月桂冠の魔法少女 #6 渾沌の森 chaos silva(前編)
注意点
・以下に登場する人名、地名、団体などは実在のものと一切関係がありません。
・作者の経験不足により、魔法少女よりも特撮のノリになる恐れがあります。
・歴史上の人物をモチーフにしたようなキャラクターが出てきますが、独自解釈や作者の意図などで性格が歪められている可能性があります。
・作者がラテン語初学者のため、正確な訳は保証できかねます。
前回までのあらすじ
旧友、和也と和解した阿具里晴人は、翌日、変身前のウィアナ、百合原葉月(ゆりはらはづき)に会う。変身前後の性格の違いに戸惑いつつも、葉月から魔法使い見習いのバイトを紹介され、晴人は承諾した。その後晴人、葉月に加えて神暮聖姫(かみくれてぃあら)、会田杏奈(あいだあんな)を加えた3人で懇親会を開く。和気藹々とお開きとなった。
そんなところで第6話スタート!晴人の人生初バイトやいかに!
#6 渾沌の森 chaos silva(前編)
「日曜日 服装:私服可 場所:中央公園 集合:午前10時 何卒よろしくお願いします。」
(何回読んでも慣れないな…。)
日曜日の朝、晴人は葉月とのチャットを確認する。バイトの説明が堅苦しく書かれていた。
(まぁ…きっとウィアナには何かあるんだろ。)
快活な葉月と、堅苦しいウィアナ。その違いは、触れてはいけないような気もすれば、自分が何か助けなければならないような気もした。
(「助ける」と言ってもな…アイツにはアイツなりの「正しさ」があるんだろうし…。)
そんなことを考えているうちに、朝の支度が整う。もう9時を回った。
「行ってきます。」
「どこへ行くの?」
居間でテレビを観ていた妹の由利亜が問う。日曜の朝らしく、画面の中は怪人が暴れまわっている。
「まだ…観てたのか。」
「まぁね。そろそろ私も卒業かな…って思うけど、日曜の朝になればわかる。特撮からしか得られない栄養があるんだなって。シリアスな雰囲気に陽気な返信音。この対比が心に染みるね。」
顔はテレビの方を向いていても、ご満悦なのが晴人にはわかる。
「よくわからない。」
「・・・。それよりどこに行くのさ。」
「バイ…ちょっと散歩にな。」
魔法使い見習いバイトを由利亜に説明すれば、それこそ子供じみていると思われるだろう。
「珍しい。某氏が武道会で一回戦を突破するくらい珍しいね(ここまで早口)。夕飯までには帰ってきてね。」
「・・・わかった。」
晴人はドアを開け、外に出る。
(まぁ、逆にいつも通りで安心するな…。)
「早かったね。」
「ウィアナこそ。」
9時45分。先に着いていたのはウィアナだった。月桂樹の冠に天使の羽。既に変身していた。
「じゃあ、ちょっと早いけど始めようか。スマホを開いて。」
「了解。何をするの?」
「変身、拠点への移動、その他いろいろ便利なアプリを入れてもらう。」
「…。」
「晴人くんの言いたいことはわかるよ。魔法使いなら、もっと可愛かったり、かっこよかったりする変身アイテムがあると思ったんだよね。」
「ないの?」
晴人も由利亜ほどではないにせよ、そういうアイテムに憧れていた。
「一昔前はあったらしいんだけど…、セナさんがスマホを気に入ってしまって。『これぞ秩序の集大成!』って喜んでた。」
(会ったことないけど、あの人いつも秩序、秩序って言ってたしな…)
魔法少女の存在に比べればおかしいことではない。晴人は自分を納得させた。
「でも、魔法使いの武器、『オルガヌム』って言うんだけど、それはさすがにスマホにはできなかったから…、きっといいのが手に入るよ。」
ウィアナは弓矢を少し持ち上げる。
「わかった。じゃあ、そのアプリはどこでダウンロードできる?」
「待ってて。私から送信するね。」
Lineaにダウンロードリンクがアップされる。
タップするとホーム画面にアイコンが追加された。下にはMagica Romanicusと書いてある。ダウンロードが完了した。
「ちょうど10時近いし、私たちの拠点に行こうか。セナさんもそこにいるよ。アプリを開いて、statioっていうボタン…、『基地』っていう意味。そのボタンを押して。…早く日本語対応してほしいね。」
「…わかった。」
以前、セナさんはラテン語でしか文字を書かないと葉月から聞いた。一体どんな人なのだろうか。いや、そもそも人なのだろうか。
「おー。教科書で見たような景色だ。」
思わず嘆息が漏れる。魔法少女たちの拠点は、凱旋門や古代式の柱が立ち並ぶ、遺跡のような場所であった。
「でもどうして拠点も古代ローマ風なの?」
「私もさっぱり。セナさんは『全ての道はローマに通ず』とだけ言ってた。」
「そういうものなのかな…。」
二人は凱旋門をくぐり抜け、門と柱廊に囲まれた場所に着いた。
そこにはもう二人の魔法少女に加え、白い髪を後ろで束ねた、長身の女性がいた。ぶかぶかの布を羽織っている。
「晴人くんを連れてきました。」
「時間ピッタリだな。よくぞ来てくれた。」
「おはようございます。」
晴人はとりあえず挨拶をする。
「うむ。すばらしい挨拶だ。申し遅れた、とは言っても、もう知っているかもしれないが、私が上院セナだ。以後よろしく。」
「阿具里晴人です。改めましてよろしくお願いします。」
「この地から見守っていたが、やはりなかなかの好青年だな。そういう心掛けが、世界に『秩序』をもたらしてくれる。期待しているぞ。」
「はい。」
(意識高い系の怪しい人だ…。)
それだけはわかったような気がした。
「何か怪訝そうに見ているな。あ、私の服装か?これは『トガ』と言ってだな、ローマ市民に最もふさわしい…」
「セナさん、本題に移りましょう。」
語り口をウィアナが止めた。
「オッホン、すまない。仲間が増えてつい嬉しくなってしまった。これじゃあ『秩序の番人』の面汚しだな。」
(俺も仲間…)
「さて、本題に入るが、君はオクタウィアナ始め、魔法少女たちのことはどれだけ知っているかな。」
「変身して、『渾沌の力』で暴れている人と戦ったりする…」
「雑だな。」
姉御気質の少女がはさむ。
「ごめんな…さい。でもまだこれくらいしかわかりません。」
「まぁ、まだウィアナたちに出会って1週間と経っていないからな。無理もないだろう。私から説明する。」
「ありがとうございます。」
その後、だいたい次のようなことが語られた。ウィアナたち魔法少女は、セナから与えられた秩序の力『オーディニス』を使って、渾沌の力『カオス』を操る者たちと戦っている。今のところ敵の目的も正体もよくわかっておらず、以前戦った和也のように、渾沌の力を与えられた者『バルバリア』を退治しているに過ぎない。
また、オーディニスはセナを通じて代々少女たちに受け継がれており、かなり昔から魔法少女はいたようだ。今戦っている敵もそんなに古いものではなく、今まで殲滅した敵組織も少なくないとのこと。
「そして、まずは君の魔法使いとしての名前を付けなくてはな。」
(ああ、葉月とオクタウィアナみたいなものか。)
「阿具里晴人(あぐりはると)か。そうだ、アグリップスはどうだろうか。アウグストゥスの盟友、アグリッパから取ってみたぞ。」
「何か呼びにくいですね。」
ウィアナは言う。
「確かにそうっスね…略すにしても、プスは変っス…」
「アグリだと、農家みたいになっちまうからな…そのポジは譲らねぇ。」
「「「「うーん」」」」
(俺は置いてけぼりか…)
生まれたときも今も、名前は他人に付けられるのかと、晴人は感じた。
(もう、本名でいいや)
しばらくして晴人は感じる。
「あのー…もう、あぐりはる…」
「それだ。」
「!?」
ウィアナが何かに気づいたようだ。
「アグリハルス、略称ハル。これでどうですか。」
「うむ。よいだろう。」
「決まったっスね。」
「う、うん…」
(まぁ、悪くはないか。)
「それではこれで決定だな。では…今日は…」
「あ、ちょっと待ってくれ。」
「どうした、ティアナ。」
「俺の略称、『ティアナ』だけど、『ウィアナ』と混ざるんだよな。『ディオクレティアーナ』から少し取って、『ディア』に変えてくれねぇか?」
(そういえばあの二人にも魔法少女名があるのか。)
「いいだろう。」
セナがディオクレティアーナの要求を承諾した。
「申し遅れたっスが、私、『マルカ・アウレリア』っス。『アウレリア』って呼んで欲しいっス。」
小柄な少女がひそひそ話す。
「わかった。よろしく、アウレリアちゃん」
「『ちゃん』付けやめるっス!」
大きな声で一瞬、場が凍る。
「これくらいの歳の子は、子供扱いがこたえるんだよ。」
ウィアナが小さな声で話す。
「す、すまない。」
「わかればいいっス。」
と、言いながらも口は膨らませたままである。
「オッホン。」
セナが本日二度目の咳ばらいをする。
「今日のことだが…、ディアとアウレリアには晴人の訓練を指導してもらいたい。ウィアナは…少し話がある。」
「了解っス。」「おう。」
「じゃ、あそこに行くか。」
「あそこっスね。」
二人がにやけている。
「お、お手柔らかに…お願いします。」
これも借金返済のため。晴人は不安を抑え込む。
「話って何ですか。」
「カエサについてだ。」
「やっぱり、カエサのこと、まだ何か隠してたんですか…?」
「いや、これは新しい情報だ。ある少女…オッホン。彼から、カエサの目撃情報をもらった。」
「どこにですか?」
ウィアナが食いつく。
「最近、この拠点の各所に森が現れては消えているのを知っているだろう。」
「はい。『トイトブルク』ですね。以前調査しましたが、『カオス』によって作られた古代風兵士や蛮族が若干見られただけで、特に大きな問題はなかったので放置していたと思いますが…」
「彼が、トイトブルクに入っていく黒髪をなびかせたシルエットを目撃したらしい。」
「それって…!」
「まだ確証は取れていないが…もしかしたら、な。」
「すぐに向かいます。」
「まぁ…落ち着きなさい。トイトブルクは先日消滅してからしばらく出現していない。また出てくるまで気長に待とう。もっとも、目撃証言が正しかったとしても、既に移動している可能性もあるがな。」
「わかりました…。」
「話は以上だ。ハルの特訓に合流してやってくれ。」
「了解…です。」
「ここは…」
ハルが連れてこられたのは、典型的な、と言っても写真でしか見たことないが、円形闘技場であった。
「よし、じゃあまずは、変身して、お前の力を見せてくれ。」
「わかりました。」
ウィアナが言っていたように、変身はあのアプリでできるのだろう。Transabeoと書いてあるボタンを押す。
「トランサベオ!」
「変身は問題ないようっスね。」
ハルはいつか見た、長い白Tシャツを腰のベルトで巻いた、古代ローマで言うトゥニカスタイルに変身した。頭には月桂冠が乗っている。
「よし、じゃあ、あの時の魔法を出してみろ。」
「わかりました。トーメントゥム・オードゥム(秩序の火砲)!」
ハルは手のひらを前に出し、唱えた。
ボッ、と火が出る。
「あれ…」
といっても、ライター一本分の火だった。
「ハッハッハ!ろうそくに火つけんのには便利かもな!」
「うちの教会でつけてほしいっスね。」
「しょ、しょうがないじゃないですか!まだよくわかってないんだし。」
散々な言われように自然と抗議してしまった。
「いや、ここからはマジな話だが…」
ディアから笑いが消える。
「お前は前の戦いで、デッケー火だるまを作んのに成功した。あんなモン、初心者に作れるシロモンじゃねぇ。」
「私としたことが、ちょっと嫉妬したくらいっス。つまりハルさんは、何かコツを掴んでるはずっス。」
「何かなかったか?すべてぶっ壊してぇ、とか、アイツを絶対ぶっ〇してやる、とか、そういうやつ。」
「だいぶ…物騒ですね…」
「俺ん時はそうだったからな。」
「・・・。」
切り替えて、和也との戦いを思い出す。あの時、考えていたことと言えば、アイツと思いをぶつけ合いたい、自分の力を出しきって、アイツの思いに応えたい、そういうことばかりだった。
「自分の力を、アイツにぶつけたい…そう思ってました。」
「つまり、強い相手と思いっきし戦いてぇ、そういうことだな。」
(何か…違うような気がする…)
「そういうことなら、まさにうってつけっス。」
「待ってください!何をするんですか?」
「「エーウォコームス(召喚)!!」」
二人同時に唱えた。
闘技場の地面の一部がパカっと開く。
「まさか…これと?」
下から茶色のたてがみをまとった、一頭のライオンが出てきた。4本の足でゆっくりと近づく姿は、まさに「百獣の王」の貫録を醸し出す。
「まぁ、獅子は子を崖から落とす、って言うしな。これくらい、男なら耐えてみせろ。」
「それ…本当…なんですか?」
ハルは目の前の獅子に訊いた。獅子は不機嫌そうにそっぽを向く。
「それは私達がオーディニスで生み出したものなんで、訊いても意味ないっスよ。」
「ま、攻撃力はそんな変わんねぇだろ。」
(つまり結局…)
「ガウーン!!」
ライオンが急に距離をつめる。
「トーメントゥム・オードゥム!」
咄嗟に唱える。
(ライターから点火棒(いわゆるチャッ〇マン)くらいにはなったかな…あはは…)
「に、逃げろー!」
追いかけてくるライオンから必死で逃げる。ライオンはまだ余裕を残しているようだ。
「お、まずはランニングか!いい心がけだな!」
「見てないで助けてください!」
二人は観覧席から高見の見物をしていた。
「大丈夫っスよ!ハルさん!」
アウレリアが大声で伝える。
(さすがに…ピンチの時くらいは助けてくれるのか?)
「『怖い』という感情は主観的なものに過ぎないっスから、『怖い』と思わなければ怖くないっスよ。」
(何のフォローにもなってない!)
結局、魔法は一回も成功せず、小一時間逃げ回ったのだった。
「いい、アウグル。私のスマホを持ってコロッセウムに行ってきて。」
ウィアナは占卜鳥(せんぼくちょう)のアウグルと話している。
「ポー?」
アウグルは首を傾げた。
「私はコロッセウムに行って、ハルの特訓に合流した。だってスマホの位置情報もそうなってるから。カエサを探しになんて絶対に行ってないの。」
「ポー!ポー!」
羽をバタバタはばたかせ、怒ったように鳴いている。
「エサのミルワーム3倍。」
「ポー!(キラキラした目)」
ウィアナのスマホを咥えて、アウグルは飛び立つ。
「カエサ、今行くよ。」
拠点の空は時間に関係なく青い。そんな空を神殿の柱ごしに見て、ウィアナは決意した。
次回 渾沌の森 chaos silva(後編)
トガ 参照
サムネイル画像
PAKUTASO 『ローマのコロッセオと賑う観光客(イタリア)の無料写真素材』