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水道事業の「民営化」という言葉に不安を覚える方々へ

はじめに

 私は宮城県内の民間企業において、排水設備工事に携わっている。
 給排水衛生設備の新設・改造工事については、すべて水道局において承認手続きを経た上で施工している。
 この仕事についたのは令和4年4月1日よりも前のことだが、令和4年3月31日までと、令和4年4月1日以降で何か手続きが変わったかといえば、そんなことは無い。
 水道局で承認を得て、法律や施行規則に定められた基準を守り施工している。
 しかしながら、ツイッター上では今も「仙台市(宮城県)の水道は危険!」「水道民営化反対!」という声を聞くことがある。
 これまでは個別に反論してきたが、正しい情報のリンク先等を個別に紹介することも若干面倒になってきたのが正直なところである。
 そのため、今回はこれまでの経緯や現在の法令、自分なりに調べてみたこと等をまとめて紹介したいと思う。

 

1.宮城県の水道事業について

 令和4年4月1日から、宮城県の水道事業について新たな運営方式が導入されている。
 正式名称は
「宮城県上工下水一体官民連携運営事業(みやぎ型管理運営方式)」

 まずは、この事業について、宮城県のホームページを引用しながらあらためて確認したい。

【概要】
 宮城県企業局では、給水収益が減少する一方で送水管等の更新需要が増大するなど、厳しさを増す経営環境においても持続可能な水道経営を確立するため、「官民連携」により民の力を最大限活用した「宮城県上工下水一体官民連携運営事業」(みやぎ型管理運営方式)を令和4年4月1日から始めました。

宮城県ホームページより引用


 ここで言われている「厳しさを増す経営環境」については、令和元年9月2日付の「宮城県上工下水一体官民連携運営事業(みやぎ型管理運営方式)実施方針(素案)」において説明されている。

【導入の背景】
 ひとつは、人口減少社会の進展により、今後、水道用水供給事業では供給水量の減少、流域下水道事業では処理水量の減少が見込まれ、長期的には、水道料金や負担金水準の維持が困難な状況になることが想定される。
 また、水道用水供給事業及び工業用水道事業では、今後 20~30 年先には管路の本格的な更新が始まるほか、流域下水道事業についても、同様に設備及び管路の大規模な更新需要が見込まれている。
 加えて、県職員数の減少により、専門的な技術や経験の維持、蓄積、継承等が課題として挙げられている。

宮城県ホームページより引用



これを読むと、導入の理由として

・人口減少への対応
・管路の老朽化に伴う更新需要への対応
・職員減少への対応

があったことが分かる。

 では、具体的にはどのような運営方式なのか。
 こちらも宮城県ホームページ内に記載されているのだが、説明資料があまりに細かく具体的で膨大なため、ここでは分かり易く要約されているQ&Aのページからの引用にとどめさせていただく(興味のある方は是非全文をお読みいただきたい)。

【Q&Aより】
 コンセッション方式(公共施設等運営権を活用したPFI事業方式)とは、利用料金の徴収を行う公共施設等について、施設の所有権を公共主体が有したまま、当該施設の運営等を行う権利を民間事業者に設定する事業方式です。平成23年の「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律(以下,「PFI法」という。)」改正により導入されました。
 民間事業者による自由度の高い事業運営を可能とすることにより、民間事業者の創意工夫が生かされ、既存インフラの価値が高まり、公共施設等の管理者、民間事業者、利用者の三者にとってそれぞれ有益なものとなることが期待されています。
 既存の施設においても新設の施設においても設定することが可能です。

(中略)

 コンセッション方式を活用する「みやぎ型管理運営方式」は、これまでどおり県が最終責任を持ちつつ、運転管理と設備更新という事業の一部を民間事業者に委ねることになりますので、完全民営化とは決定的に異なり、さらに民間ノウハウも十分に活用することができます。なお、民間に委ねることについて、心配の声が聞こえますが、県では浄水場の運転など水の製造工程に関する業務を平成2年から既に30年近く民間事業者に委託しており、現在では工業用水道、下水道も含め100%となっています
 この場合も、県が定める基準に基づき、適正に業務を行うことで公正性をしっかりと維持しながら、安全・安心な水の安定的供給に努めているところです。
 また、運営権者が収受する利用料金については、県が運営を継続した場合の費用に一定の削減率を掛けた額を上限として、経営の効率化やコスト削減を図ることにより、どの程度費用(料金)を抑えて運営できるかの提案を受けることにしており、県が現状のまま運営した場合と比較し、料金が抑えられる仕組みとなっています。
 県は、民間事業者から提案された費用を重要な要素として総合的に判断し、運営権者を選定することにしております。
 また、料金の改定については、5年に1回見直すこととしておりますが、運営権者が収受する利用料金は契約水量や物価の変動等に限定して見直すなど、自治体・住民に不利益とならないルールをあらかじめ定め,厳格に運用することとしております。

「みやぎ型管理運営方式 『Q&A』(R1.11.18付)」より引用


ここまでの資料から

・所有権の売却はしていない(完全民営化ではない)
・管理運営事業の一部を民間委託するが、最終責任はこれまでと変わらず県が持っている
・そもそも水道事業は平成2年から既に30年近く民間事業者に一部委託済
・運営権者が収受する利用料金が自治体・住民に不利益にならないようルール設定済

ということが確認できる。

 尚、上記資料は隠されたものでもなんでもなく、現在も宮城県のホームページで誰でも読むことが出来る。
 繰り返しになるが、引用では信用出来ないという方がいらっしゃるのであれば、宮城県のホームページにアクセスいただき、是非とも全文をお読みいただきたい。

2.水道水の水質基準は法律で定められている


 では、宮城県のような方式ではなく「完全民営化」された場合には、水道の安全が確保されなくなるのか?
 結論から言えば、現状では、答えはNOである。
 何故なら、そもそも水道の管理については「水道法」という「法律」において、「国及び地方公共団体」が必要な施策を講じるよう定められているからである。

第2条【責務】
1 国及び地方公共団体は、水道が国民の日常生活に直結し、その健康を守るために欠くことのできないものであり、かつ、水が貴重な資源であることにかんがみ、水源及び水道施設並びにこれらの周辺の清潔保持並びに水の適正かつ合理的な使用に関し必要な施策を講じなければならない。

第2条の2
1 地方公共団体は、当該地域の自然的社会的諸条件に応じて、水道の計画的整備に関する施策を策定し、及びこれを実施するとともに、水道事業及び水道用水供給事業を経営するに当たつては、その適正かつ能率的な運営に努めなければならない。
2 国は、水源の開発その他の水道の整備に関する基本的かつ総合的な施策を策定し、及びこれを推進するとともに、地方公共団体並びに水道事業者及び水道用水供給事業者に対し、必要な技術的及び財政的援助を行うよう努めなければならない。

(「水道法」より引用)

 

 この法律が変わらない限り、事業が民間に委託されようと施設が民間管理になろうとも、国及び地方公共団体の「責務」は変わらない。

 今回、この記事を書くにあたりnoteにおける水道民営化についての記事をいくつか確認したのだが、その中で「あおと」さんという方が民営化により「利益が優先される=「安心安全な水」より利益の出る「水」が作られてしまう可能性がある。」とおっしゃっているのを拝見した。

 しかし、法律が変わらない限り、こうした可能性は無いと言える。
 現に、先ほど引用した宮城県のケースでも、民間委託先が過度な利益を得ることがないよう事前にしっかりと定められている。
 「民営化」という言葉に不必要な不安を覚える方には、安心していただきたい。

3.「水道の塩素濃度には上限が無いので危険」という嘘


 日本における最初の近代水道は、明治20(1887)年に給水開始した横浜水道である。
 明治時代以降の日本では、コレラなどの水系感染症を予防するため、圧力配管による衛生的な近代水道の必要性が高まったことから設置されたことが知られている(このあたりは歴史の教科書でも取り上げられているので、覚えている方も多いことと思う。)
 しかしながら、この時の水道水はまだ現在のような塩素消毒はされておらず、100%安全とは言えないものであった。
 コレラや赤痢、腸チフス等の水系感染症や病原菌大腸菌の感染予防に塩素が有効であることが分かり、日本においても水道水の塩素消毒が開始されたのは、大正時代になってからである。
 現在では水道法第22条において、衛生確保のため塩素消毒を行うことが定められている。水道水の安全性を確保するためには、水道布設工事においては水道の本管から給水栓(各建物・家庭の水道の蛇口)まで一定濃度の塩素が残っているように施工しなければならない。誤解されている方もいるようだが、「水を消毒した塩素が残ってしまっている」のではなく、安全のために「蛇口をひねった時に出てくる水」にまで塩素が残るように施工しているのである。勿論、健康に害が無い範囲で
 良く言われる「残留塩素濃度」とは、この「蛇口をひねった時に出てくる水」に残っている「塩素」の濃さのことである。

 この残留塩素濃度は、水道法施行規則第17条第3項において、以下のように定められている。

第17条第3項
 給水栓における水が、遊離残留塩素を0.1mg/L(結合残留塩素の場合は0.4mg/L)以上保持するように塩素消毒をすること。ただし、供給する水が病原生物に著しく汚染されるおそれがある場合又は病原生物に汚染されたことを疑わせるような生物若しくは物質を多量に含むおそれがある場合の給水栓における水の遊離残留塩素は、0.2mg/L(結合残留塩素の場合は1.5mg/L)以上とする。

(「水道法施行規則」より引用)


 この法律の文面を基に、「上限が記載されていない=水道水には塩素が多量に使用されており危険である」といった発想をされる方もいるようだが、実際には各自治体(水道局)において、水質管理上留意すべき項目として、上限の目標値が1mg/L以下に設定されている。
 ちなみに仙台市でも1mg/L以下を基準値に設定しており、水道の水源や施設、水質管理体制とあわせて水質検査結果についても仙台市水道局のホームページ上で毎年掲載されている。興味のある方は是非ご覧いただきたい。



 ここまで説明してきた事実をご理解いただければ、
「水道水の塩素量には上限が無い」
という意見は誤りである
ことも、ご理解いただけると思う。
 厳しい言い方をすれば、デマである。

 敢えてリンクは貼らないが、現在、浄水器やウォーターサーバーを取扱う企業のホームページにおいても、こうしたデマが記載されているものが散見される。
 勿論、安全性と美味しさは別である。
 水源そのものの水質によっては、各水質基準を満たしていても、それが「水の美味しさ」とは一致していない現状があるだろう。
 また、屋内配管についてはあくまで所有者にその維持管理がゆだねられていることから、現在のような使用材料の基準が定められる以前の建築物であれば、配管の老朽化も考えられる。美味しい水のために浄水器を設置するのは、個人の判断である。
 ウォーターサーバーについても、災害時への備えとして設置している企業や個人は周囲にも多く、必要かつ便利なものであると認識している。
 美味しい水を提供する浄水器、安心を提供するウォーターサーバーは、現代において、否定されるべきではないと思う。


 だが、いや、だからこそ、各企業にはデマで水道を貶めて売り上げにつなげようとするのではなく、商品そのものの良さを伝えていただきたいと思う。


さいごに


 法令や自治体作成の資料が多く恐縮ではあるが、ここまで、出来るだけ分かり易く書いたつもりである。
 水道「民営化」という言葉に不安を覚える方々に、この文章が伝わればうれしく思う。
 今この時も、各地の水道局や関連施設では、自治体職員の方々やその委託を受けた方々が、法令を守りながら水の安全を維持管理し続けている。
 これ以上、事実に基づかない記事や憶測でしかない言葉が拡散され、水道水や水道事業に対して不必要な不安が広まることのないよう、末端で働く者の一人として切に願っている。

 


2023.3.4追記
 引用およびリンク先の表示を見やすく修正しました。


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