題名『頭の中心で愛を叫ぶ男』
題名
『頭の中心で愛を叫ぶ男』
(裏テーマ・愛を叫ぶ)
「病院、おつかれー。てか、ガタイ大きいのに弱いよねぇ、昔から」
「うるせぇ、おまえは健康だけが自慢だもんな」
「ねぇねぇねぇ、明日の創作大会の課題見た?」
「見た見た見た、愛を叫ぶ!だってさ」
「昔、セカチューって小説?映画?があったんじゃなかった?」
「なにそれ?」
「世界の中心で愛を叫ぶ、親に聞いたことない?、知らない?」
「知らない」
「初恋の彼女が白血病で死んじゃうヤツ」
「マジか、」
私たちの悲しみの始まりはあのLINEのやり取りからだったね。
本とは違って、男のあなたが白血病になるなんて1グラムも想像していなかった。
でも、あの日に病院で宣告を受けたあなたが「マジか」って驚いたのは理解できるし、あとから知って悪かったな…と、思った。
そういえば私が学校の授業の内容を書いたノートを持ってあなたが入院している病院へ行ったときのこと。
ちょうど三階のあなたの病室の下を歩いていて、病院の入り口に向かっている途中、急に真上からあなたの声に呼び止められて、
「はづき、あいしてまーす!」
突然に大声で告白してきたね。
私は恥ずかしくて恥ずかしくて思わず逃亡犯みたいに顔を隠してしゃがんじゃったよ。
「こんな僕ですが、彼女になってくださーい!」
もう、素早く、両腕で大きくマルを作ってから、私は入り口へ向かって走った。
あのあと大変だったんだよ。看護師さんも病院の先生も会う患者さんまでみんながおめでとうって言ってきたんだよ。
彼はその日から病院では、愛を叫ぶ男として有名になった。
見た目は元気だし、お医者さんもあなたのお母さんも元気だと言うから私はすっかりだまされた。
あなたがみんなに頼んでいたらしいね。
航太(こうた)とは家も近くて幼稚園から高校まで同じという腐れ縁ってやつかな。
小学校の低学年までは結婚も何度も約束した仲だったけれど、男女が仲良いと冷やかすクラスメートもいたから、少し距離をとった時期が続いていた。
本当に昔みたいな友だちとして付き合い出したのは高校に入ってからだと思う。同じ高校を目指した頃からなんとなくお互いの気持ちは感じてはいた。それに小学生のとき離れて、めちゃくちゃ後悔していたんだ。あんな思いはしたくなかった。取り戻したかった。
航太も同じだったから?かな、特に入院してから愛情表現がオーバーになっていったように思う。
会うたびに叫ぶんだよ。
「愛してまーす!」って。笑
本当に愛を叫ぶ男だよ。
あれは五月だった。暑い日だった。
学校帰りに病院に行ったら、片づけられた空のベッド。
ぴんと張ったシーツの白さが怖かった。
看護師さんに聞くのが怖かった。
そのとき、ナースステーションから出てきた看護師さんと目が合った。その急に曇る表情を見たら、ずっと怯えていたことだから分かってしまう。わかっちゃうよ。
私は絶叫して座り込んで泣き続けた。入院している患者さんが集まるくらい、泣き続けた。
どうしても苦しんで死ぬ姿を私に見せたくないと言っていたらしい。あの小説の主人公のように心の傷にはなってほしくなかったらしい。あの小説をあれから読んだんだね。
でも、わがままかもしれないけど、矛盾するけれど、後悔がないくらい私に愛をぜんぶあげたいって言っていたらしい。
そして自分を思い出すときは、苦しい悲しい顔じゃなく、明るくて笑顔で愛を叫んでる顔がいいって言っていたらしい。
そのために会うときは愛を叫び続けるとも言っていたらしい。
葬式の日は、小雨が降っていた。
クラスメートも全員が来ていた。
遺影も笑顏だった。
棺の中の彼を見ても、葬儀の間も、私は泣かなかった。
なんだか実感がなくて、信じられなくて、泣けなくなっていた。
1週間後。
1ヶ月後。
半年後。
1年後。
私は遠い大学に通っていた。
少しでもあの町から離れたかった。
あれから、まだ泣けない。
泣いたら、夢が本当になってしまいそうで怖かった。
今でもときどき聴こえるの。
私の頭の中心で、愛を叫んでる男がいるの。
航太は、生きている。
今も。絶対に。
【終わり】