題名『八月』
題名
『八月』
(テーマ・子供のままで)
あれは去年の八月でした。
私は母方の実家がある田舎に2週間も一人で泊まりに行った。
大学にも行かず就職もせず恋人も作らず、小遣い稼ぎにバイトをするぐらいのダラダラした生活をしてたら何年か過ぎていた。
大学に行った友達は就活で忙しい時期だったのかな。
私はごく僅かな友達としか連絡を取らず、その友達ともしだいに疎遠になっていた。
そう、私の中で何かが止まっていた。
何かが壊れていた。
子供じゃないけど大人として生きるのも息苦しくて、夢や仕事に情熱を燃やすのは恥ずかしかった。
恋に逃げたい気持ちはあった。
バイト先で素敵な年上の男性から告白されたこともある。
でも、めちゃくちゃ依存してしまいそうで怖かった。その人だけが生き甲斐になったら執着して、捨てられそうになったら殺してしまうかもしれないと思った。怖くなった。
それぐらい私はおかしかった。
最初に勧めたのは母だった。
そして祖母がゆっくり話をしようって誘ってくれた。
実家は海に近くて、泳ぐことも貝掘りも花火もバーベキューもキャンプも出来るからやりたいことがあったら教えてくれって言われたけど、話だけでいいって返事した。
とても暑い夏だった。
祖父母と母の兄夫婦が住んでいる家。
年上の従兄弟のお兄ちゃんは都会の会社に勤めていて今は一人暮らしをしていた。
私は毎晩祖母と、シロップと牛乳多めのアイスコーヒーを飲みながら朝まで話をした。夜明け前から寝て、昼前に起きた。
「子供のままでいたい気持ちが、どこかにあるのかねぇ」
祖母は独り言のようにそう言った。
「子供に戻りたいとは思ってないよ」
私はそう反論した。
そうだ、そんなことじゃない。
子供の頃は夢見る少女で、魔法使いにもなりたかったし、アイドル歌手に憧れたこともあったし、オリンピックで金メダルを取る夢まで見てた。すべて無理なことに気づいていった。
気づいてからは、なりたいものじゃなく、なれそうなものを探した。そして未来を想像したら簡単にお婆さんになって死ぬ瞬間まで想像出来ちゃった。
どんな選択をしても変わらない平凡な一生。それを考えると、私の人生はもう終わってしまったように感じて虚しくなった。それ以来何をやっても意味がないように思えて力が入らなくなってしまったんだ。
そんな私の話をずっと黙って聞いていた祖母は、ひとつ大きなため息をついてから話し始めた。
「何もない平凡な暮らし。私の人生はそうかもしれない。まぁ他人から見ればね。でも違うんだよ、人は一生懸命生きてたら意外と波瀾万丈なんだよ。みんな悩んで苦しんで生きてるからね。内面はドロドロだよ、他人には見せないけどね。……それに未来は想像できそうで一筋縄じゃいかないんだよ。ハプニングが多くてねぇ。私もおまえと同じように思ったこともある。でも生きてみたら別世界に迷い込んだみたいさ。未来ってびっくりするほど行けば違う世界だと分かるんだよ。人との縁を大事にして頑張って生きてごらんよ。おまえにはこれから新しい扉が目の前にいっぱい現れると思う。片っ端から開いてゆくのも楽しいと思うよ」
祖母はそう言って、アイスコーヒーのおかわりを入れに立った。
私は母の実家から帰ると、毎朝ジョギングを始めた。
いまだにバイト暮らしだけど、自分の思いを素直に書いてSNSなどに投稿し始めた。
想像して、あきらめるんじゃなくて、あらがって生きたかったんだ私は。あの八月の祖母との会話で私はそれに気づいた。
その一歩を踏み出す勇気がなかったんだ。
いろんなものを捨てて、時間も無駄にしたけど、それが私には必要な時間だったと今は思っている。
これからはいろんなことにチャレンジしたい。
専門学校に行くことも最近は少し考え出している。
それから小説も書き始めた。
私の、人生が動き始めた。
【終わり】
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