題名『再会』

題名
『再会』
(隠しテーマ・耳を澄ますと)



 耳を澄ますと、サクッ、サクッ、カカカ、カカカ、まな板の上で包丁がリズムを奏でる音がした。


 俺はベッドでまどろみ、夢と現実のブランコに乗り、まぶたを開けることを必死に我慢していた。布団を引き寄せ頭まで覆い、寝ている部屋と扉1つで区切られた台所の様子を想像した。

 お母さんが朝食を作っているのかな、キャベツの千切りとソーセージと目玉焼きかな、半熟がいいけどお母さんはいつも焼き過ぎるんだよなぁ。


「そろそろ起きなくていいのー!」

 ん?、あれは姉の声だ。

 いつもは我が家で一番の寝坊助なのに珍しい。

 もしかしたら彼氏に会うのかな、そういえば最近できた彼氏にお弁当を作りたいって言っていたなぁ。

「学校、今日は夏休みの登校日でしょ?」
「遅刻するよー!」

 あーあ、姉はうるさい。お母さんなら優しく起こしてくれるのに。
 そうか、今は夏休みで、今日は登校日だった。持っていく宿題をまだやっていない。忘れたことにして持っていくのをやめよう。でも、そろそろ起きないとヤバイかな。

 俺は大きく伸びをして、布団から頭を出して大きく空気を吸った。そして、ゆっくりとまぶたを開いた。

 そうした…つもりだった。


 そこは病院の集中治療室のベッドだった。


 そうか、俺は97歳の老人で自宅で意識をなくしたんだった。まだ意識があるうちに救急車だけは呼んでいたっけ。


 俺は一人暮らしの独居老人。もしかしたら孤独死していたかもしれないなぁ。
 あとから死臭で臭いって隣近所から大家に苦情が入って見つかる展開だったかもしれないなぁ。


 両親は40年前に亡くなっている。

 姉も10年以上前に亡くなっている。

 それでも姉の声はまだ覚えていた。両親の声は忘れて思い出せなかったんだ。そのことが悲しくて涙が溢れてきた。


 俺が中学生で姉が高校生だった夏休みの思い出が、生死を彷徨っている時になぜ現れたんだろう。


 俺にはいろんな管や機械が繋がれていた。

 その中に、サクッ、カカカと音がする機械があった。あれは何だ?…分からないけど、あの音が台所に立つお母さんを連想させたんだろう。


 助かったのか、これから死ぬのかも分からないが、97歳でも俺は夢の中では中学生に戻っていた。

 そうだ、心は歳をとらない。

 年齢とは自覚と意識の世界なので、それを忘れたら子供になることも簡単なようだ。


 今は八月、夏休みの時期だ。
 もうすぐ、24時間テレビもあるだろう。


 まぶたが重くなってきた。
 また眠ったら子供に戻れるのかなぁ。今度はなんとか、お母さんの声と顔が見たい。


 再会が天国じゃないことを俺はまだ、強く願っていた。

 97歳でも、まだ生きたいんだ!




【終わり】





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