物語『不思議なつながり』
題名
『不思議なつながり』
(裏テーマ・後悔)
【この作品は、2600文字あります】
昔、テレビドラマで主人公の先生が生徒に言っていた。
「後悔しているのか!
中途半端に努力もしないでダラダラ生きているからだ。
一生懸命に生きてみろ、後悔しない人生にしてみろ!」
先生も生徒も泣いていた。つられて私も泣いた。
そして思った。
私は努力をしないから、いつも後悔して辛いのかなぁってね。
だから私は全力で介護した。
祖父母に両親と私の人生は介護だらけ。
そして、みんな死んじゃった。
私は今なぜだか後悔だらけです。
なんで?
一生懸命に努力して生きてなかったって言うの?
気づけば私ももう年金をもらえそうな歳になってる。
今はパートをして暮らしてる。
生活が苦しい。
何もない虚しい人生だわ。
介護ばかりで本当に何もない人生になっちゃった。
もちろん若い頃は恋もした。結婚を考えた人もいた。でも後悔したくなかったから家族を選んだ。
それを本当は後悔しているのかもしれない。
実はヘルパーの資格があったので年齢は気になったけど訪問介護の仕事に思い切って先日、応募した。
そしたら採用された。
長い家族の介護をしてきたので経験が活かせるとも思ったからだ。年齢からくる疲れは心配したけれど、後悔したくなかった。
そこでの経験は新鮮だった。
主には自宅で療養してる利用者さんを清潔にしてあげることが多いのですが、いろんな家に行くといろんな家庭があることが分かる。何も事件?のない家はなかった。
特に利用者さんがボケていないと淋しさから、いろいろな家庭の秘密を教えてくれました。それはけっこう面白かった。大抵は家族の悪口だったけどね。
私の家族も私のいない所では私の悪口をいっぱい言っていたんだろうなぁって、なんとなく思った。いや確信してる、絶対に言っていた。笑
ある裕福そうな家の高泉繁子さんという高齢の女性は余命が少なかった。それでもご主人の悪口は辛辣だった。
ご主人の認知が進み、そういう方の多い施設にご主人を今は、その高泉繁子さんに言わせれば無理やり押し込んでいるらしい。
高泉ご夫妻だけど、何年か前に、どうも写真が原因で大喧嘩をしたらしい。結婚生活最大の夫婦喧嘩をしたらしい。
ご主人がひどくボケるまえで認知症がわかってからすぐの頃、ある昔の1枚の写真ばかり見てるから、やっぱりどうしてもその写真が気になって、その写真を見せてって頼んでも見せてくれなかったと言う。いつもは従順なご主人が頑なに嫌がるのでそれまでは一度も疑ったことがなかったけれど浮気を連想するようになったらしい。あやしい!と。
腹が立って、捨ててやろろうと思って、ご主人が病院への通院で留守の日に必死に探したことがあって、そしたらご主人が予想より早く帰宅して見つかってしまい、夫婦になって初めて大声で怒られて頬まで叩かれたそうで、それから数年立った今でも怒りが収まらないと言っていました。
お嫁さんがあとでこっそり教えてくれたのは、その写真は義母と結婚する前の義父が、当時付き合っていた恋人との写真だったみたいです。浮気ではないけれど妻に見せられる写真ではありません。特に嫉妬深かった妻には見せられない。
認知症ですべて忘れると思った時に妻には悪いけれど、どうしても忘れたくないと思うのは写真の頃の自分だったようで、本当に自由で夢だけを追っていられた時間。何の責任も無く、未来が永遠に感じられた頃の自分。
それと、そんな自分のために身を引いてくれた女性。
今でも自分勝手だったと後悔していることがあるから、それを忘れてしまうのが怖いと言うか申し訳ないと言っていたらしい。
でも義母との結婚生活はとても幸せだったので、義母と結婚した自分の人生に何ひとつ後悔はないって言っていたらしい。
そして教えてもらって初めて気づいた。
義父はこの家の婿養子で、だから義母がこの家で一番威張っていることもお嫁さんから聞いた。
ある日、訪問介護の新人の成瀬をその利用者さんに紹介したら、またご主人の悪口になり、ご主人の旧姓が「成瀬翔琉」なるせかける…だと、
そう、教えてもらった。
な、る、せ、か、け、る。
私は冷静さを保ちながら、その後も介護の仕事を続けた。
それから3ヶ月後にその高齢の女性は亡くなられた。
それから半年後に私は別の施設で働くことになっていた。
認知症の方を多く面倒見てる施設です。
その中に認知症がかなり進んだ高齢の男性がいた。いつも写真を持っていて離さないのでスタッフがとても困っていた。
「ねぇ、写真を見せてー、素敵な女性ね」
「はい」
嬉しそうにニヤリと笑った。
「お名前は?」
「たかいずみ、しげこちゃん!」
大きな声で言ったあと首を大きくひねった。
あれ?って顔をして。
「白川冬美じゃない?」
私が耳元でそっとそう聞くと、
嬉しそうにコクリとうなづいた。
まるで少年のようにはにかんだ。
「好きだったの?」
私が少し、からかうようにそう聞いたら、
少年のように照れて、頭を搔いていた。
「ねぇ、私の顔に似てない?」
私が顔を覗いて聞いたら、
「似てない、似てない」
初めはそう言って笑っていたけれど、急に笑顔が消えて、じっと私の顔を覗き込む仕草をした。
そして、急に泣き出した。
先輩のスタッフが私を見つけて大声で言った。
「紹介するの忘れていたけれど、あそこに立っているのが、今日から此処で働くことになった新人の白川雪乃さんです。みなさん優しくしてあげてねー。
それから白川、そばにいるんなら高泉翔琉さんはこれから入浴だからお風呂の方に連れてってくれる?」
「はーい!」
そう、私たちは、私が母のお腹にいた頃から数十年が過ぎて再会した。ちゃんとした対面では初めて会ったことになる。
父娘である。
まさか、父が結婚した相手の最期を私が介護するなんて、運命の皮肉にあの日は驚いた。
私は父の顔も知らなかったのに、父の愛した女性を二人も見送った。
看取った。
なんて人生なんだろう。
いっぱい後悔はある。
でも、私は頑張って懸命に生きた。
それに後悔はない。
それに、後悔はあってもやり直したいとは思わない。
ただひとつ。
後悔すると思う…生き方だけは選択したくない。
これからは。
だから、
あなたのそばにいたかった。
「おとうさん」
【終わり】