日光を旅する③-華厳の滝
みなさん。日本地図ってどうだろう?
生まれ育った土地とかお住まいの地域というのではない、まったく馴染みのないところの地理って詳しく知っているだろうか。
「そりゃもう、島の一つひとつにいたるまでつぶさに脳裏に焼きついてますね」とか、「日本地図は3Dで認識してますけど」とまでいう人は、仮にいたとしてもきわめて少数派…?だろうと思う。
自分のことをいえば、3Dどころか県境だけが描かれた地図で、「ここって何県?」と指されたりしても…視線を宙に漂わせ、首をかしげて後ずさりしたくなる地域がある。いや、そこまで知らないというのもきわめて少数派だろうか。
自分では西の生まれだということを理由にしているのだが、とくに関東でいろんな県が ”一堂に会している” あの辺りの位置関係がわからない。(あ、西のほうにだってどちらが右か左か、あやふやな県もあるにはあるんだけど…どこかは秘密)
悩ましいのは、そう。埼玉、栃木、茨城、群馬、山梨あたり。お住まいの方からはお叱りをうけそうだ。天気予報の画面を凝視したりもするが、やっぱり無理。いまでは諦めの境地である。
そういえば、若いころ小田原は静岡にあると思っていて、勤め先で「本当に旅好きなのか!?」と、旅好き詐称疑惑をこうむったこともあった。それくらい地理には疎い旅人である。
でもね。
言っとくけど、地図を知らなくたって旅はできる。楽しめるんだ。
その一つの例が、今回ここでとりあげようとしている華厳の滝。
わたしにとってはもともと、(あの辺にある)超有名観光地、という位置づけだった。
あ、「”あの辺”ってどの辺?」 とは聞かないで。”あの辺“は、あくまでも”あの辺”なのだから…。しいていうなら、日本地図を広げた真ん中で人差し指をクルっと回した範囲。
きっかけは今年(2024)の3月、中禅寺金谷ホテルに滞在したときのことだった。もっとも近い見どころは「竜頭の滝」だというのだが、積雪とヒール付きブーツではすすめられないとのことで、あえなく断念。
遠出ができず不完全燃焼というところに、眺めていた周辺地図で『華厳の滝』の4文字を見つけたのである。
都合のいいことに、ちょうど明日泊まることにしている日光金谷ホテル、つまり東武日光駅方面へもどる途中にあるらしい。
華厳の滝を、急きょ翌日の訪問先にしたのにはそういうわけがあった。
翌朝5時。
お手洗いにいくため立ち上がると、踏み出したとたんにふらーっと眩暈がした。わたしは朝ベッドから起き出したときフラフラする質なのだ。
しかし今回のふらつきはいつもと違う。大きくくらん、くらん、くらん…。お手洗いから部屋へ戻っても治まらない。
すぐにベッドに横たわる。
(まずい。もしかしてやられたか…)
慌ただしく考えをめぐらせて、昨夜の出来事を、最初から一つずつ思い返してみる―――
*****
まず、昨夜11時過ぎ。
書いていたnoteの画面を閉じて、温泉に浸かりにいった。
大浴場へ行くには、まず1階の廊下を延々と歩ききる。そこから先はガラスの通路。ひと気はなく、ミズナラ林は闇の中…
ガラスの壁は、外気を遮断したり、密閉したりする建てつけになってはいない。
風呂にいくと二人の先客がいた。使用中のカゴ数でわかる。
深夜の温泉では、浴室の戸を開けたとたんに先に入っている客に驚かれ、「ギャー!」と叫び声をあげられることが稀にある。だから脱衣場から、(ここにいます! これから入ろうとしている人がいます!)と気づいてもらえるように風呂のガラス戸の前でウロウロしたり、音をたてたり、とにかく存在感を精いっぱい醸しだす。
誰しも非日常では、リラックスしているようでいて、心のどこかが緊張状態にあるものだ。
深夜12時まえ…
大浴場から部屋に戻った。温泉成分を逃がさないように急ぎ化粧水&乳液で肌にフタ。
そのおよそ10分後…
パソコンを開いて、ふたたびnoteの続きに取りかかる。
休養のために旅しているのだし、お肌のためにも早く寝たほうがいいのはわかっているが、もう少しだけ書いていたい。だって、楽しいんだもん。
書きながら、なんとなく深夜の窓外に意識が向く。向こうには中禅寺湖が静まっている。
その水辺から国道120号を横断して、ミズナラ林の斜面を上ったところにこのホテルは建っている。
そのとき、ドアの外側から……
怪しげな液体を手にした人物が、ノックしてくるはずもない。
『火曜サスペンス劇場』ではないのだ。
耳を澄ませば……
冷蔵庫の音。あとはnoteの文面を考えている自分自身のニヤケ笑いだ。
*****
そう、昨夜は何も変わったことはなかったはず。それでこんな眩暈がするのって、絶対に何かがおかしい。
朝6時にもう一度ベッドから起き出してみる。まだ頭は、くらん、くらん、している。
――― あー。原因はわからないけど、もうダメかぁ。華厳の滝へは行けないな。それよりも今日いろは坂を下りて日光金谷ホテルまで戻らないといけないのに、どうしたら…
ヘアピンカーブよりもキツいんじゃなかろうかと感じられる、いろは坂の九十九折りを思って絶望的になる。
6時40分。ついに起き上がった。
――― 散歩して外の空気を吸うんだ! そうじゃないとせっかくの旅がもったいない…し…
あら?
眩暈、しなくなってる?
もしかして…
一つだけ思いあたることがあった。“あれ”にやられたのかもしれない、と。
すっかり元気になって、朝食がてらフロントに立ち寄った。
「ここ、標高どのくらいありますか?」と訊くためだ。
「1,200メートルから1,300メートルくらい…でしょうか。まぁ下と比べれば空気は薄いでしょうね。高山病とまではいきませんが、たまにご気分がわるくなる方はいらっしゃいますよ」
――― やっぱりそうか…魔物にやられていたんだ。高地の魔物に。
わたしは定年後に移住する土地を探して旅するようなところもあるのだが、自分は標高の高い土地に向いていないことがこれでわかった。
選択の余地が減って、すこし悲しくなった。
そうそう、忘れていたが今回の本題は『華厳の滝』である。(前置きはたいてい長くなる)
ちょっと気になっていたスーツケース問題は、ホテルのシャトルバスで日光金谷ホテルまで運んでくださることになり解決した。これで身軽に路線バスで移動ができる。
ミズナラ林を抜け下りて国道120号へ。東武バスのバス停、34番の『中禅寺金谷ホテル前』はすぐそこだ。発車時刻の3分前にバス停に到着。
――― うん…? Suicaが見あたらない?
さっきホテル撮影しながら歩いていた途中で、バッグの取り出しやすいポケットに入れ直したはずなのに…
――― ひょっとして落としたんだろうか…?
バッグの中味をすべて出してみる。逆さにしてブンブンと振ってもみる。
――― あーない! やっぱりない! チャージしたばかりのSuica。『えきねっと』に連携させたばかりのやつ。
泣きそうになりながら、歩いてきた路上に目を凝らしつつ戻る。バスはもう見えていて、こちらに向かって走ってくる。
そのときわたしの5メートルほど前方に、銀色に光る四角いものが…
――― ふうーっ。滑り込みセーフっ。
戻ったタイミングでバスが止まった。
こういうときに一緒に探してくれる連れのいないことが一人旅のわびしさか。もしかしたら、一人旅をおちょくりたい魔物ってヤツもいるのかも?
あぁまた…すぐに話題がそれる。
華厳の滝(今度こそ!)
切符売り場で乗車券…ではなく、昇降券を購入する。1往復につき¥570-。
”昇降舎”の奥に入っていくと、駅員さん…ではなくエレベーター員さんが切符を切ってくれる。あまりにもなつかしい、切符切りの音が響く。
エレベーターで100メートル下まで降りる。電光表示は10メートル刻みだ。
降りると目の前に、真っすぐ白いトンネルが伸びている。やや下りのスロープ。ご高齢の方が杖をつきながら歩いていく。
トンネルの先で右へ方向転換し、階段でさらに下へと向かう。段数を数えていたが60段を超えたあたりでわからなくなった。ご高齢の方や足の不自由な方にとって、なかなかにつらい観光地といえるかもしれない。(観光地って概してそうだ…)
階段を下りるきると、真ん中に上り階段、その両隣に下り階段が。
それぞれで三つの異なる見晴台レベルへいくことができる。
水は自由だ。どこへでも行ける。
滝つぼに留まるのも、
溢れ出るのも、
土にしみ込むのも。
流れられる地形でさえあれば、
わだかまりなく、どこへでも行く。
でも水は、下から上へは流れない。
「ここを通るんですよ」と狭められた場所しか
流れない。
わたしは、自分の足のことを思う。
どこを歩いているんだかさっぱりわからない、
どこにでも行ける、自分の足
日光金谷ホテルへ向かうまえに、駅舎…じゃなくて”昇降舎”のまえで昼食を。(ティファニーで、っぽく言っちゃった)。
ここで初めての「すいとん」をいただく。
このように、地理は知らなくても(おまけに年季の入ったペーパードライバーでも)華厳の滝へ行くことができた。
少し説明すると、中禅寺湖から流れ出た大尻川が97メートルの落差を落ちているのが華厳の滝である。落口幅は7メートル。
中禅寺湖周辺エリアにお越しの際に、訪れてみるといい。
えっ?中禅寺湖ってどこかって…?
それはその…
「あの辺」とだけ、こたえておこう…
つづく
次回予告:「日光を旅する④-日光金谷ホテル」(有料記事になる見込みです)。