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月桂冠の魔法少女 #7 渾沌の森(後編) chaos silva

注意点
・以下に登場する人名、地名、団体などは実在のものと一切関係がありません。
・作者の経験不足により、魔法少女よりも特撮のノリになる恐れがあります。
・歴史上の人物をモチーフにしたようなキャラクターが出てきますが、独自解釈や作者の意図などで性格が歪められている可能性があります。
・作者がラテン語初学者のため、正確な訳は保証できかねます。
・強めの思想が出てくるかもしれませんが、作者はキャラクター達の思想を「全面的に」支持しているわけではありません。

前回までのあらすじ

 魔法使い見習いとして人生初のバイトに挑む晴人は、オクタウィアナに連れられ、魔法少女たちの拠点に移動。そこは古代地中海式の柱や凱旋門が立ち並ぶ空間だった。晴人はアグリハルス(略称:ハル)という名前を与えられ、二人の魔法少女、ディオクレティアナ(ディア)、マルカ・アウレリアのもとで特訓を行う。一方ウィアナは上院セナからカエサらしき人影が「トイトブルク」と呼ばれる森に入ったという目撃情報を聞き、指令を無視してカエサを探しにゆく。
 そんなところで第7話スタート!

#7 渾沌の森 chaos silva(後編)

 「ポー…」
 占卜鳥のアウグルは後悔していた。エサを増やすというウィアナからの提案に喜び、ハルたちが特訓中のコロッセウムへとノリノリでウィアナのスマホを運んできたわけだが…、あとでセナにばれるとエサどころか命が危ないかもしれない…。
 しかし今さらどうにもならないので、コロッセウムの端、観覧席より少し高いそこで、静かにたたずんでいた。
「ポー!」
 突然、アウグルは何かを察知する。スマホを足元に置き、飛び立った。

 「よし、一旦休憩にするか。」
 ハルがライオンに追い回され早1時間、ディアが呼びかける。
「レディス(戻れ)!お疲れ様っス。」
 アウレリアが唱えると、ライオンは消えた。
 ハルは息を切らし、その場に倒れこむ。
「ライオンが手加減していたとはいえ、よく逃げ切ったな。」
(やっぱり本気じゃなかったのか…)
 だからこそ助かったような、なめられて悔しいような、いろんなことを考えていたが、
「でも、魔法は成功しなかったっスね。」
「うん…。」
 ハルは魔法使いとしての無力感を覚えていた。変身して格好が変わったからといって、すぐにいろんな魔法を使いこなせるわけではないのだ。和也と戦ったときのでっかい火だるまはまぐれだったのだろうか。
「ま、ドンマイだ。続けてればいつかできるようになんだろ。」
「そうっス。初日にしては上出来っスよ。」
 二人は笑顔で語りかける。
「ありがとう…ございます。」
(よかった…。職場の先輩が優しい…。俺、このバイトやっていけそうだよ…)
 安堵して、心の中で誰に向けてでもなく語りかけたのも束の間…ピン…とスマホの着信音が鳴った。
「「!!」」
 ディアとアウレリアが何かに気づく。
「どうしたんですか…。」
「バルバリアだ。アウグルが見つけた。」
「渾沌の力で、街を襲ってるっス!」
「すぐに出動だな。」
「…!」
 咄嗟に、ハルはリゲル通りで出会った暴漢を思い出す。自分に襲い掛かってきたあの男、ウィアナの攻撃で心の「秩序」を失い、無気力になったあの男…
 自分自身も経験があるため、ハルの心残りとなっていた。
「俺も行きます!」
「ダメだ。」
 ディアにあっさりと断られる。
「俺は…カエサさんのように…」
「話はウィアナさんから聞いてるっス。ハルさんは…どんな悪人でも、心の秩序を壊して無力化するより、その人に向き合って、渾沌の力から救ってあげたいんスよね。」
「そう…です。」
「俺たちもセナも、同じ気持ちだ。でも、相手がダチならともかく、見ず知らずのヤツらに、そうするのは簡単じゃねぇ…、かといって放置してたら、街の人たちが、世界の秩序が壊れかねねぇ…。バルバリア一人と社会の秩序、お前ならどっちを選ぶ。」
「俺はどっちも選ぶ!」
 ハルは身を乗り出し、ディアに主張する。
「ハルさん…むっ…」
 アウレリアが口を膨らませる。何か言いたい様子だ。
「まぁ待てアウレリア。」
 ディアがアウレリアを押さえつけた。
「俺たちの前で大見得を切るその気概、嫌いじゃねぇ。ただよ…今のままじゃただの自分勝手だ。」
「だから何ですか。」
「…自分勝手が悪いわけじゃねぇ。けど、それを突き通すには、相応の力が要る。」
「何が言いたい…」
「今のお前じゃ、足手まとい、ってことだ。夢は強くなった時に取っとけ。」
「…はい。」
「ま、落ち込むな。そんじゃ。行くぞ、アウレリア!」
「ハイっス!」
 二人は例のアプリMagica Romanicus(通称マギロマ)を使い、現実世界へと戻る。
(そっか…俺、まだ何もできないのか…)
 空っぽになった闘技場の中、魔法使いの世界はそんなに甘くないと、ハルは思った。

 「ここ…どこだ?」
 ハルは道に迷っていた。あたり一面柱廊や、偉人や神(と思わしき)像ばかりで、自分がどこにいるのかよくわからない。
 ディアとアウレリアの二人が出た後、しばらくしてスマホの時計を確認したところ、4時間のシフトのうちまだ半分しか終わっていなかった。途中でバックレるのは気が引けたので、セナに仕事を聞くために電話しようとした。しかしマギロマの言語設定はラテン語のみで、どのボタンを押せばよいかわからない。ウィアナに送ったlineaも未読のまま…。とりあえず、朝に集合した場所に戻ろうと思ったらこの通りだ。
(訓練内容への不安で、道覚えてなかった…。)
 コロッセウムから出てきてしまったことを強く後悔した。

(とりあえず、マギロマで一旦現世に戻るか…)
 そう思ったとき、
「おいで…」
「!?」
 何者かの声が聞こえる。太めの女声。セナの声に似ている。
「セナさん!そこにいるんですか!」
 声のする方向を向くと、深い森があった。
「あれ、さっきまでこんな森ありましたっけ?」
「うふふ…。」
 声は不気味に笑う。
(まさか、これも何かの特訓かな…。)
 数分前にライオンを見たハルにとって、あまり不自然なことではなかったのだ。
(やるしか…ないか。)
 いち早く魔法を身につけ、強くなりたい。そんな気持ちでハルは森へと駆け出す。

 (この森…何か見覚えがあるような…)
 森の中をしばらく歩いて、ハルはあたりを見回す。前後左右、あるものといえば樹木。下を見ても木の根っこと、少しコケがむしている。何の変哲もない、絵に描いたような森だが、晴人には不思議と見覚えがあった。
(昔、ユリとこんな森を歩いたっけ。)
 昔のことを思い出す。といっても、もうかなりぼやけた記憶だが。
(これは一体どこに続いているんだ?)
 森に入ってからしばらく、まだ訓練らしいことは何もない。スマホもなぜか起動せず、マギロマも使えない。来た道を引き返しても出られなかったので、とにかく前へと進んだ。不安もあったが、それよりもこの森に惹かれていたのだ。言いようのない期待と昂揚感をハルは感じていた。
「!」
 もうしばらくして、ハルは木々の間に光が見た。薄暗い森の中の強い光。
(行こう…!)
 ハルの昂揚は最高潮に達する。無我夢中で光へと駆けた。

 「ここは…」
 周りを見ても樹木は一本もない。ここは…カエサと出会った、そしてウィアナと話した、あの河川敷だ。
「いらっしゃい。」
 ハルは後ろに振り返る。長い黒髪、月桂樹の冠をかぶった女性…
「カエサさん…!」
 ハルは恩人との再会を喜んだ。
(そうか、森の奥に心惹かれたのは、そういうことだったのか!)
 彼女にゆっくり近づく。
「お久し…」
「ねぇ。」
 ハルの言葉を遮る。
「何…ですか…」
「世界はもっと、渾沌であるべきだと、思わない?」
「!?」
 突然の問いかけに、ハルはあっけにとられた。
「大変よねぇ…世界の『秩序』を守るのは。」
(俺の知ってるカエサさんじゃ…ない…。)
 出会ってから数年が経っているとはいえ、明らかに様子がおかしい。
「でも秩序って、そんなにいいものかしら。」
「どういう、意味…ですか。」
「人間は、今まで多くの渾沌を経験してきたわ。小さな喧嘩から、略奪、紛争、革命まで。挙げたらきりがないわね。でも、それはどれも人間同士の不和と言える。そうよね。」
(いろんな原因があったとはいえ、結局は人間同士の不和なのかもしれない…)
 ハルは黙っている。
「そうした不和を解決するには何が必要だと思う?」
「力…ですか。」
 自分勝手を突き通すには力が要る。ハルはディアから聞いた言葉を思い出す。
「確かに、力も必要ね。でもそれだけでは、力に負けた側の恨みで、また不和が生まれるだけね。」
「じゃあ、何が必要なんですか…」
「それはね…『秩序』よ。規則、道徳、常識、優劣。どれも圧倒的な力で人々をその枠組みの中に取り込み、不和を押さえつける『秩序』ね。」
「…セナさんみたいなことを言いますね。」
「アイツと一緒にしないで。」
 強く否定され、ハルはたじろいだ。
「…本題に戻るわね。『秩序』は世界中に広まり、不完全とはいえ、平和と安寧をもたらした。でもその秩序に苦しんでいる人もいる。和也くん…だったっけ。彼もそうだったみたいじゃない。」
「どういうこと…ですか。」
「あなたはかつて、宿題をやってこなかった彼を糾弾したわね。なぜそうしたの?」
「それは…アイツの事情を知らなかったから…」
 当時和也は両親が離婚して、精神的に宿題どころではなかったのだ。
「もっと根源的な話。どうして、『宿題をやってこなかった』彼を糾弾したの?」
「それは、宿題をやってくる自分が、偉いと思ってて、和也にもそうなってほしかったから…。」
「それよ。」
 強い言い方に、再びたじろぐ。
「宿題をやる、つまり、学校という枠組みの中で、『規則』を守る。それが当然の『常識』であって、それを満たすものは、『優れた』者になれる。そう思っていたのね。」
(確かに、心の底ではそんなことを考えていたのかもしれない…)
「はい。」
 はっきりとした声で答えた。
「でも、あなたはそれで和也君を傷つけた。そうよね。」
「・・・。」
 数日前の一件で和解したといえど、まだあまり思い出したくない記憶であった。
「うふふ。」
 カエサに似た女性は不気味に微笑む。
「社会も学校と同じよ。『秩序』は例外を許さない。規則を守れない人、常識を知らない人、『劣って』いるとされる者、そういった人たちは、秩序の枠組みから外れて不和を起こす『悪』とみなされ、傷つけられる。あなたは言っていたわよね。どんな悪人にもその人の『正しさ』がある以上、だれも傷つけたくないって。でも、セナや魔法少女たちと『秩序』を守っても、結局彼らは救えない。和也君みたいに救えても、また新しい『悪人』が生まれるだけなんじゃないかしら。」
「!?」
 ハルは愕然とした。秩序が彼らを悪人にした。すると秩序を守ることは、自分の望みと相反するのではないか…。
「俺は…どうすれば…。」
「簡単よ。世界をもっと、渾沌にすればいいの。規則も、道徳も、常識も、優劣も全部なくして、人々の価値観を自由にするの。そうすれば、社会という枠組みはなくなって、そこから外れる人もいなくなるわ。」
「・・・!」
 目から鱗が落ちる。心が恍惚に包まれる。もはや女性がカエサなのか否かはどうでもよくなっていた。
「ねぇ、あなたも私と一緒に来ない?渾沌の力で、世界を変えてみない?」
 この人に、ついていきたい…。その憧れが、ハルの心を支配していた。
「はい、行きま…!」
「サジッタ・アングリカエ!」
 数日のうちに聞きなれた声。二人の間に一本の矢が飛ぶ。
「黙って聴いてたけど、もう限界よ!」
 二人の近くに、ウィアナが降り立つ。
「カエサは、本物のカエサは、街のみんなが楽しく平和に暮らせるように、秩序を守ってきた!その苦労も知らずに、何が『世界はもっと渾沌にする』よ!カエサの姿で秩序を語るな!」
 涙声で叫んだ。
(ウィアナ、じゃなくて、葉月…!)
 話し方といい、目に浮かべた涙といい、その少女はウィアナというより葉月に近いように感じた。
「あら、カエサは本当に秩序を守りたいと思っているのかしら。」
「私にはわかる!だって私は…」
「何なの?」
「カエサの…後継者だから!カエサの想いは、まだ私の中に残ってる!」
ウィアナは狙いを定め、もう一本の矢を放つ。しかし女性の手から出る黒いオーラによって、造作なく止められてしまった。
「邪魔が入ったわね。今日のところはこれで失礼するわ。今日の答え、いつでも待ってるわよ。」
 女性はハルの方を向き、微笑んだ。
「プリューマ・テンペスタース(翼の暴風)!」
 ウィアナが翼をはためかせ、暴風を起こす。しかしそれもむなしく女性は消えていた。
 足元の河川敷も消え、柱廊と石像が立ち並ぶ、拠点の風景に戻った。

「ディアとアウレリアが出動した後、私はハルの特訓に付き合っていました。」
 シフトの時間を大幅に過ぎ、ウィアナはセナに今日のことを報告する。晴人だけがウィアナの嘘を知っていたが、バラしたらあの女性に賛同しかけたことをセナにバラすと脅されていた。
「そうか…確かに街に現れたバルバリアはあまり強くはなかったからディアとアウレリアで十分対処できたが、どうして出動しなかったのだ?」
「はい。ハルがバルバリアと戦えるように鍛え上げた方が、より有意義だと思ったからです。」
「そういうことは私に相談してから判断するのだ。今回は特別に許してやるが、以後報告を忘れないように。」
「はい。今後気を付けてまいります。」
「まったく…これだと世界秩序の前に、我々の秩序が乱れてしまうぞ。」
「はい。すみません。」
 ハルはウィアナから目を逸らし、ディアとアウレリアの方を見る。ニヤニヤ笑っていた。
(たぶん二人も知ってるな…)
「晴人くん!」
「あ、はい!」
 セナに不意を突かれた。
「魔法使い見習いの初日、ご苦労であった。これからも世界の『秩序』を守れるよう、日々鍛錬に励むのだぞ。」
「…はい。」
「では解散だ!今日は遅い時間になってしまったからな。残業代も出しておくぞ。」
「お、ありがとな!」
 ディアが喜んだ。

「晴人くん、ちょっと待って。」
 すっかり空が暗くなった帰り際、ウィアナに引き留められる。変身はまだ解けていない。
「何?」
「カエサの偽物に、色々吹きこまれてたみたいだけど…結局、晴人くんはどうしたいの?」
「…。」
 晴人はウィアナを見つめる。涙で赤くなったまぶた。月桂樹の冠。あの時のカエサと、ニセモノのカエサと、ウィアナ…。3人のイメージが頭の中を巡っている。
「今は…俺は…渾沌の力に飲み込まれた人を、バルバリアを、救いたい。俺たちの知ってる、あの時のカエサがそうしたように。」
「そう…。」
 少なくともそれだけは本当の願いであった。
「だから、魔法使いとしてもっと強くなりたい。みんなの足手まといにならないように…。」
「…私がそうしてあげるわ。」
 ウィアナがほほえむ。
「いいの…?」
「ええ。カエサの後継ぎの私に任せなさい。あのニセモノなんて、一瞬でやつけられるようにしてあげる。改めてよろしくね。」
「…よろしく。」
 星空の下、晴人はウィアナの手を握る。
「そうと決まれば明日から特訓だね。」
「え、明日も…。」
「毎日続ければ、ゆっくりと、でも着実に強くなれるよ。」
「う、うん…」
 大きな理想を抱いても、実際に特訓するとなると、なかなか気が進まない。
(でも、やるしかないか。)
 点き始めた街灯に照らされながら、晴人は固く決心をした。

「どうだった?今の晴人くん。」
 真っ暗な森の中、二人の女性が会話している。
「私についてきてくれそうだったけど、邪魔が入ったわ。あなたの後継者にね。」
「そう…。晴人くんと葉月ちゃん。サイは投げられたね。」
「いつもそれね。」
 一人がため息をつく。
「ふふん♪」
 もう一人は何やら嬉しそうにしている。

次回は#5~#7の再編集版を投稿予定です。もしかしたら続きも少し書くかも。

サムネイル画像 『苔生した森の地面の無料写真素材』 PAKUTASO


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