琉球の天の川はずっと高いところで笑ってる(鹿川商店編)
岬に向かう緩やかな坂道を上っていくと、右へ逸れる道がある。その先が東崎だ。わずかばかりの駐車場には見覚えのある軽自動車がポツンと停まっている。カマキリ男の車だ。
カマキリ男とは、同じゲストハウスに宿泊するお客で、背が高くて痩せ細っている。頭が小さくてやたらと目が鋭い。だからカマキリ男と勝手に呼ぶことにしていた。
彼は宿で軽自動車を借り、僕よりも一足先に島の散策へと出かけて行ったのだが、周りを見渡してもどうしても本人の姿が見えない。
灯台周りの見晴らしは絶景、馬以外の生き物の姿はない。
カマキリは一体何処に行ってしまったのだろう。こんな時、頭を過るのは最悪の事態。
少し足が震えてる。
ポケットからスマホを取り出して電波状態を確認すると、辛うじて1本立っていた。どうしよう、誰かを呼ぶべきなのか。熊男(宿の主人)から渡された緊急時の連絡先が記された紙を取り出して電話番号を眺めていると、何処からか小さな声がする。
「すぅいましぇーん、タレかいますかぁ」
確かに微かな声が聞こえる。何処から聞こえてくるのか。
耳を澄まして聞き入っていると、どうも駐車場の横にある小さな建物の中からのようだ。
恐る恐る近づいていくと、その建物はトイレ。
すると、狭い格子の隙間から鋭い目が覗いているではないか。カマキリだ!
「どうされましたか」と声をかけてみると、
「すぅいましぇーん、トアが開きましぇんです」
話を要約すると、こうだ。
ひとり観光を楽しんでいると、急にお腹が差し込んできた。誰もいなかったので自然界に放とうと考えたようですが、どうにか気力で東崎のトイレまで辿り着いた。一目散に駆け込んだまでは良かったが、勢い余ってドアを閉めたせいか、ドアノブが壊れてしまい閉じ込められてしまったということだ。
人っ子一人いない辺境の岬灯台。随分長い間おひとり様を満喫されたことだろう。相当に疲れている様子。心細かったに違いない。
力ずくでドアをこじ開けて、カマキリの救出作戦は無事に終了。
嬉しかったのか、救出した際に両手で僕の手を強く握って感謝の意を表していた。
おいおい、その前に手を洗ってくれよな。
そう思いはしましたが、まぁ口には出せなかった。結局、後になってこっそり手を洗ったのは僕の方。
「石垣空港でソフトクリームを食べ過ぎたよ、、、」
「・・・あぁ、あの紅芋のソフトクリームですよね、僕も食べましたから。めっちゃ美味しかったでしょ?」
「美味しかったから3個食べた」
「3個?」
いくら若いとは言え、3個もアイスを食べたらそりゃお腹を下す。それとも余程のアイスクリームマニアなのか。
カマキリの話す日本語は明らかに外国人風だ。少し会話を進めると、彼は中国からの留学生で、都内の大学院へ通っているのだという。来日して以来カメラに取り憑かれ、連休を利用して与那国島までやってきたのだという。
カメラが趣味、連休を利用、おひとり様、どこかで聞いた話。
まぁ、僕の場合は連休を利用してというより、同僚に仕事を押し付けて無理やり連休にしているので厳密には違う。でも似たもの同士と言えばその通りだが。
「お昼ご飯は食べましたか、ここはお店少ない、、、みたい、、、これからなら未だ間に合うよ、早く済ませたほうが良いですね、僕はお腹痛いので」
お店少ないって、そりゃ見渡せばお店どころか他の建物さえ見えない。ここから次の小さな集落までは原付をすっ飛ばしても20分はかかりそうだ。確かに朝からアイスクリーム以外は何も口にしてい。そう思うと途端に腹が減ってきた。
「僕はお腹痛いので」
分かったよ、そんなこと聞いてないし。それとも誘ってるのか?
「ありがとう、お店探してみます!」と感謝して、僕は早々にここを離れて集落へと向かった。
ん?待てよ、どうして僕が感謝しているのか。
感謝するのはカマキリの方なんだけどなぁ。
海からの横風を受けながら原付は颯爽と海岸沿いの道を進む。道の両脇には美味しそうに草を頬張る馬たちの群れと、風に乗ってグライダー気分を楽しむ海鳥たち以外誰もいない。
急斜面に佇む墓地をすり抜け、25分くらいの単独走行。
結局、集落に着くまですれ違う車もなかった。小さな漁港には数名の子供たちが遊んでいたが、人気は本当に少ない。
島の地図を頼りに飲食店らしいお店を巡るも、何処もかしこも悉く準備中の看板が立っている。もうとっくにお昼時間を過ぎているんだ。14時35分を刻む時計が目の入った時、振り子時計のように”ぐぅ”とお腹がなった。
原付を更にかっ飛ばし、ゲストハウスのある集落へと戻ってきた。時刻は15時を少し回っている。この辺りのお店も、お決まりの「準備中」の看板が立てかけられている。”ふぅ〜”困ったものだ。
割と急で細い坂道を上ったところに、鹿川商店なる看板が目に入った。恐らくこの島のコンビニのような存在なんだろうが、僕の知っている都会のコンビニではない。40年くらい前には全国いたるところで目にした、どことなく懐かしいさを感じる佇まい。鹿川商店。
原付を店の横に停めてヘルメットを前かごに放り込む。お店には駐車場なんてあるはずもなく、坂道に無理やり停める格好になっている。
店に入ると若い店員さんが座ってる。本当に座っているだけで挨拶も何もない。店内に並ぶ商品は生活色に溢れ、所謂コンビニのラインナップとは違う。初期品売り場はごく限られたスペースしかなく、菓子パンと鹿川商店製のおにぎりが陳列してあるだけだ。
上原ベーカリーのバターロールと鹿川商店製のおにぎり。それとさんぴん茶をカゴに放り込み会計を済ませる。
「与那国島まできて菓子パンとおにぎりかぁ。まぁ仕方ないな」
つい独り言を言ってしまう。
「ここは何時まで営業されていますか?」
ポニーテールの若い店員はニコリともせず「午後7時までです」と答える。
もしかしたら”観光客に愛想良くするな!!”みたいな島の教えがあるのかもしれない。
西崎の見える港に原付を停めて菓子パンに齧り付いた。アライグマ男はどうしたのかな。まだ西崎にいるのだろうか。まさかね。
相変わらず港には人気がなく、ただ野良猫が何か言いたげそうな顔で僕を見ていた。
次回につづく。
最後まで読み進めて頂きありがとうございました。🍀
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