ゆりかごの様な声に揺られ、漆黒の闇の中に吸い込まれていった北上川の花たちを思い出していた。
明けない夜はないんだねと。
また明日から頑張ろうって。
最後まで読み進めて頂きありがとうございました。🌱
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