『六三四の剣』~「修羅の剣」編~
1981年発表(日本)
著作、村上もとか
イメージ画
※ネタばれ含む
スポーツやらないくせに子供のころから何度も読み返している、私の人格形成において避けては通れない作品です。
その一巻に読み切りとして載っているのが『修羅の剣』です。
『修羅の剣』
東堂修羅は奈良の柳生の里に住む少年で、父親は日本一になったことのある剣道の「鬼」です。修羅の父と六三四の父は大学の先輩後輩にあたります。
修羅は幼少期~高校生まで通して、六三四の最大・最強のライバルです。『ドラえもん』の出木杉くんのようなキャラクターで、性格もよく見た目も美少年で、そのうえめちゃくちゃに強いです。おそらく実力だけなら六三四よりも最後まで上だったのではないかと思うくらいです。
そんな修羅の幼少期を描いたのが『修羅の剣』です。
『六三四の剣』に先立って掲載された漫画で、コミックスの一番最初に掲載されています。
修羅の父・国彦が私は好きなのですが、彼の人格をよく知ることのできるエピソードです。
たった40ページの中に、キャラクターの成長やどんでん返しが入っていて、とても密度の濃い物語です。
鬼のように怖い父と、子供のように繊細な母。怖い父から母を守ろうと誓い、剣道の稽古に励む修羅。
しかし、母の死を通して修羅は知る。無口で武骨な父親が、実は誰よりも母親を愛していたこと。母親もまた、父のことを愛していたこと――。
あるとき、修羅は稽古の最中に熱を出して倒れてしまいます。そして家中に響く母の泣き叫ぶ声と、何かを叩く音で目が覚めます。
「鬼や! 国彦はんはほんまに鬼やわ!! 自分の子どもを鞭打って喜んではりますのやろ!!」
父が母を叩いている! そう思い、竹刀を持って急いで二人の部屋へ向かいます。しかし、そこには衝撃の光景がありました。
鬼の形相の母親が、正座する父親を叩いていたのです。
「鬼や、あなたは鬼や! あなたのようなお人とはもう一緒にいとうない!」
黙ってビンタを受け続ける父親。愕然とする修羅。
『六三四の剣』の全エピソードの中で、一番記憶に残っています。
ホラー漫画かと見まがうような演出。修羅に感情移入して読んでいたので、怖いと思っていた父親が、黙って母親の怒りを受け止めている姿に愕然としました。
まさに主人公の修羅と同じ気持ちで終始物語を読むことができたのは、それだけ描き方が巧みなのだと思います。
その後、母親は事故で死んでしまいます。その様子が不自然だったことや、東堂父の冷たい態度や日ごろの行いから、母の兄から「お前が自殺に追い込んだ」と強く責められます。
責められても黙っている父。
「鬼め! なんとかいうたらどうや!」
これ、絶対実家でも「国彦はんは鬼や」って言ってただろ……。
責められている父を、修羅がかばいます。母は自殺じゃない、蝶を捕まえようとして崖から落ちたのだと。その証拠に手のひらに蝶の羽がくっついていると。
涙をこらえ毅然とした顔で大人に説明します。このときの修羅の表情が絶妙です。
「母さんは父さんのこと好きやった! 死ぬほど好きやって僕に言ったよ!」
「!」(国彦)
「父さんは……母さんのこと好きやったんか!?」
そう聞かれて、国彦は無表情のまま涙を流して答えます。
「私は、朝香を愛している」
現在進行形なところがいいです。
『六三四の剣』はとても長い話ですが、しょっぱなのこの話で心をわしづかみにされました。
無口で厳しい態度しか見せない国彦の抑えきれない感情が出る、『六三四の剣』の中でも屈指の名場面です。
のちに、東堂国彦は、主人公の六三四の父親を試合で死なせてしまいます。そのとき六三四に「お前がとっちゃを死なせた!」と責められるのですが、「そうだ。私が君のお父さんを殺した」と答えます。
背を向ける国彦が泣いていたことに気づいたのは、息子の修羅だけでした。何でこんなに誤解されるような態度ばかりとるんでしょうか、このお方は。
典型的な、黙して語らぬ昔の男、というキャラクターです。
そして最後の最後まで「恐ろしい存在」として六三四の前に立ちはだかりつづけた威厳あるキャラクターです。
高校生になってから、修羅はお母さんとうり二つの年上の女性と恋に落ちます。
『六三四の剣』のメンヘラ枠といえば乾俊一ですが、母親そっくりの女性を好きになるなんて真面目な顔して修羅もなかなか病んでいると思います(笑)。
『六三四の剣』について、本編についてもいずれ感想をまとめようと思っています。
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